災害に強い町づくりを目指して

林田敦(Atsushi Hayashida、宮崎県東臼杵郡美郷町長)

「砂防と治水173号」(2006年10月発行)より

 美郷町は,宮崎県北部に位置する東臼杵南部地域の3村(旧南郷村,旧西郷村,旧北郷村)が,平成18年1月1日に合併して誕生した町です。人口6,870人( 平成17年10月1日), 面積448.7km2,その約95%を山林が占めています。町の中央部を耳川が貫流し,北側に五十鈴川,南側に小丸川が流れ,当町はこれら河川の上流域に位置しています。気象は,年間降水量が2,500mm以上で寒暖差の激しい地域です。地形は,一部役場周辺の比較的緩やかな中山間地帯と山岳が連なる急峻な山間地帯に分けられます。産業は,農林業を中心とした町で,肉用牛,米,完熟キンカン,栗,梅,ミニトマト,茶,しきみ,木炭,きゅうり等の生産が盛んであります。旧3村は,歴史的文化に特徴があり,個性豊かな地域づくりに取り組んできました。特に,「火伏せ地蔵さん」で有名な旧北郷村,稲作文化を保存してきた「御田祭」の旧西郷村,「百済伝説」を背景として国際交流を実施してきた旧南郷村,これらそれぞれ地域づくりを象徴する伝統文化が営々と受け継がれてきた地域であります。
 昨年の台風14号は,3村合併を目前とした9月に襲来,当然各村ともそれぞれの地域防災計画の下,災害対応に追われました。3村のうち2村は,かつてない甚大な被害に見舞われました。地球温暖化等による連続した異常気象は,台風や予期せぬ集中豪雨を発生させ,いやがうえにも災害に対する危機意識を高めました。
 新生「美郷町」の第1歩を踏み出した今,災害復旧に全力を挙げると同時に,危機管理体制を整備・強化し,防災に対するこれまでの取り組みを見直し,教訓として,「災害に強い町づくり」「安心・安全な町づくり」に取り組んでいます。

●台風14号の災害被害状況
 昨年9月初旬,九州地方を襲った台風14号は,土石流,地すべり,がけ崩れなどの土砂災害に併せて,河川の洪水・氾濫による家屋の流出・浸水など,住民生活に甚大な被害を及ぼしました。大型で非常に強い勢力に発達しながら九州に接近してきた台風14号の特徴は,九州西側に沿って北上しながら,比較的ゆっくりした速度で進み,長時間にわたって暴風,大雨が続き,町内南郷区(旧南郷村)では,5日間で月間平均雨量の2.9倍となる1,321mmに達しました。特に小丸川(1級河川)と耳川(2級河川)が増水・氾濫し,その沿線では,家屋の浸水など大災害を被ることとなりました。これら河川に注ぐ支流もまた流木・土砂を飲み込み,濁流を増幅させ,耳川に架けられた橋長約80mの鉄鋼橋が3基流されました。
 増水した濁流河川に凄まじい勢いで流れる木材がまるで磁石に引き付けられるかのように高欄に巻きつき,それに耐えられなくなった橋がカニの足のように折れ曲がって流下している様は,筆舌に尽くしがたい光景でありました。80歳台の高齢者でさえ,かつて見たことも経験したこともない異常に暴れ狂った河川を目のあたりにし,避難を余儀なくされたのでした。町内全体では,床上浸水22戸,床下浸水15戸,流失家屋2戸,土石流4箇所,地すべり地域2箇所,町内約100億円の大災害でした。この被害総額は,新町の平成18年度一般会計予算に匹敵する金額でした。道路が寸断され,被災直後孤立した集落もありました。しかし,幸いにも人的被害はありませんでした。
 大規模な山腹崩壊も発生しました。小高い尾根から約250m下の河川まで,一山の片面が崩壊したと形容してもいいほどのむき出しの土肌状態になってしまい,地元一般紙は,専門家の見解のもとに,「この一帯で降雨が長時間継続し,深い所では,地下100mの破砕している岩盤まで水が達し,地層内の水圧で土砂が浮き上がり不安定となり,同時に増水した河川が川岸に衝突。山の下部を削り取り,土砂崩壊の誘引となった」と記しました。

島戸地区被災状況

●復旧の取り組み
 旧3村は,災害時にそれぞれ災害対策本部を立ち上げ,行政をあげて災害対応にあたりました。地域ごとの災害状況の把握,特に地元と連絡を取り合い,人的物的被害・道路網の把握等につとめました。特に災害対策本部は,本部の設置及び被害情報等の収集にあたる総務班,生活必需品等の供給にあたる食糧物資班,住家等の被害調査にあたる被災世帯調査班,避難所の運営にあたる住民生活班,医療救護にあたる医療班,農林業災害にあたる農林業対策班,道路等の対策にあたる建設班,児童生徒の安全にあたる文教対策班等に分かれ,本部会議による被害情報等の共有を図りながら,全員体制で臨みました。
 孤立した集落や家屋の浸水した地域には,職員が手分けして食糧・生活必需品・医薬品等を届けました。民間土木業者との連携では,建設班が中心となり生活道・連絡道の確保に努めました。地域では,隣人・友人・知人または自治公民館をあげて被災世帯の救済にあたりました。防災の基本理念の1つである「自分たちの地域は,地域のみんなで守る」というコミュニティー組織の力がこれほど試されたことはありませんでした。こうして行政・業者・地域住民が一体となって取り組み,甚大な災害にあっても人的被害がなく,また地域住民の不安を最小限にとどめられました。

