災害対策の取り組み

椎葉晃充(Terumitsu Shiiba、宮崎県東臼杵郡椎葉村長)

「砂防と治水172号」(2006年8月発行)より

椎葉村の概要
 椎葉村は,九州の屋根といわれる九州山地の中央部にあり,宮崎県の北西部に位置します。人口3,500人,面積536.2km2,東西に27km,南北に33kmの広がりをもつ全国有数の広大な村で,その96%を山林が占めています。
 気象は, 年間降水量が2,900mm で,平均気温15℃でありますが,冬季における寒気が厳しく,積雪も珍しくありません。
 国定公園に指定されている九州屈指の国見岳,市房山をはじめ,標高1,000mを超える山岳が重畳し,宮崎県5大河川のうち耳川,小丸川,一ツ瀬川と3大河川の源流となっています。この3大河川にいくつもの支流が合流して一大渓谷をなし,豊富な水量は下流域で水力発電に利用されています。昭和30年には,高さ110mの日本初のアーチ式ダム「上椎葉ダム」が完成し,巨大な人造湖は「日向椎葉湖」と言われています。
 また,「平家落人伝説の里」で知られ,壇ノ浦の戦いに敗れた平家の武士たちが追ってを逃れて山深い椎葉にも隠れ住み,追討に来た源氏の大将那須大八郎が鶴富姫と出会う,悲恋物語の舞台となった「鶴富屋敷」があり,毎年11月にはこの二人を偲んで「椎葉平家まつり」が行われます。さらに,民謡「ひえつき節」や村内26地区に伝承されている「椎葉神楽」など,民俗学発祥の地といわれ観光資源の豊富な所であります。

台風14号による被害状況
 昨年9月4日からの台風14号は,勢力が大きく,また1時間に20キロ程度と速度が非常に遅いため,宮崎県内の広い範囲で激しい雨が降り続きました。このため,県内北部山沿いを中心に多くの土砂災害が発生しました。
 本村においても,9月4日から7日間で時間雨量56mm,日雨量749mm,総雨量1,012mmとなり,村の年間降水量の約1/3に当たる記録的な大雨となりました。
 また,本村は平成16年,17年と2年連続で大災害を被ることとなりました。平成16年は,4個の相次ぐ台風被害により被害総額約90億円となり,昭和29年以来の大きな災害でありましたが,今回の台風14号は,この倍に当たる188億円と椎葉村始まって以来の過去最悪の被害額となりました。さらに残念なことに,3名の尊い人命の犠牲者が出てしまいました。被災箇所は役場中心部に近い所であり,人家7戸が土砂に覆われました。過去に被害を受けたこともない,比較的安全な場所であり,1名の方は,ここに自主避難をしていて被害を受けることになり,村民一様ショックを受けました。また,家屋については,全壊41戸,半壊20戸,床上浸水6戸,床下浸水13戸が被害を受け,現在24世帯74名の方が仮設住宅生活を余儀なくされています。
 国,県関係の国道,河川,砂防,治山関係で約127億円,村の土木,林道,農業関係で約61億円という甚大な被害となりました。災害箇所の多さと,道路の通行止め,橋の上部が流されるなど,箇所当たりの被害も大きく応急工事にも時間を要しました。このことにより,村自体が一時孤立となり,どこからも作業車が入らないため,電気,電話の修理が長びくこととなりました。
 ちなみに,村の財政規模が43億円で被害総額はその4倍以上となり,12月までに災害査定がすべて終了し,2月に51億円の予算補正を行い,予算規模が総額100億円を超しました。この額はおそらく最初で最後のことだと思います。

上椎葉中心街被災状況

復旧の取り組み
 現在,早期復旧を目指して,全力で取り組んでいるところであり,3月末までに212件の入札を行い,415箇所,約88%の工事発注を行ったところであります。急峻な地形にいくつもの支流があり,その川沿いに集落が点在しています。2年連続の大災害により大規模な山腹崩壊が発生し,その土砂が河川を閉塞し,堆積土砂により河床が上がった危険な状態となっています。県の管理する河川及び,九州電力の管理するダムについては,堆積土砂の取り除きも行っています。宮崎県としては初めて取り組む砂防激甚災害対策特別緊急事業により,耳川下流域の松尾地区に砂防えん提も計画されています。このような土石流対策には砂防えん提が効果を発揮します。
 3名の犠牲者が発生した上椎葉中心街については,災害関連緊急砂防事業で施工中であり,村の観光の中心である「鶴富屋敷」が隣接することから,景観を考慮した工法の検討も行われています。河川の災害については,河川にある石を利用した石積み工法で施工し,目地を深くして,魚(ヤマメ)の生息を考慮したなるべく自然に近い工法で施工しています。
 災害復旧工事は順調に進んでいますが,現場で注意しなければいけないことは,一昨年の16年災害復旧工事中に2年連続の大災害で再度の被害を受けた箇所も多くあり,各工事箇所においてはこのことも充分考慮しながら,そしてなによりも人家に影響がある箇所を優先して施工しています。
 一日も早く災害復旧工事が完成するよう,施工業者,行政一体となって進めているところであります。

