西条市における土砂災害と対策

伊藤宏太郎(Koutarou Itou、愛媛県西条市長)

「砂防と治水168号」(2005年12月発行)より

○西条市の概要
 西条市は平成16年11月1日に,旧西条市,東予市,丹原町及び小松町の2市2町が合併し,人口約11万6千人,面積509km2という愛媛県下屈指の規模を持つ都市として誕生しました。新しい「西条市」は,愛媛県の東部地域に広がる道前平野に位置し,北は瀬戸内海の燧灘に面し,南は西日本最高峰の石鎚山を中心とする石鎚連峰を背景に,高知県と接しています。そのような地理的特性を持つ当市は,市域面積の70%を山林が占めていますが,それ以外の平坦部には,約5,400ヘクタールもの肥沃な経営耕地が広がり,生産量日本一を誇る愛宕柿や裸麦,春の七草をはじめ,大豆,ほうれん草,いちご,メロンなど,多くの品目についても,県下でトップクラスの生産量を誇る一大複合農業地帯を形成しています。
 また,工業分野においても,製造品出荷額は,5,800億円超という四国随一の規模を持つなど,現在の当市は,環瀬戸内圏域において大きなプレゼンスを示す,重厚な農工業基盤を併せ持つに至っています。

○災害状況
 昨年は10個もの台風が,相次いで日本列島に上陸し,全国各地で集中豪雨による土砂崩れ,河川の氾濫など自然災害が多発し,甚大な被害がもたらされました。四国地方でも,観測史上最多となる6個の台風が上陸しましたが,特に当市では,9月29日から30日にかけて上陸した台風21号により,黒瀬ダムで時間雨量150mm,累積雨量442mmを記録するなど,近年にない集中豪雨に見舞われました。温和な気候に恵まれ,大規模な自然災害に襲われることは,極めて稀であった当市ですが,その集中豪雨により,山間部を中心に大規模な土砂崩れが多発するとともに,河川に流入した立ち木や間伐材が,橋脚等に詰まり川を堰き止めて,氾濫を誘発するという被害も発生しました。
 特に長谷川,西早川,妙之谷川の上流の渓流近くでは,山腹崩壊が発生し,土石流が杉の人工林をなぎ倒し,流木が多数発生しましたが,そのために下流に架かる橋に流木が滞留して堰となり,川が氾濫して道や民家,車を襲い,壊滅的な被害を与え,山口地区,西早川地区,妙口地区で3名の住民が犠牲となり,また,山間部を中心に発生した大規模な土石流は,相次いで民家を呑み込み,湯久保地区では2名の住民が犠牲となるなど,合わせて5名もの尊い人命が失われ,当市の災害史に,そして私たち西条市民の脳裏に,稀にみる甚大かつ悲惨な被害の記憶が,深く刻み込まれることとなりました。
 しかしながら私たち西条市民は,この未曾有の災害に屈することなく,被災経験を貴重な教訓とし,被災地の復興,「災害に強いまちづくり」に,全力をあげて取り組んでいます。

○長谷川の災害復旧工事
 長谷川については,早期の復興を願い,愛媛県当局の御尽力,そして,西条市と西条市民との一致協力により,現在,精力的に災害復旧事業を進めているところです。犠牲者が出た山口地区の上流に位置する大浜地区には,長谷川の4本の支流が貫流しています。その大浜地区の河川は,西条市が管理する河川ですが,その氾濫により田や畑,道路が消滅し,被災直後はさながら,荒涼とした河原の様相を呈していました。
 今回の台風21号により,このように甚大な被害がもたらされた背景には,台風21号に先立ち,昨年8月末に来襲した台風16号に起因する影響があると考えられます。
 四国地方には上陸しなかった台風16号ですが,強風による多数の倒木被害とともに,強雨による地盤の軟弱化をもたらしました。このような危険な状態に加え,台風21号の集中豪雨が重なることにより,山腹崩壊,ひいては,土石流や流木が発生し,被害を拡大したものと思われます。
 さて長谷川の復旧工事ですが,荒涼とした河原に最初に河川の線形を確定する必要がありました。そのため,まず土地の境界確認に着手しましたが,この大浜地区は地籍調査未整備地区であったことから,参考資料となるものは,いわゆる「野取図」のみであり,所有者や境界確認等に多大な時間を費やすことが予想されました。
 そこで,地元は,大浜地区災害復旧対策委員会を設立し,市と地元及び地権者とのパイプ役として,一日でも早く復旧工事に着手できるような体制を構築しました。
 このような河川の復旧を行うためには,一定災申請の他に採るべき手段がなく,国の査定の結果,一定災の採択となりました。
 このことにより,早期に流路の線形を確定するとともに,流路工や帯工を設置して線形を確保した後,護岸については,まず人家の近くを優先的に施工し,再度の台風襲来を想定して,事前の防備対策を講じるべく,最大限の配慮をしました。
 また,護岸は現地にある石を利用した石積工法を採用し,現地の景観と調和したものとするとともに,石積みの目地を深くして水生生物,魚類や水際植物の生息環境にも配慮しています。ただし護岸の復旧工事は,流路の復旧が目的であるために,土石流や流木対策については,愛媛県に要望をして,砂防堰堤を設置していただくこととしました。
 しかしながら防災対策は,ハード事業のみでは不充分です。そこで,地元自治会を中心として自主防災組織を設置し,大雨時における,市との連絡体制を緊密にするとともに,緊急時の避難対応等も行うなど,災害による悲劇を繰り返さない取り組みを進めています。

