砂防激特緊急事業を推進して

松本照彦(Teruhiko Matsumoto、熊本県多良木町長)

「砂防と治水173号」(2006年10月発行)より

○多良木町の概要
 多良木町は,熊本県の南部,球磨郡の東部に位置し,東西21km,南北22.8km,中央部は平坦地で南部地域と北部地域は九州山脈の支脈を形成する森林に覆われています。面積は165.87km2で人口は11,600人を有し,面積の約80%を森林が占めています。町の中央部を日本3大急流のひとつである1級河川の球磨川が流れ,球磨盆地を潤す2大灌漑水路(百太郎溝,幸野溝)が鎌倉時代の頃から築造されたことで,水利に恵まれて古くから農林業が盛んな町です。
 平坦部の土地は肥沃で温暖多湿の気候にも恵まれ良質の米のほか,施設園芸,工芸作物,畜産など複合経営が行われているとともに,豊富な森林資源を保有し良質な木材も数多く生産されており,林業は町の基幹産業のひとつとなっています。
 また,町の中央部を国道219号線が横過し,その沿線上に市街地が形成されていますが,大手スーパーによる郊外店が建ち,中心市街地が衰退気味で各種事業により活力あるまちづくりに取り組んでいます。工場は,九州縦貫自動車道の人吉インターまで30分の立地条件を活かし,誘致企業の印刷工場をはじめ,木材関連工場,軽電機,部品研磨工場,焼酎醸造工場等があります。特に焼酎の生産は人吉・球磨地方で28社ありますが,その中で本町に7社が集中し,全国的な人気銘柄も多く出荷されています。
 本町は,平成7年度から「多良木町駅周辺整備開発計画」により,えびす温泉センター,多目的総合グラウンド,えびす物産館,駅前広場,地域交流館石倉等の整備を実施し,中心市街地の活性化を目指し努力致しております。本年度は,まちづくりの一環として地域産業の発展も含め,球磨川に延長186mのエクストラドーズド橋の吊り橋を架設致しました。この橋は,町のシンボル橋としての役割も多く,経済発展と観光の両面から大きく期待が寄せられています。

○湯の原川における砂防事業
 槻木地区の湯の原川は,本町の南部に位置し,中心市街地から約20km離れた,標高783mの峠を越えた山間地の集落内を流れる河川です。宮崎県の大淀川水系で綾北川の左岸に合流し,延長5.4km,流域面積38.7km2で支流としては比較的大きな河川です。平成17年9月5日,台風14号の襲来で最大日雨量534.0mmを記録し,6日の正午には最大時間雨量37mmの局地的な豪雨となり,前日から降り続いた雨で地盤の弛みと重なり,本流域の崩壊箇所は30箇所に及び面積で5.2haの被害を受けました。住宅の近くでは,土石流が発生し,人災こそありませんでしたが,山間の数少ない農地は見る影を失いました。また,60年近く精魂込めて育ててきた山林が崩壊し,土石と共に流れ,流木の一部は橋梁で塞き止められ道路が流失する事態となりました。
 更に,河川沿いの農地は,その殆どが土石と流木で埋まり,護岸も至る所で流失するなど河川が原形をとどめない状態となりました。この地区には12戸の民家が点在し,電気,電話,水道,道路等のライフラインが全て閉ざされて孤立したため,飲料水の供給や発電機等の準備を早急に手配し,道路の応急架設工事を実施しました。
 熊本県におかれましても,災害調査の結果,この地区で過去に例を見ない大災害で緊急を要する災害復旧が必要となりました。これにより「砂防激甚災害対策特別緊急事業」と「河川災害関連事業」が採択され,国,県の御理解を頂き,平成17年度事業として着工することができました。
 砂防激甚災害対策特別緊急事業は,砂防堰堤1基(L=107.0m,H=10.0m)で総事業費6億円を投じ建設が進んでおり,一方,河川災害関連事業は,1億5千万円を投じ災害復旧が実施されております。
 また,山腹崩壊や渓流荒廃箇所についても林務サイドで災害復旧が実施されており,治山ダムの施工と併せて山腹の未植栽地は森林環境保全整備事業で植林が実施されました。

平成17年度砂防激甚災害対策特別緊急事業

 近年の自然災害は,地球温暖化などの影響を受け,異常気象により各地で想像以上の大災害が発生するとともに,尊い命と財産が一瞬の内に奪われています。今回の台風14号の災害で本町では,幸いにも人命を失う災害にまでは至らなかったものの,集中豪雨の恐怖をまざまざと見せつけられました。今後は,砂防ダムなどハード面の整備を進めながら災害を未然に防止するため,災害情報を効率的に運用しながら地域防災計画に基づいて自然災害の解消に努めたいと思います。
 最後に,今回の砂防事業を始め,これからの災害対策にご尽力頂く国,県及び関係機関の方々に対しまして厚く御礼申し上げます。