防災対策の取り組み
 災害対策として,まず基盤整備事業の推進が一番でありますが,広大な面積に,危険箇所が353箇所あり,さらに台風災害により箇所は増加している状況であります。このようなことから整備事業のみではなく,自主防災を推進することも重要だと考えます。
 村内には10地区の公民館があり,消防団12部,340名で組織されています。災害非常時にはこの公民館役員を中心に,消防団と村職員とで緊急に災害対策本部を設置しています。これは日頃より村職員も地区の消防団団員として活動していますし,公民館活動を支援するよう,サポーター制度を取り入れています。このサポーター制度というのは,各公民館から通勤している村の職員が公民館行事に積極的に参加し,公民館会議に出席し助言を行うなど,行政と地区の連携を深める役割を担っています。
 土砂災害は,いつどこで発生するかわかりません。行政の災害対策本部からの連絡が取れない場合でも,各地区が自主的に災害対策本部を設置し,消防団を中心にして,各家庭に自主避難を呼びかけています。
 道路の復旧にしても「自分たちが利用する道路は自分たちで」といった意識もあり,率先して無報酬で応急工事の手助けをしてもらっています。
 7月2日には,村内全域で防災訓練を実施したところです。各地区の災害対策の充実を目的として,危険箇所の熟知,避難所の設置,炊き出し訓練,通信できない場合の衛星携帯電話による通信の確認など,組織構成からその役割分担まで協議し,住民に参加していただいたところであります。


防災訓練 防災訓練(炊き出し訓練)

今後の取り組み
 平成16年,17年と2年連続の大災害を経験しました。安全で安心した村づくりに取り組んで行かなければなりません。そのためには,まず,危険箇所の周知徹底です。村内にある危険箇所の周知については,これまでも取り組んできましたが,人的被害を受けた箇所は比較的安全な場所で発生しています。これまでの危険箇所の見直しと,安全と思ったところも注意が必要であることを充分住民に伝えていく必要があります。防災訓練もその1つであり,こういった訓練を実施し参加することで,より住民の方々の災害への認識も高まっていくこととなります。
 次に,情報通信網の確保です。96%が山林で急峻な地形であり,道路の通行止め,電気,電話のライフラインの寸断も多く発生しました。災害発生においては,早めの対応を行うことが一番でありますが,そのためには的確な情報がないと対策が立てられません。昭和63年にはNTTの電話回線を利用して,各家庭にオフトーク通信を始めました。しかし,16年の災害では機能しませんでした。携帯電話も停電と電波の届かない地区が多い当村では有効に使えません。そんな中,衛星携帯電話のみが機能を発揮しました。16年災害後に数台の衛星携帯電話を設置しましたが,台数不足と,取り扱いが不慣れなため充分な活用ができませんでした。このことから,現在12消防団すべてに導入し,防災訓練時に使用することで機能の熟知も行ったところであります。
 さらに,各地区の災害対策本部のスムーズな運営のためにも,サポーター制度の充実に努めていきます。
 現在の長期総合計画に「かて〜りの里・椎葉」を村づくりの基本理念として取り組んでおります。この「かて〜り」は椎葉の方言で「お互いに手助け,手伝い,協力する」といった,昔からの互助組織の意味があります。雄大な自然と共生し,人々は助け合って生きてきました。近年この「かて〜り」の意識が薄れつつありましたが,2年連続の大災害により,従来よりもさらに「地区の絆」が深まったと思います。このことこそボランティア活動であり,村民もお互いに協力しあい,復興に取り組んでいます。
 今回の災害により,3名の犠牲者が出た場所は,まったく予測もしていませんでした。安全と思っている所ほど被害が大きくなってしまいます。二度とこのようなことが起こらない,安全で安心できる村にしていかなくてはなりません。本年は「災害復旧の年」と位置づけ,一日も早い災害復旧に取り組んでいるところです。
 最後に本誌をお借りし,これまでの皆様方の心温まる励まし,支援物資や義援金をいただいたことに対しまして厚くお礼申し上げます。さらに災害復旧を支援して頂いた自衛隊,国,県,関係機関,建設業界など多くの皆様に心より感謝申し上げます。