●防災対策の取り組み
 防災対策には,予防対策と災害対応対策があります。土砂災害の予防対策は,まず,山間地の個別実態に対応した関連事業の推進が必要であり,特に,治山対策としての治山事業,防災対策としての砂防事業,地すべり対策事業,急傾斜地崩壊対策事業や河川対策としての河川事業等のハード面の推進が求められています。第2に,防災には地域住民の連携が不可欠であり,特に,危険箇所の調査・点検とその住民への周知・徹底による防災意識の高揚は,重要課題であります。危険箇所の情報を関係者が共有することにより,日常的かつ予防的な体制が構築され,住民の「安心・安全」が確保できるのです。町では,県・町・住民の関係者が一体となり,危険箇所の調査・点検活動を定期的に実施しています。第3に,防災力の向上が重要であり,避難に対する基準や避難所の見直し,情報通信手段の充実,災害情報の収集・伝達体制の充実,消防体制の充実,医療救護体制の充実が求められています。特に,地域住民による自主防災組織の構築と合併による消防体制の見直しは喫緊の課題でありました。各公民館に避難・誘導班,救急・救護班,情報収集班の自主防災組織を組織し,高齢者等への対応や地区全体の避難体制の確立にあたりました。
 消防体制については,今年1月の合併に伴い,美郷町消防団に3つの分団を置き,その下に20部577名の団員が組織されました。しかしながら団員の減少は深刻な問題であり,引き続き団員確保や消防技術の向上,消防施設等の充実につとめているところであります。特に土砂災害は,住民の「命」に関わる重大な被害の危険性を孕んでおり,機敏で適切な消防団員の対応は必要不可欠です。
 次に,土砂災害が発生した折の対応策としては,防災対策を集約する本部体制の確立の基に,動員配備,情報通信手段の確保,県土木事務所や県警等関連機関との綿密な連携によって被害を最小限にとどめる必要があります。このため日頃から危険箇所の調査・点検や防災組織の確認等は,各部署において十分な点検が必要であります。合併前の台風14号は,旧村での対応でありましたが,充分な組織的対応ができておりました。現在,あらためて新防災計画を策定中であり,台風シーズンを迎えるにあたっては,従前の旧村の計画を準用して対応しているところであります。なお,今年から災害の発生が予想される場合,「避難勧告」の発令前に「避難準備情報」を出し,高齢者などへの対応や非常持出品の用意・家族への連絡等,早めの準備呼びかけをすることになりました。
 町内の土砂災害の現況に対しては,河川・道路等町内513箇所の復旧工事に取り組んでおり,災害工事の発注も残す44箇所までに至っています。すでに完成した工事も500箇所あり,工事の進捗状況を見れば復旧率約60%であります。
 地すべりの危険性がある島戸地区の2箇所の集落については,耳川の氾濫による大崩壊地(尾根から下方河川まで高さ250m,幅400m)に隣接しており,まずはハード面の対策が急がれます。県においては,堰堤工や護岸工の河川災害復旧事業,集水井戸等を設置する災害関連緊急地すべり対策事業や通常の地すべり対策事業,押え盛土工の地すべり激甚災害緊急特別事業等の災害関係事業に取り組んでいただいております。しかし,大規模事業のため,復旧までには数年かかることから,予知システムの充実や集落の避難体制の整備が求められました。町としては,支所内に地すべり対策会議を設置し,24時間の監視体制のため警報機器(伸縮計と雨量計)を備え,県土木事務所・集落責任者・監視システムの委託業者との情報伝達体制を整備,緊急時の避難体制の整備に努めました。
 また,当地が山間の急峻地帯であり,どの場所でも土石流や地すべり,がけ崩れの起こり得る地域であるので,早めの,しかも昼間の避難が安全のために不可避であります。避難場所は,休校中の鉄筋2階建ての小学校を指定し,衛星電話等の情報通信網や生活必需品等を揃え,緊急時の災害に備えています。
 また,当地集落の住民を対象に土砂災害防止講座を開催し,土砂災害の構造やこれまでの土砂災害の事例,災害に対する日常的な心構え,避難場所等の確認を行い,災害に備えました。


防災訓練状況

●今後の取り組み
 土石流や地すべり,がけ崩れなどの土砂災害は,一瞬にして尊い人命や財産を失う事態になりかねません。世界的な異常気象のもと,日本各地で台風や予期せぬ集中豪雨による数多くの被害が発生しています。町内は,急峻な山地が多く,土砂災害に対する備えは,最優先の重要課題と言っても過言ではありません。現在,新町の長期総合計画を策定中であり,『災害に強い町づくり』は,地域づくりの根本テーマであり,自然体系への考慮,農林業の土地利用等中・長期の視点にたった見直しを行う必要があります。
 特に,山地での風倒木や河川への流木の現状を見ると,あらためて「山を育む」展望の必要性に迫られます。当面,台風襲来のシーズンを迎えて重要なことは,昨年の台風14号の取り組みを点検・反省しながら教訓を生かし,災害に対する予防対策や災害時の対応策について万全を期すことであります。地域住民も昨年の台風による被害に危機感を募らせ,防災に対して関心も高く,今夏,自治公民館をあげて自主的な防災避難訓練を実施したところもあります。
 今後とも地域住民と行政が一体となった取り組みの中で,土砂災害などによる犠牲者を一人も出さない『災害に強い町づくり』『安心・安全な町づくり』に努めてまいりたいと考えています。