平成18年7月豪雨災害を受けて

林新一郎(Shinichirou Hayashi、長野県岡谷市長)

「砂防と治水175号」(2007年2月発行)より

○はじめに
 岡谷市は,長野県のほぼ中央に位置し,諏訪湖の北・西岸に面し,北から東には塩嶺王城県立公園,八ヶ岳中信高原国定公園を仰ぎ,また,遠くには富士山を望む,四季を彩る美しい自然に包まれた風光明媚な都市です。中央自動車道と長野自動車道が交わるなど,公共交通網においても古くから交通の要衝に位置することから,その立地条件や都市環境を生かし,諏訪地方の中核として発展を続けてきています。
 古くは縄文から先人たちが住まい,また,明治時代の後期から昭和の初期にかけては,恵まれた自然と豊富な水を利用して,生糸の都「シルク岡谷」としてその名を馳せ,戦後はその産業基盤をもとに精密工業都市へと転換し,現在では,高精度で超高機能な製品,部品を供給できるスーパーデバイス産地へ,さらにはナノテクノロジーをベースとしたスマートデバイス産地の形成に向けて発展を続けています。



○平成18年7月豪雨災害
 平成18年7月の豪雨災害には,災害の発生以降,各方面の方々から様々なご支援をいただき,また心温まる多くの支援物資,義援金をお送りいただいたことに対し,この場をお借りし厚くお礼申し上げます。

 さて,7月15日以降活発化した梅雨前線により降り続いた雨は,岡谷市の観測史上最大となる総雨量400mmを記録しました。災害発生前の7月19日午前2時までに累計雨量292mmを観測し,1時間に30mm程度の強い雨が2時間ほど降り続いた午前4時すぎ,湊,川岸地区の背後にある西山地域の稜線付近から,居住地域に向かって土石流が一気に沢筋を駆け下りました。特に,湊地区の小田井沢で発生した土石流は,上流部で警戒中の消防団員や心配して様子を見に来ていた付近の住民を巻き込み,更には下流部の住宅をも押し流し,一瞬のうちに7名もの尊い命を奪うものとなりました。ほぼ同時刻に川岸地区でも土石流が発生し,志平川下流では1名が亡くなったほか,川岸鮎沢地区の本沢川,駒沢地区の的場川などでも土石流が発生し,他の河川においても増水により護岸や道路が侵食されるなど,それまで平穏な地域が同時多発的に経験のない大災害に見舞われました。岡谷市全体の被害は,死者8名,負傷者12名,住宅家屋の全半壊29棟,浸水等271棟,被害総額は概算で18億3千万円にも上る市制始まって以来の大災害となりました。
 これまで岡谷市は自然災害の少ないまちと言われ,過去にも風水害を経験してきているものの,その多くは諏訪湖や市街地での河川や天竜川の氾濫であり,今回市内各所での土石流の発生は予想を遥かに超えた出来事でありました。


平成18年7月豪雨災害 岡谷市における降雨量の推移

平成18年7月豪雨の主な土石流等災害発生箇所

平成18年7月豪雨災害被害状況

○災害の発生
 7月18日夜から,危機管理室は主に諏訪湖と天竜川を警戒して24時間態勢に入りました。19日午前3時には天竜川が危険水位を越え,午前4時を過ぎて住民からの浸水情報が頻繁に入るようになり,市内全域での水害等への対応に追われていました。通常の降雨と状況が違う緊迫感を感じながら,その対応に追われる中で土石流が発生し,続々と入る現場からの情報が錯綜する中,家屋の流出,倒壊,火災の発生,行方不明者など被害の状況が明らかになるにつれ愕然としました。住民への避難勧告は最終的に9箇所への発令を行い,そのう
ち2箇所については避難指示を行いました。避難所は13の施設で開設し,8月7日までに延べ2,335世帯,6,500人もの方が避難を余儀なくされました。
 一方,湊地区での行方不明者の捜索活動では,自衛隊の派遣をいただき,連日,自衛隊,警察,消防団等で延べ4,000人が昼夜に亘っての救助,捜索活動にご尽力をいただきました。


岡谷市湊 小田井沢の被害状況 上の原小学校 被災状況

○災害の復興へ向けて
 被災された方々への支援としては,一刻も早い被災者の生活再建を願い,国の被災者生活再建支援法や災害弔慰金,見舞金等各種の支援制度への対応,また全国の皆様から寄せられた災害義援金の対応を進め,更に行政として他にできる方策の検討を行い,被災者に対する市独自の支援金制度を創設するなど,被災者の生活再建に向けた様々な対応を進めてきました。土石流が発生した渓流等では2次災害の危険性が高く,長野県による応急対策として土石流センサー,大型土のうによる仮設の導流堤が設置されました。
 8月10日には,被災者に対する支援と一日も早い地域の復興を目指し,専門窓口となる「豪雨災害復興対策室」を新たな組織として設け,現在も長野県や市の関係部局等と連携しながら集中的な対応を進めています。
 今回の災害は,土砂災害危険渓流とされる砂防河川に多く発生しました。岡谷市では現在21の渓流が砂防指定を受けており,このうち,砂防えん堤が整備されている箇所は4渓流あります。その中で,国道20号の塩嶺峠付近にあるヒライシ沢では,平成16年度に整備された砂防えん堤により,上流部で発生した土石流や流木,約2,000m3を捕捉し,直下に点在する健康保険岡谷塩嶺病院や養護老人ホーム,人家,耕地等への直撃を防いでおり,この砂防えん堤がなければ更に大きな被害が発生していたと思われます。
 国土交通省のまとめによると,今回の梅雨前線豪雨による土砂災害総数は全国で1,230箇所,7府県13箇所に及び,うち土砂災害による死者は21名とされています。
 岡谷市を含め,これら災害発生地には砂防えん堤がなく,今回のような土石流災害は豪雨の予測の難しさから,いつどこに発生するのか,その判断は極めて困難となっており,このような自然災害を防御する手段としては,土砂災害危険渓流への砂防えん堤の整備が最も直接的で有効な防御策ではないかとの思いを強くしました。
 この豪雨災害を受け,長野県の速やかな対応のもと災害関連緊急砂防及び治山事業が計画され,去る12月1日には三沢地区待張川のえん堤工事が起工されるなど,復旧事業も本格化し,市民の安全確保の観点からも全ての事業の早期完成を期待するものです。


○防災への取り組み
 しかしながら,市内の砂防河川の全てに砂防えん堤が整備できる訳でなく,今回のような局地的な豪雨による土砂災害など,いつ発生するのか予測もできない自然災害に備えることは非常に困難です。それに対応していくことが防災ということになりますが,100年の時を経ても起こりえなかった土砂災害が突然襲ってくる可能性は,全国どこの渓流にも危険性が内在していることから,治水砂防事業の更なる促進に期待を寄せるものです。
 防災にはハードとソフトの両面の均衡が必要ではないかと改めて痛感しましたが,仮にハードが整ったとしても豪雨は発生します。地方行政が地域防災力を高める取り組みとして何ができるのか,この災害を教訓としながら,地域防災計画を見直し,防災情報の収集発信,的確な避難誘導体制の確立などの体制づくりはもとより,地域の自治会,住民,ボランティアなど,今回の災害で人々の生み出す大きな力を経験させていただき,防災に関わる人的ネットワークの構築がこれから大きな財産になると確信しています。これらを今後の大きな課題とし,二度とこのような災害を受けないまちを目指し,災害復興に全力を傾注してまいります。

ボランティア活動