台風14号災害と今後の取り組みについて

黒木睦郎(Mutsuro Kuroki、宮崎県高千穂町長)

「砂防と治水172号」(2006年8月発行)より

1.高千穂町の概要
 高千穂町は,九州のほぼ中央部,宮崎県の北西部に位置し,周囲は東部が大分県,北西部は熊本県の2県2市5町に接し,人口15,000人,町の総面積は237.32km2であります。
 町中心部を東西に流れる一級河川,五ヶ瀬川は九州山脈を源流に,日之影町から延岡市,日向灘へとそそいでおり,途中には神秘的な大自然を創出している名勝天然記念物指定の高千穂峡や天岩戸神社,国指定の無形文化財の高千穂神楽などがあり,年間120万人の観光客が訪れています。
 町内の河川は深い渓谷をなし,町中心部から祖母傾国定公園の主峰,祖母山(1,757m)のふもとまで,標高300mから800mまでの間に集落と農地が点在しており,豪雨となれば,大きな高低差と起伏の激しい地形のために下流域へと一気に流れ出ることとなり,これまでにも数多くの土砂災害が発生しています。

2.台風14号・土砂災害状況
 平成17年台風14号(ナービー)は,8月29日マリアナ諸島で発生し,1時間に10〜20kmとゆっくりした速度で北上したために,九州の太平洋側では,長時間激しい雨となり,高千穂町内の9月4日から6日までの降雨量は,最大時間降雨量33mm,日最大雨量は従来の記録317mmに対し513mm,9月の月間降雨量の平均は323.4mmでしたので,1日でそれ以上の雨が降り,3日間で554mmもの雨が記録されました。
 このため大分県境に近い土呂久地区でも数箇所の土砂崩れが発生,2世帯5名の尊い人命を失うこととなりました。この近くには雨量計が設置されていないこともあり,正確な降雨量を知ることはできませんでしたが,山を境に隣接する日之影町の見立地区では,201mmの雨量が記録されており,土呂久川の当時の水量を考えますと,おそらくそれに近い,あるいはそれ以上の降雨量であったと思われます。
 町内各地では大小千箇所を超す土砂災害が発生しました。この被災状況を見てみますと,山腹災害の多くは40〜50年に成長した杉林が原因と思われるものが数多く見うけられます。
 杉は高木に成長しますが,根は直根のため風雨に弱く,多くの山崩れがこの杉林内で発生しています。
 伐期を迎えたこれらの木々も,木材価格低迷のために手入れや伐採されることなく放置同然であるのも大きな原因であります。
 杉林内が1箇所壊れれば,直径50〜60cm,樹高20mにも成長した大木は急斜面のために倒木,土砂崩れを繰り返しながら大きな土石流となり,被災地近くでは手のつけようもない無惨な姿を現しました。
 五ヶ瀬川本流,支流で倒れた数百本,数千本もの杉のほとんどは,五ヶ瀬川のいくつものダムを乗り越え,想像もつかない勢いで,河川災害を拡大しながら60〜70kmも下流の日向灘へと消えてしまったのです。
 五ヶ瀬川沿いに走る第三セクターが運営するTR高千穂鉄道も,これにより多大な被害を受けることとなり,2つの鉄橋は流失,線路は各所で分断され,被害額は約26億円という壊滅的なものでありました。

杉林内で発生した山崩れ 被害を受けたTR 高千穂鉄道の鉄橋

 このため導入3年目にしてやっと高千穂観光の目玉として定着しつつあったトロッコ列車も,第三セクターによる運営を断念しなければならないこととなりました。
 現在,民間の神話高千穂トロッコ鉄道株式会社が設立され,第三セクターから民間会社へ移行のための準備が進められており,さまざまな手続きをクリアしながら,運行再開へ向けて努力されているところです。町としましても,できるだけの協力はしなければならないと考えています。
 皆様方におかれましても,雲海に浮かび東洋一の高さの高千穂鉄橋を渡るトロッコ列車を,再び走らせるための協力を依頼されることもあるかと思います。どうぞその時は,力を貸して頂きたいと思います。
 今回の台風14号の被害は規模,金額ともに,過去に経験したこともないものでありました。
 土砂災害を未然に防止するには,砂防堰堤などの建設は,大きな役割を果たしていますけれども,それらの設置のみでは土砂災害は減少しません。
 土砂災害を発生させないためには,災害防止工事とともに,風雨に強い山を育てることも考えなければなりません。
 それには,できるだけ自然林を保護し,伐採後の山は放置することなく,広葉樹の植林を行うことにより,風雨に強い山を育て,守っていく取り組みが必要と考えます。

3.災害復旧への取り組みと防災対策
 災害は忘れた頃にやってくる。過去の台風による大きな災害は,5〜10年に1回(記憶に新しいのは,昭和46年・昭和63年・平成5年災)と言われていました。しかし,地球温暖化が原因なのか,平成16年,17年と2年連続して台風による大災害がもたらされました。
 本町における平成17年9月の台風災害では,町道96箇所,河川54箇所,農地農業施設238箇所,林道32箇所,河川災害関連事業3河川,災害査定総額で30億円を超す甚大な被害でありました。
 今回の災害の特徴は,1箇所ごとの崩壊が大きく,中山間地域で急峻な地形のため,針葉樹林での山地崩壊による土石流が多く見られたことであります。
 特にホタルの里,山附川におきましては,林地崩壊に起因する土石流により約3.5kmにわたり流下し,ほとんどの護岸が崩壊,人家1戸が流出,収穫前の水稲は水田と共に跡形もなくなり,また埋没するなど多大な被害を受けました。河川沿いの町道山附線についても4箇所で道路が欠壊したために,被災後9カ月にわたり通行止めとなりました。その後,国・県のご配慮により災害関連事業(総延長:2,100m,事業費:8億円)として採択を受け,各方面よりご指導いただき,巨石積み工法等,自然にやさしい,また自然に配慮した工法により,現在施工中であります。そのほかの災害復旧工事におきましても,応急本工事,指令前着工等のご承認もいただき,現在70〜80%の進捗を見たところであります。
 また林地崩壊,土石流発生箇所につきましても,県営事業による復旧治山事業,災害関連砂防事業を導入していただき,着工の運びとなりましたことに対し,厚くお礼申し上げます。
 何時も安全・安心な町づくりを考えていますが,自然災害には勝てません。台風,集中豪雨時には河川の氾濫や土砂崩壊等の災害が懸念され,従来から様々な防災施設,設備等の整備を推進してきましたが,今後さらに災害発生のおそれのある危険区域の見直し,情報伝達の整備など,総合的防災対策をより一層強化するとともに,災害時における迅速かつ適切な対応のできる組織・体制づくりを高めていくことが,被災を最小限にくい止められるものであると考えます。
 人家裏山の土砂災害は,何時なんどき発生するか分かりません。各人が土砂災害のこわさ,危険箇所を認識し,避難場所,避難路を決めておき,気象情報に気を配り,早期に避難を行い,尊い生命を守りたいものであります。