平成17年台風14号災害を受けて

水迫順一(Junichi Mizusako、鹿児島県垂水市長)

「砂防と治水172号」(2006年8月発行)より

1.垂水市の概要
 鹿児島県垂水市は,人口約19,000人,鹿児島湾に面する大隅半島の西北部に位置し,西方眼前には雄大な桜島,東方には原生林が残る緑深い高隈山系と風光明媚な自然環境の中,県都鹿児島市と広域大隅地域とを結ぶ,海上・陸上交通の要所となっています。
 産業面としては,温暖な気候と山間部の地形を利用したビワやポンカンなどの果樹栽培に加え,さやいんげん・さやえんどうの園芸作物は全国有数の出荷量を誇っています。一方,カンパチやブリの養殖も盛んに行われ,その出荷量16,000tと市の基幹産業として発展しています。また,温泉源も豊富で,安全性や折からの健康ブームの中,飲料水として全国的なシェアを保持しています。

2.台風14号災害の概要
(1)台風の概要
 今回の台風14号については,とにかく強い雨が特徴であり,最初の降り始めは9月4日からで5日未明からは時間20mm以上の強い雨が降り続き,6日までに大隅半島の最大連続雨量は956mmの記録的な豪雨となりました。本市の高峠という山間部でも24時間雨量459mm,時間最大34mm,連続雨量638mmという歴史的な記録を観測しました(図1)。
 また,暴風域の半径が約300kmと大きく,直撃は免れたものの最接近時には最大瞬間風速48.4m/sの猛烈な風も観測されました。
図1 4日から6日にかけての雨量状況

(2)被害の概要
@人的被害
 9月5日18時22分に水ノ上地区上ノ宮集落で,人家の裏山の高さ30m,幅15m が崩落し男性1名が生き埋めとなり死亡,翌6日9時36分には新城小谷地区で大規模な土石流が集落中央部を襲い,親戚宅に避難されていた女性3名が家もろとも流され死亡,また同日13時14分には水ノ上地区上新御堂でも土石流により居宅中の男性1名が死亡。計5名もの尊い命が犠牲となりました(写真1・2)。
A住宅等被害
 住宅等の被害は,山腹の崩壊,土石流,河川の氾濫など様々な要因により相当の被害を受けました。特に牛根麓辺田地区では,地区を挟み縦断する平野川・辺田川の氾濫により,全・半壊は元より浸水を含め壊滅的な被害を受けました。
B道路・河川被害
 市の海岸線を縦断する動脈である国道220号は,海潟小浜地区から牛根地区の約13kmの区間において,山腹崩壊や土石流により多量の土砂や立木が堆積し,最大4日間にわたり通行止めとなり,6集落370世帯,840人が孤立状態となりました(写真3)。
 また,県道・市道においても特に山間部で壊滅的な被害を受け,市街地東の山間部3集落の40世帯,100人が1週間の孤立状態となりました(写真4・5)。
 一方,市内を流れる29の河川でもいたるところで決壊や土砂・流木被害が生じ,特に牛根麓地区の平野川・辺田川では土砂及び流木が橋梁部を閉塞し,溢水氾濫したことにより,国道や人家に甚大な被害をもたらしました(写真6)。

写真1・写真2 3名が犠牲となった小谷地区(土石流) 写真3 堆積土砂で通行止めの国道220号
写真4 ほぼ全面崩落した県道垂水南之郷線 写真5 全面欠落の市道内ノ野線 写真6 国道橋梁部を塞いだ流木