○今後の土石流対策
 今回の災害が甚大であった原因には,放置された人工林の増加も,その一つにあげられます。本来,山林は「緑のダム」と言われており,雨水を吸収して地下水として蓄え,少しずつ谷川に流出する働き(保水機能)や,土砂崩壊の防止,二酸化炭素の吸収など,自然環境の保全に大きな役割を果たすとともに,古くから私たち人間は,その多大な恩恵を受けてきました。しかしながら,放置された山林は,日光が地面に直射しないために下草が生えず,このために,雨水による土砂の流出,ひいては,土地の零細化をもたらしています。また,腐葉土が流れた土は,雨水により表面が固まり,雨水が地中に浸透しない状態となります。そのために,雨水は地下水として蓄えられることなく,表流水となって流出し,場合によっては濁流となり,土石流を発生させます。
 西条市は,西日本最高峰の石鎚山を境に,高知県と接していますが,高知県側は傾斜がゆるやかで,かつ,地質も良好である一方,愛媛県側は地質が脆弱であり,斜面が急です。この急傾斜に,昭和20年代以降,林野政策の一環として,植林が実施されましたが,近年の林業の低迷等によりまして,現在,40〜50年生の放置人工林が増加しています。
 昨年の台風16号による倒木は,その大半が杉・桧の人工植林で,特に放置された山林では,多数の倒木が見受けられました。間伐材は単価が安い反面,運搬に経費を要することから,その不採算性が大きなネックとなり,放置されているのが現状です。この間伐材を,地元で有効活用するための「しくみ」を確立するとともに,かつては当然の営みであった「木に囲まれた生活」「木を活かしたまちづくり」を見直すことにより,人工林の整備は進み,自然災害の危険性も大幅に除去されることが期待できます。
 また,知恵と工夫を活かして,落葉樹の植林や,杉・桧を植林する場合においても,間伐の必要のない植林方法や,雑木との共生を可能とする杉・桧の植林方法を研究することが,極めて重要であると考えます。
 そして,自然の防災力を回復するとともに,それを維持強化するための施策を推進することにより,「緑のダム」「水と緑の豊かな山」を造ることが,土石流をはじめ自然災害の減少だけでなく,平坦部を含む地域全体の防災力の強化に役立つものと確信しています。

○今後の防災対策
 今世紀前半にも発生が確実視されている南海・東南海地震や,台風時の集中豪雨を考えると,今後,「平時の減災対策」を強化し,「災害に強いまちづくり」を進めることが,急務であると認識しています。
 また,昨年の被災経験を通じて,危険地域が数多く存在していることや,行政と市民との連携強化による防災体制の改善の重要性が明らかになり,災害の実情に即した情報収集・伝達方式などの確立や,職員自身の危機管理能力の向上が急がれるところです。
 そこで,市民参加を得たワークショップ等の方法を用い,「コミュニティ・ハザードマップ」の作成など,地域社会に密着した実戦型・実用型の防災ネットワークの構築を目指し,実効性のある防災体制を構築したいと考えています。そうした中,今年度におきましては,次のような施策を重点的に実施することとしています。
@災害記録台帳の整備
 昨年の甚大な災害を風化させることなく,その教訓・体験を「コミュニティ・ハザードマップ」の資料とするとともに,今後のソフト・ハード両面の防災対策事業の計画策定に資することや,防災教育に役立てる。
A危険地域台帳の作成
 土砂災害危険地域,山間災害危険地域,浸水想定区域,地震被害想定など,既存の災害危険箇所の情報を整理し,今後新たな災害の発生を防ぎ,被害を軽減するための資料として整備するほか,市民ワークショップで活用することにより,災害への理解を深め,被害を軽減し迅速な避難に資する「コミュニティ・ハザードマップ」作成の基礎資料として整備する。
B市民防災台帳の作成
 守るべき人間や被害を受けやすい社会施設の分布や連絡先,市民や施設を災害から守るための地域担当者や代替施設の分布,連絡先,災害情報の入手先などのデータを整備し,これを守るためのプランを整備し地域の防災力向上に資する。
C「コミュニティ・ハザードマップ」の作成
 災害記録台帳,市民防災台帳,危険地域台帳等を整理した従来型のハザードマップに,市民自らが主体となって考え,提案する避難計画や防災計画を盛り込み,地域密着型の「コミュニティ・ハザードマップ」を,図上模擬訓練を通じて作成し,各世帯に配布して実効性のある防災マップとして整備する。
D「コミュニティ・ネットワーク」の構築
「コミュニティ・ハザードマップ」をより有効に活用していくために,市民間,市民と行政の間の連絡網の整理,連絡方法の確立を図る。
 以上のことを踏まえて,当市では,土砂災害,河川氾濫,更に地震,津波対策等も含めて災害に強いまちづくりの実現に向けて防災計画を作成し,市民11万6千人が安心して暮らせるまちづくりに今後とも努力してまいります。