砂防対策事業の着実な推進を願って

小林則幸(Noriyuki Kobayashi、新潟県三島郡出雲崎町長)

「砂防と治水168号」(2005年12月発行)より

出雲崎町の現況
 出雲崎町は,新潟県のほぼ中央に位置し,日本海を望み佐渡と相対しています。
 歴史も古く,日本書紀に記される燃ゆる土,燃ゆる水(石油)が天智天皇に献上された地と伝えられ,また江戸時代には幕府直轄の「天領」となり,幕府の財政を支えた佐渡の金銀の荷揚げ港や北前船の発着港として,さらに北国街道の宿場町として大変賑わいました。
 町の人口は5,600人,1,840世帯,総面積は44.4km2で南北に約9kmの海岸線を有し,これに平行して2本の低平な丘陵が延び,この間の低地を二級河川島崎川が左右の丘陵からの支流を集めながら南から北に流れています。
 住宅地域の形成は,海岸部では港を中心に幅100mほどの海岸線沿いの狭い土地に約4kmの街並が軒を連ね1,600人が生活をしていますが,背後には高さ100m前後の急崖が迫り,そのほとんどが急傾斜地崩壊危険区域や地すべり防止区域の指定を受けています。
 内陸部では,二級河川島崎川沿いにJR越後線と国道116号が通り,駅周辺や国道沿いに商店や住宅が集まるほか,川沿いに延びる帯状の狭い耕地の外縁山裾に小規模な30ほどの集落が点在しています。
 町の総面積の67%を山林が占める中,林業の衰退,過疎,少子高齢化に伴う農林業従事者の減少,米の生産調整による耕作放棄等々,山林や棚田の荒廃は目を覆うものがあり,人が手を加えたばかりに放置された大地は本来の力を失い,雨に脆い危険地帯に姿を変えています。

H16.7.13水害と被災状況
 《今は耳慣れた言葉になってしまいましたが,自然がひとたび牙を剥いた時その猛威は筆舌に尽くせない脅威となりました。》
 平成16年7月12日夜半から降り始めた雨は翌13日未明から豪雨に変わり,午前8時からの1時間で50.5mmを観測したほか,14日午前0時までの24時間で350.5mmを記録した。
 近年にない異常豪雨の様相となり,事業課職員や町民から道路の冠水や小河川の異常な増水が報告され始めた13日午前9時に「災害対策本部」を設置し,多くの職員が状況把握に飛び出した。
 この時,降り始めからの降雨量は150mmを超え,当地域においては自然の持つ保水能力の限界を超えようとしており,この後,更に200mmの豪雨により大災害に見舞われてしまった。梅雨末期の豪雨災害は時々経験しているが,これほどの大災害は昭和36年以来43年ぶりである。
 電話が鳴り続ける中,住宅の裏山が崩れたという報告が10件20件…どんどん増える。
 全町いたる所で土砂崩れが頻発し,町道は言うに及ばず,3本の県道,2本の国道が次々と通行不能となり,幹線道路で唯一交通障害の発生しなかった路線は直轄国道1本のみであった。このため,一時は海岸地区650世帯をはじめ5の地区が孤立の危機に瀕し,町も土建会社も総力を挙げて道路交通確保に奔走した。
 災害対策本部の管内図には通行止の×印が乱れ飛び,現場にバリケードが設置され,防災行政無線が今通れる道路を住民に知らせている。迷路の中を進むように次々に行き止まりに突き当たってしまう。
 中越地域全域が大災害に見舞われている中,勤め先でヘトヘトになりながら帰宅する町民を,なんとしても無事に帰宅させなければならない。「集落が孤立する。なんとしてもこの道路を開けてください」職員が建設会社に懸命に電話している。
 クローラ系建設機械は移動に手間取るため,機動性の高い除雪ドーザも土砂排除に威力を発揮してくれた。
 町内を流れる河川は大部分が掘り込み河道で,堤防の決壊による広範囲な住宅地域への浸水の可能性は低い状況にある。また,町を縦断し中心的な住宅地を流れる二級河川島崎川は,昭和53年の水害後災害助成事業等により50年確率で整備済みであったため,このたびは堤頂付近に水位が達したものの住宅地域の浸水に対する危機感は少なかった。
 とは言え,護岸の被災や堤防の部分欠壊も多く発生し,その他の小河川においては未整備が大半で,いたる所で堤防を越え多くの水田や農業用施設に莫大な被害をもたらしたほか,山崩れや土石流により原形をとどめない渓流も5箇所発生した。