Cその他の被害
 農地や農業用施設でも壊滅的な被害を受け,補助災害復旧事業だけでも約150箇所に迫り,基幹産業の一翼でもある出荷を控えたサヤインゲン,収穫を間近にした稲など広範囲に及びました。山間部の被災が激しかったことにより,林道災害も18件の採択を受けました。
 一方の基幹産業であるカンパチやブリの養殖においても,海へ大量の土砂が流れ込んだことにより酸欠状態に陥りカンパチの稚魚11万1千匹,成魚8万1千匹が死滅しました。また,海に漂流する流木で,船舶の損傷などの二次的被害も発生しました。牛根麓地区の中浜漁港では,隣接する山の崩土が国道を跨ぎ流れ込み,港の機能が奪われました。
 生活に密着したライフラインにも重大な被害を受け,電柱倒壊や断線など156箇所による停電,電話においても電話柱244本の倒壊・90箇所の断線による不通が発生しました。特に重要な水道においても,市道陥落により埋設された配水本管が切断され,市中心部の約5,100戸が5日間にわたり断水となりました。
 学校や公共施設においても被害は及び,強風に弱い窓ガラスやスレートなど相当数の被害を受けました。5日・6日は市内全校で臨時休校の措置を執らざるを得なく,7日に授業再開を行ったにも関わらず,牛根地区の2校では国道の不通により大部分の児童が登校できませんでした。また,牛根麓地区の松ヶ崎小学校では校庭に大量の土砂が流入し運動場が使用できず,楽しみの運動会を体育館と中庭で開催することとなりました。また,登校できない一部の児童・生徒は地元の集会所で分散授業を行う異例の事態となりました。多くの児童・生徒の自宅も倒壊や床上・床下浸水などの被害に見舞われ,幼い心を痛めることとなりました(表1,写真7)。

表1 市全体の被害規模

写真7 運動場が冠水した松ヶ崎小学校

3.復旧への取り組み
(1)災害復旧事業
 市災害復旧においては,市道や準用河川・普通河川を公共土木施設災害復旧事業として計71件・費用6億4千万円強,農地災及び農業用施設災害復旧事業は計147件・費用5億2千万円強,林道災害復旧事業は計18件・費用1億2千万円強を採択され,18年度までに事業完了予定となっています。
 また,冠水した小学校運動場も公共文教施設災害復旧事業として採択され,きれいな運動場に生まれ変わりました。牛根麓地区集落内に流れ込んだ大量の土砂除去についても都市災害復旧事業として認定され,完了しました。
 今回の被災においては,災害救助法及び被災者生活再建支援法の適用も受け,特に住宅被災を受けられた方の生活必需品などに多大な支援をいただきました。市の財政事情におきましても激甚災害の指定を受けたことにより,財源支出の軽減となり大いに救われたものです。
 一方,事業的にも大規模となる土石流等災害の復旧事業では,鹿児島県が垂水市において災害関連緊急砂防事業として死亡された箇所を含む10件11箇所,砂防激甚災害対策特別緊急事業として7件の事業を導入され,18年度中には全箇所完成予定です。その他,既設砂防堰堤内に堆積した土砂や流木の除去作業についても,満杯状態の数カ所を実施していただきました(写真8)。
 同じく県営の治山事業として,死亡現場を含む5件を実施していただいています。
 その他,国道・県道被災の復旧はもちろん,県管理河川被災はもとより砂防指定地の下流域市管理河川の復旧についても積極的に取り組んでいただきました。また,重要幹線である国道220号においても,通行止めなどの再度被災防除として横断暗渠の拡大化などに取り組んでいただくことになっています。

写真8 多量の土砂に埋まった砂防ダム
(2)今後の取り組み
 今回の災害については,ハード面としては財源軽減となる激甚指定や災害救助法あるいは被災者生活再建支援法などの適用を受けたり,特に規模が大きくなる砂防や治山事業では県営として積極的に取り組んでいただいたりして,復旧が着々と推進されています。
 このように,壊れた箇所の復旧については人工的にではありますが,元に近い形に還らせることができます。しかしながら,最も尊厳されなければならない生命は二度と還ってくることはありません。このような悲惨が起こるたびに耳にするのが,「まさか,こんなところが…」とか,「今まで崩れたことがない」という言葉です。つまり,経験上から得た無意識の防御である訳です。当然,市としても急傾斜や土石流などの危険箇所も指定していますが,今回もそれ以外の箇所で相当数の災害が発生しているのが現実です。そのような観点からも,現在,全国的に整備が急がれています「土砂災害防止法」による危険箇所の把握を踏まえ,市としても詳細なハザードマップの整備や,気象台と県による警戒情報伝達などの防災対策のシステム・マニュアルの強化が急務と考えています。
 それにも増して重要なことは,「自分の生命は自分で守る」「同じ地域から犠牲者を出さない」という住民の防災意識の高揚です。そのためにも相互共助の観点から積極的に自主防災組織に取り組んでいただき,地域住民による防災点検や避難訓練などにより地域住民意識の共有化や連携の強化を図り,一方,行政側からは的確な防災情報の伝達や,避難体制など危機管理体制の充実を図り,官民一体となった「犠牲者0(ゼロ)」の街づくりへ努力してまいりたいと思います。