災害に強い町づくりを目指して

工藤訓(Satoshi Kudou、宮崎県日之影町長)

「砂防と治水172号」(2006年8月発行)より

1.はじめに
 日之影町は,宮崎県北西部に位置し,町の面積は277.68km2という広大な町土を有し,約92%が山林で雄大な九州山脈に育まれた緑豊かなまちであります。五ヶ瀬町向坂山を水源とし,熊本県山都町を経由し水郷延岡市まで流れる五ヶ瀬川が,まちの中央部と西から東に貫流し,東西,南北の中に日之影川をはじめいくつもの支流が山を削り,深いV字形の渓谷を形成しております。このように大変厳しい地勢でありますので,過去に幾度となく大きな災害に見舞われております。中でも昭和57年8月の集中豪雨は,12〜13日の2日間で800ミリを越え,平成5年の台風7号では398ミリを記録し大災害が発生していますが,今回の平成17年台風14号は日之影町にとって,過去の記録を塗り替える最大級のものになりました。



橋と渓谷と温泉の町 日之影町

2.台風14号の記録
 平成17年9月4日(日)から6日(火)にかけて,台風14号は九州南部に接近し,県北地区や県央地区に1,000ミリを越える記録的な豪雨をもたらしました。そのため土石流やがけ崩れなどの土砂災害が県内で139箇所発生しました。日之影町においても,見立地区で1,201ミリを記録するなど,土石流災害3箇所,大規模地すべり3箇所,洪水による家屋流失を合わせると,全壊32世帯,半壊34世帯,床上床下67世帯,被害総額にして98億円,町の当初予算の2倍の額におよびました。
 土石流が発生した神影地区の楠元住宅では,15世帯のうち12世帯が土石流で全壊するという大惨事が発生しましたが,前日から避難所や親戚宅へ自主避難していたことで人的災難から奇跡的に逃れることができました。

土石流の発生した神影地区・楠元住宅 激流が流れる五ヶ瀬川 神影地区

3.危機管理体制
 台風14号は,県の防災情報のシステムによりますと, 過去の大災害となった平成5年災に類似した経路で,最大級の台風が九州を直撃する可能性が極めて高いことから,最悪の事態を視野にいれ,最大の警戒態勢で臨むよう指示しました。5日の午前9時,課長全員危機管理対策会議を,消防団長,幹部の方も同席して開きました。9時30分,災害警戒本部の設置をし,午後1時までに町内15箇所の避難所を開設し,職員30名を配置し連絡体制の確保を図りました。
 一連の対応は,職員が作成した危機管理対応マニュアルがあったことで,職員の役割が明示されていたことや,非常時の通信・電源確保訓練を行っていたことで,事前に庁舎内に発電機が持ち込まれ,停電時や自家発電が水没した際も,防災情報・防災無線による情報の発信・衛星携帯電話による外部との交信が確保できました。こうした中で,防災無線で自主避難を明るいうちに行うよう呼びかけました。自主避難は夕方の5時から8時ごろが最も多かったようです。高齢者あるいは要救護者の方の避難につきましては,消防団の皆さん方が献身的に避難所へ送っていただきました。
 五ヶ瀬川の水位の状況をリアルタイムに防災無線で流し続けたことなどが,早い時点での自主避難に繋がったといえます。五ヶ瀬川の水位が急激に上昇し,6日午前0時30分に災害対策本部に移行し,同時に神影地区に避難勧告が出され,消防団が各戸の避難状況を確認して回りました。29世帯中,25世帯が自主避難をしており,勧告後は4世帯だけで,消防団の呼びかけに即座に答えていただきました。午前3時に特別警戒水位,午前7時15分には危険水位に達しておりますが,その時の台風の中心位置はまだ薩摩半島の下にあり,町内全域にさらなる警戒が必要であると防災無線で繰り返し呼び続けました。
 そして,午前9時50分,楠元住宅上で土石流が発生し,12世帯が流されたとの報告があり,その後も五ヶ瀬川の水位は上昇し,午前11時以降には水位計も計測不能となり,五ヶ瀬川を跨ぐ光ケーブルも切断され,町内全域が停電し,すべての携帯電話を含む通信網が通信不能となりました。土石流が発生した楠元住宅にあっては町の教職員住宅,公営住宅,一般住宅の15世帯があり,その中の12世帯が土石流にのみこまれましたが,これだけの災害に見舞われながらも犠牲者が一人も出なかったことが不思議でなりません。しかし,こうしたことは,日頃からの「住民の防災への危機意識が高く,自主避難を心がけていたこと」が要因の一つと思われます。日之影町は,毎年危険地の調査を行い住民の皆さんが危険に感じている箇所を,地元消防団を通じて報告していただいております。
 今回は「消防団の皆さん方が,平素から自治消防活動を積み重ね,地域と一体となった避難体制を築いておられた」からこそ尊い人命が守れたのだと思います。河川災害は目で確かめることができますが,土石流災害は特に今回のような1,000ミリを越える大雨が降りますと,どこで発生するか極めて判断が難しい状況であります。したがって,危険地の住民の方々に対しましては,自主避難の認識と危機意識の啓発を繰り返し示していくことが,行政の責務なのだと強く感じた次第であります。



日之影町における一連の危機管理対応
4.今後の課題
 今回の災害において,日之影町全ての避難所が絶対安全とはいえなく,避難施設の見直しや避難手段を含め,安全確実な避難所への誘導を再検討することが必要と考えます。また,役場庁舎が水没し,対策本部の機能が一時麻痺したことを大きく受け止め,同じ機能を有する分署の構築等,住民への情報伝達手段と詳細な防災情報が得られる情報システムを導入し,的確な情報を随時住民に提供すること,土砂災害防止法の改正より,土砂災害警戒区域に指定された箇所などの土砂災害ハザ−ドマップの早期策定を行うことが重要と考えます。

5.おわりに
 台風14号による土砂災害につきましては,国・県・関係機関のご尽力により只今復旧がなされており,その早期完成を願うと共に,安全安心で災害に強い町づくりのために,危機管理体制・防災体制の充実に努め,「危機意識の強化」と「早期の自主避難の認識」の啓発に努めることが行政の責務であると思っております。