平成16年災害の教訓を生かす

佐々木龍(Ryu Sasaki、愛媛県新居浜市長)

「砂防と治水167号」(2005年10月発行)より

1.平成16年=「災」と「人」の年
 平成16年は災害の年でした。全国的には,新潟豪雨や福井豪雨に始まり,日本に上陸した台風の数は,それまで最多だった6個の記録を大幅に塗り替えて10個の大台に達しました。それに追い討ちをかけるかのように,震度7を記録し甚大な被害をもたらした新潟県中越地震など,大規模な災害が多発しました。まさに,日本列島全体が災害列島の様相を呈しました。
 また,海外では,12月26日に発生したインドネシア・スマトラ沖巨大地震による大津波によって,インド洋沿岸各国は未曾有の災害を被りました。
 平成16年は,いわゆる「災」という言葉で一年が総称される年でしたが,被災した人や地域を支えたのは「人」という力だったともいえる一年でした。

2.平成16年災害の特徴
 平成16年の災害の特徴としては,次の点があげられます。
 まず,土石流や斜面崩壊,地滑り等の土砂災害が多発したことです。
 次に,浸水被害が多発したことです。特に,斜面崩壊によって河川に流れ込んだ大量の流木が,橋脚や暗渠部分に詰まり,河川をあふれさせて広範囲の市街地が浸水するなど,流木災害の様相を呈しました。
 さらに,大量に発生した流木は,海に流出して海岸や港に多量に漂着したほか,沈んだ木は,漁業への支障が懸念されています。
 また,高速道路や国道,主要幹線道,JR等にも大きな被害が発生し,本市から東へ向かう陸路が完全に遮断されるなど,交通に多大な影響を与えました。
 そこで,本市にとって甚大な被害をもたらした「8月18日」と「9月29日」を,今一度振り返ってみたいと思います。

3.8月18日
 8月18日午前,台風15号の前線による集中豪雨のため,10時から12時までの2時間で約110mmの降雨量を記録しました。
 市内東部の丘陵地帯の小河川には,大規模な土石流が発生,JR を越え県道壬生川新居浜野田線付近まで被害は及びました。この大規模な人的家屋被害は,私たちが経験をしたことのないものでした。
 被害は,死者3名,家屋全壊14棟,半壊約80棟,床上浸水約400棟,床下浸水約1,000棟で,水防本
部の電話は鳴り止まないといった状況でした。

4.9月29日
 9月29日は,1時間の降雨量が50ミリや45ミリといった集中豪雨が,午後3時から夕方にかけて発生し,5時間で191.5mmの連続降雨を記録しました。このため,被害は市内全域に拡大し,斜面崩壊と流木による堤防越水や満潮時における低地帯での浸水が発生し,家屋の倒壊,道路の寸断と,至る所で混乱が生じました。
 被害は,死者5名,家屋全壊8棟,半壊約130棟,床上浸水約1,200棟,床下浸水約1,300棟で,時間帯が帰宅時間と重なったため,情報通信網も輻輳状態となりました。

河川に流れ込んだ大量の流木により,河川をあふれさせて市街地が浸水(台風15号)

市内全域にわたり,約2500棟もの浸水被害が発生(台風21号) 土砂が高速道路を越え4人が死亡(台風21号)

5.情報の収集と伝達
 災害発生時に最も重要なのが,情報の収集と伝達です。
 災害発生時の本市の対応については,組織的には,事前に水防警戒本部を設置し,警報が発令されれば,水防本部を設置します。その中で,雨量観測や情報の収集,地域連絡員を配置するなどして,避難勧告の発令のタイミングと区域指定を検討します。
 避難勧告は,当初は浸水高潮など切迫した状況の時に発令していましたが,台風が度重なるにつれ,大雨の恐れがある時には,事前に発令を行いました。
 周知方法としては,マスコミ報道,CATV,自治会広報,広報車,ホームページなどを活用するほか,独居の高齢者や障害者などには,電話連絡をしました。また,狭い範囲での避難勧告には,直接職員が出向いて戸別訪問をしました。
 また,発令の時間帯は,避難する時間も考慮し夜間は発令せず,昼間に出すようにしました。問題点として,土石流や土砂災害は予測が困難で,タイミングや範囲の指定が難しいという点がありました。また,施設入所者は公民館ではなく,ケアが可能な施設でなければならないことと,避難しているかどうかの確認が難しいということもありました。
 そのほか,情報の共有ということから,CATVで生放送を行ったり,台風により災害が起きる危険性の高い箇所32地区の点検を,台風21号以降は毎日確認しました。