復旧が完了し住宅を再建した被災地(1人死亡)

災害現場 災害関連緊急地すべり対策事業施工中

避難勧告
 大混乱の最中,午後1時40分頃,高さ50mほどの峰の頂上付近から幅40m,高さ15mの斜面崩壊が発生,多くの杉の大木を巻き込みながら200mを流れ下り,その先端が住宅を押しつぶしてしまいました。最も恐れていた人身災害の発生で,お一人の尊い命が奪われてしまい,町政を預かる者として正に痛恨の極みでした。
 更に追い討ちを掛けるように海岸地域で地すべりが発生し,幸いにして住家の手前で停止しましたが,上部には直径2mの大岩も不安定に露出し34世帯に避難勧告を発するなど,午前10時15分,2世帯の避難勧告を始まりに夕方までに5回の避難勧告を発し,54世帯162人が6箇所の避難所に避難いただくことになりました。
 私自身も役場職員もこれまで経験したことのない避難勧告の発令,避難所への多くの住民の受け入れを行う中で,現場で初めて気付く数多くの課題が確認され,これらを一つひとつ検証しながら突然襲ってくる災害に対応できる防災計画の見直し作業に取り掛かると共に,町民参加の避難訓練を実施しています。

災害の特徴と課題
 出雲崎町における過去の大規模災害は,その多くが7月の梅雨前線豪雨や8月の集中豪雨により発生しています。また,被災原因も土砂崩れによるものがほとんどで,「水」そのものによる浸水や流失の割合は少なくなっています。過去の降雨データから連続降雨量が200oを超える付近が大規模災害発生の境界線のように思われます。
 戦後最も大きな被害となった災害に,昭和36年8月5日と20日の集中豪雨がありました。死者13人,重傷9人,住宅全壊134戸,住宅半壊181戸,床上浸水家屋568戸,橋の流失64,山崩れ無数。死者のほとんどが土砂崩れによる犠牲者で町全体が孤立した大災害でした。
 この災害を機に,国,県及び関係機関のご尽力により砂防,地すべり,急傾斜,治山など土砂災害を未然に防ぐ多くの対策を長年に渡り実施いただき安全なまちづくりが進められ,7月13日の災害では残念ながら未対策地域で尊い人命が失われてしまいましたが,施設を施した箇所は微動だにすることなく多くの人命・財産が確実に守られました。
 山林が多くを占める当町において,土砂災害は避けることの出来ない現実であり,この防止対策は重要な課題となっていますが,危険であっても住宅が散在していたり比較的背後の低い所では,採択要件や優先順位などで現実には取り残される地域も発生しています。これらの地域は,逆に考えれば小さな事業費で成果が得られますし,弾力的な制度運用を希望しています。

出雲崎町管内の平成16年災害復旧採択状況

 近年,全国で集中豪雨等による土砂災害が多発し,昨年は観測史上最多の10個の台風が上陸,加えて新潟・福島豪雨,福井豪雨,新潟県中越地震と正に「災」の年となり,200人を超える方々がお亡くなりになるなど,各地に甚大な被害をもたらしています。
 被災地を早期に復旧するとともに,土砂災害を未然に防止し,一人でも多くの尊い命を守るため,国と地方が協力し砂防対策事業が着実に推進されますよう関係各位のご尽力を願っております。
 おわりになりましたが,二度の災害に際し多くの方々より心温まる励ましのお言葉や支援物資・義援金などを頂戴し,地震では更に各県の市町村職員の皆様の派遣をいただき,心よりお礼申し上げます。
 また,国,県,関係機関を始め建設業界など多くの皆様のおかげで,今年度末には町の担当するすべての災害復旧工事が完了する見込となりました。重ねて感謝申し上げます。