平成18年6月10日の長雨による地すべり災害―土砂災害の現状と課題―

新垣清徳(Seitoku Aragaki、沖縄県中城村長)

「砂防と治水174号」(2006年12月発行)より

1.中城村の概要
 中城村は,那覇市と沖縄市の中間に位置し,自然・歴史・文化的環境に恵まれた人口16,300人,面積15.46km2の農村であります。
 気候は,年間降水量2,300mm,平均気温23℃ですが,6月から9月にかけては平均気温27〜28℃という蒸し暑い真夏日が続きます。
 15世紀半頃築かれたといわれる「中城城跡」は平成12年「琉球王国のグスク及び関連遺産群」の一つとして世界遺産に登録され,また「日本の名城百選」にも数えられております。城については,1853年ペリー提督一行が浦賀へ行く途中琉球に立ち寄った際,中城城跡を測量し,「要塞の素材は石灰岩であり,その石造建築は賞賛すべきものであった」と『日本遠征記』に記されております。


2.長雨土砂災害の状況
 中城村は,県庁所在地である那覇市から十数kmの距離にあり,本島中部の交通の要所であります。今回の土砂災害は,村道坂田(ハンタ)線や県道35号線の崩落,国道329号の全面通行止めといった交通への影響をはじめ,被災者の数や規模などから,これまで経験したことのない大災害となりました。
 5月23日から6月13日にかけての梅雨前線に伴う連続雨量は,589mmと平年の2倍以上に達し,県内各地でも土砂災害などが相次ぎました。
 6月10日午前9時30分頃,村道路面に亀裂が走り,午後1時頃になって亀裂が急速に拡大したのが確認されましたが,当時は大規模な災害を予測できず,簡易な交通規制やブルーシートで路面を被覆する程度の対策を行っただけでした。
 路面上の亀裂確認からおよそ7時間後の午後4時30分頃,大規模な地すべりが発生し村道が崩落,下方にある県道まで破壊され,2カ所で道路が寸断されることとなりました。
 極めて短時間のうちに,村道に面した数件の民家の基礎部分をえぐるように道路は崩落し,最大42mにおよぶ比高の滑落崖が形成され,住民はきわめて危険な状態にさらされました。
 住民らの自主避難と村職員による避難協力によって人的被害が避けられ,また日頃交通量の多い村道や県道が完全に破壊されたにも拘わらず,被害に巻き込まれた自動車が一台もなかったのは未だに奇跡としか思われません。災害の発生が日中であったことも不幸中の幸いでありました。
 12日の晩から二次すべりが発生,13日から14日にかけてさらに拡大し,幅250m,長さ500m,推定移動土量は34万m3に達しました。
 地すべりの頭部の二次すべりが拡大するのに伴い,その土量が重しとなって,あたかも歯磨きのチューブを押し出すように舌端部の流動化は激しくなり,下方の民家まで約40mの距離にまで迫り,緊迫した状況となりました。ポキ,ポキと,時に鈍く時に激しく木の枝や幹が裂け,折れる音,農作業小屋が徐々に潰され呑み込まれていく光景,地すべりの凄まじさに慄然としました。
 避難範囲の拡大も余儀なくされ,災害が発生した6月10日時点では,地すべり上部の9世帯26人に避難指示,6世帯13人に避難勧告を出していましたが,二次すべりと土砂の下降など災害の拡大によって下方の集落40世帯148人に避難指示,25世帯90人に避難勧告を出すまでに至り,被災者は2集落で約300人におよぶこととなりました。


亀裂 くさび崩壊拡大

二次すべり被災状況全景

3.応急対策
 応急対策として,流動化した舌端部の土砂,量にしてダンプトラック180台分を緊急に排除する一方,地すべり頭部の村道の地表水を堰き止め,ポンプで排出して地すべりブロックへの流入を遮断するなどの排水工,土砂の水抜き,土砂堰き止めのための大型土のう設置を行いました。
 崩壊し下方に迫る土塊は,プールに浮いているかに見えるほど水を含んでおり,土石流防止のための水抜きは緊急を要し,自衛隊の派遣を要請いたしました。
 自衛隊の特殊ポンプ車による水抜き,排水処理作業は昼夜の別なく4日間続けられ,結果徐々に地盤が安定し,小康状態を保つようになりました。
 また,沖縄総合事務局は緊急対策として,遠隔操作で重機を操縦できる「無人機械(ロボQ)」を九州から搬入し,素掘水路を造るなどして地表水を排出するとともに,集水ボーリングによる移動土塊内の溜まり水の排出除去を進めました。
 こうした国や沖縄県の迅速・適切な応急対策により,災害拡大の危険性は徐々に低下し,発生から13日目にして避難指示・勧告の範囲は大幅に縮小されました。
 現在,下方末端部において仮設の「2重親杭防護壁」を建て込み,2次災害の発生抑止対策を講じているところであります。
 また,台風や降雨時に備え,常時監視システムとして警報付ワイヤーセンサーと地表伸縮計を斜面や地すべり頭部の村道に面した民家周辺に設置し,自動観測と警報体制を整えるとともに,県・村・専門家間の緊急時連絡体制を強化して非常事態に備えております。
 特に「時間雨量20〜50mm以上」で警戒・巡視にあたり,「地表伸縮計が1時間内に4mmの移動を感知」した場合には緊急に現場集合し巡視する体制を敷いております。




自衛隊によるポンプ作業状況 ロボQによる素掘

4.災害によって提起された課題
 中城村におけるこの度の土砂災害は,私どもの知識・経験・想像をはるかに超えるもので,危機管理のあり方に対する多くの課題が提起され,厳しい反省を迫られることとなりました。
(1)地すべりの発生直前の適切な判断と発生直後の初動活動の迅速化が求められる。
 最大の課題は「災害発生の予測」と「拡大の予測」で,災害箇所が地すべり危険箇所であることを勘案し,早急に専門家などとの連携のもとに先を読む迅速な態勢が求められる。
 そのためには関係機関や専門家と連携した日常的な危機管理態勢の強化が不可欠である。
(2)地すべりが小康状態になった期間,災害の危険度を的確に評価し,避難態勢を適切に見直すことが求められる。
 この度は県をはじめ,国土交通省や土木研究所の専門家が迅速に対応し,上空からの査察や踏査,加えて各種センサーにより収集された観測データを総合的に判断し,また判断できたことが結果として適切な対処に繋がったと思われる。
(3)被災地の早期復旧,再発防止の推進には,なにより地元住民の積極的な協力が不可欠であると考える。
 被災者の住宅確保,村道復旧の方線,地すべり危険区域指定など住民の理解と協力を欠いてはできないことは多い。

5.終わりに
 今回の地すべり土砂災害に対し,県内外の皆さまから心温まる励ましやお見舞いとともに,義援金や支援物資など多くのご支援が寄せられました。この場を借り,そのご厚情に心より感謝申し上げます。
 災害現場は現在小康状態を保っており,災害対策本部も7月31日をもって解散することができましたが,今なお数世帯が仮設住宅などで避難生活を余儀なくされております。しかし,皆さまの温かいご支援に支えられ,被災地・被災者とも落ち着きを取り戻しつつあります。
 なお,崩落箇所の完全復旧は平成20年8月を予定しております。
 皆さまのご厚意に報いるためにも,村として被災者への支援や二次災害防止に懸命に頑張って参る所存でありますので,今後ともご指導ご鞭撻をよろしくお願い申し上げます。