6.今年の取り組み
(1)「避難勧告発令の判断基準の数値化」
 ケース1では,前日までの連続雨量が100mm以上あった場合,当日の日雨量が50mmを超えた時に,本部長と副本部長が協議し決定します。ケース2では,前日までの連続雨量が40〜100mmあった場合,当日の日雨量が80mmを超えた時に,本部長と副本部長が協議し決定します。ケース3では,前日までの降雨がない場合,当日の日雨量が100mmを超えた時に,本部長と副本部長が協議し決定します。
(2)福祉施設との災害協定
 災害が発生し,または発生するおそれのある場合に,ねたきり高齢者等の要援護者の一時避難に使用できるように,福祉施設と災害協定を締結しました。
(3)雨量計の増設
 昨年の土砂災害で犠牲者が出た地区2箇所に雨量計を増設し,降雨量の監視を強化しました。
(4)大学との連携
 土砂災害の現地調査や原因分析を行った地元の国立大学の協力で,地域総合防災講演会を開催したり,GPS付携帯電話を使った避難者行動調査を実施しました。
(5)水防体制の見直し
 「新居浜は自然災害の少ないまち」という前提での水防体制を見直し,これまで想定外であった昨年のような状況にも対応できる班編成や人員配置としました。

7.今後の課題
(1)迅速な災害対応
 災害対応については,昨年は経験を経るごとに,災害時要援護者への事前連絡体制づくりや危険区域への避難勧告前の自主避難の呼びかけ,自治会長との連絡強化,平時の土砂災害危険箇所の巡回点検,CATVによる災害情報の提供,さらには地区連絡員として職員を配置するなど改善を図っていきましたが,まだまだ改善の余地はあります。とにかく被害を最小限に抑えるための対策を講じる必要があります。
(2)避難勧告と情報伝達
 避難勧告を住民に迅速・確実に伝達することが難しいことが課題としてあげられます。避難勧告の意味合いを住民に周知した上で,避難すべき区域や判断基準を明確にすることが大切だと思います。また,伝達内容,伝達手段,伝達先についても,迅速・的確な避難行動に結び付けられるよう,伝達例文を整理しておいたり,複数の伝達手段を組み合わせるなど平時から具体的に中身をつめておく必要があります。
(3)災害時要援護者の避難支援
 昨年は,市が把握できる範囲で独居の高齢者や障害者の皆さんに電話連絡をし,自主避難の呼びかけや避難勧告を行いましたが,やはりこれは地域の皆さんで要援護者を支援する体制づくりが極めて重要です。そのためには,自主防災組織や自治会などの共助の果たす役割が極めて大きいといえます。そうした体制づくりに行政も関わっていかなければなりませんが,地域住民の皆さんにも,自主防災組織,自治会といった部分で取り組みを進めていただく必要があります。
(4)行政の対応能力を超える災害時の住民と行政の役割
 行政の対応能力を超える災害時,特に昨年の9月29日のように,被災範囲が広範囲になった場合,また,地震が起きて市役所や消防署,病院も被災した場合は,被災直後は自助と地域の共助が基本となります。そのためにも,地域,住民の防災力を日頃から高めていただく必要があります。

8.平成17年「台風14号」の対応
 この原稿の締め切りが近づいた頃,大型で勢力が強い台風14号が九州を中心に多くの犠牲者と甚大な被害をもたらし,去っていきました。
 新居浜市では,9月5日午後6時23分に水防警戒本部を立ち上げるとともに,各公共施設に自主避難者の受け入れができる体制を整えました。同日午後9時過ぎに暴風雨警報が発令されたため,6日午前0時に水防本部を設置しました。6日午前11時に最初の避難勧告を出しましたが,その約2時間前に「避難準備情報」を出し,勧告が発せられた場合に,速やかに避難できる準備をしておくよう呼びかけました。これは,雨量計による降雨量の監視と避難勧告発令の判断基準の数値化により,勧告を発する時期がある程度予測できるようになったことで,「避難準備情報」を出すことが可能になりました。
 最終的に22地区,811世帯,約1,750人に対し避難勧告を出しましたが,その中には,公民館等の一般の施設では受け入れができない要援護者の方がいたため,災害協定に基づき,福祉施設に受け入れてもらいました。幸いにも,7日午前7時30分に避難勧告を解除するまでの間,家屋の浸水被害はあったものの,ひとりの被害者を出すことなく,水防本部を解散することができましたが,この台風14号の対応を振り返ったとき,昨年の災害の教訓を生かせていたと確信しました。

9.「防災行政」は「総合行政」
 最後になりますが,「防災行政」は「総合行政」だと私は思います。災害を減少させる「減災」を実現させるためには,市役所の全職員が一つの目的に向かって取り組まなければ,減災はなし得ないと思います。そういう意味では,防災行政の成果そのものが,地方自治体の評価といってよいと思います。さらに大切なのは,自助であり,共助である市民全ての力です。それら全ての総合力で,災害という避けられない課題に取り組まなければならないと考えます。