「平成18.7.5豪雨災害」について

水迫順一(Junichi Mizusako、鹿児島県垂水市長)

「砂防と治水175号」(2007年2月発行)より

1.垂水市の概要
 鹿児島県垂水市は,人口約19,000人で,鹿児島湾に面する大隅半島の西北部に位置し,17年度の平均気温18.6℃,晴天日216日,年間の降水量が1,900mmと,比較的,温暖で気候豊かな気象環境にあり,市民の温和で従順な人格形成に寄与しています。
 また,西方に雄大な桜島,東方に「日本自然100選」の一つで,原生林が残る高隈山系など,風光明媚な自然環境の中にあって,県都鹿児島市と大隅地域を結ぶ,海上・陸上交通の要衝となっています。
 産業は,その温暖な気候と市域の85%を超える山間部の地形を利用した枇杷やポンカンなどの果樹栽培に加え,さやいんげん・さやえんどうの園芸作物は全国有数の出荷量を誇っています。一方,カンパチやブリの養殖も盛んで,その出荷量は16,000tに上り,本市の基幹産業として発展しています。また,温泉源も豊富で,安全性や折からの健康ブームの中,“飲む温泉水”として全国的なシェアを占めております。



写真1 高台から桜島を望む

2.平成18.7.5豪雨災害の概要
(1)豪雨の状況
 一昨年の5名の犠牲者を出した台風14号災害の記憶が癒えないまま,2年続けての災害を経験しましたが,最も尊ぶべき人的被害が皆無であったことが何よりであったと感謝いたしているところです。
 7月5日昼過ぎから降り出した雨は,その後,「記録的短時間雨量」として本市の歴史に刻まれることになります。この豪雨は,梅雨前線に温暖気流の流れ込みが続き,次々と発生・発達した積乱雲によってもたらされたものでした。
 当日は,アメダス観測局となっている山間部の高峠で,早朝4:00頃に1mm程度の雨が降り,12:00頃までは殆ど雨量を観測できない曇りの状態でした。改めて昼を過ぎた頃から,1mm程度の雨が降り出し,凡そ15:00過ぎまで,いつもと変わらない穏やかな雨が降っていました。ところが,16:00を過ぎると,状況は一変し,時間10mmを超える豪雨が市内全域に降り出し,17:25には鹿児島地方気象台から「大雨洪水警報」が発表され,21:45には本市に県と気象台共同による「土砂災害警戒情報」が出されました。
 今回の豪雨は,範囲としては“小規模・局地的”で,勢力として“活発”な積乱雲や積雲の集団となった「にんじん状雲」によるものでした。
 次々と発生する積乱雲が,南西から北東へと,なお発達しながら豪雨を伴って襲い掛かってきました。
 これまで本市が経験したことのない豪雨で,本市にある9箇所の雨量観測局の中の,土砂災害情報相互通報システム観測局となっている市木局で109mmを記録し,これまでの本市時間雨量記録63mmの倍近い雨量を観測しました。


22:30現在の雲(国交省:リアルタイムレーダーにより作成) 市木観測局の状況(土砂災害情報相互通報システム観測局)

(2)市の対応
 市は,16:00頃から,それぞれの災害対策部(12対策部)で情報の収集・所掌業務の確認等の体制準備を図り,20:00に災害警戒本部を設置し,警戒にあたりました。さまざまな情報が入ってくる中,22:00災害対策本部へ切り替え,警戒にあたっていた職員や,住民,関係組織からの各種の情報を総合的に判断し,22:10に「市内全域に避難勧告」を発令しました。
(3)孤立地区の発生
 本市は,海岸線に唯一の国道があり,連続雨量が規定の値を超えた場合,通行止めとなる「異常気象時通行規制区間」が「牛根麓」「牛根境」の2箇所あります。20:45に牛根麓地区(L=2.6km)で連続雨量150mmを超えたため規制用遮断機が降下し,桜島の付け根部で車輌等の往来ができなくなりました。21:30には牛根境地区(L=3.8km)が連続雨量200mmを突破したため,通行止めとなりました。21:30を以って「牛根地区全域」が孤立してしまいました。


NASA World Wind 1・3・5 で作成
(4)被害の発生
@住宅等被害
 住宅等の被害は,山腹崩壊・土石流・河川氾濫等により全壊8棟(7世帯11名),一部損壊5棟(5世帯15名),床上浸水33棟(29世帯67名),床下浸水119棟(115世帯269名)を数えました。また,非住家にあっては,78棟が被害を受けました。
A道路河川被害
 前述しましたとおり,垂水市は海岸線を南北に縦断する国道220号が唯一の幹線道として機能しています。各所において土砂流入により通行止めとなりましたが,懸命な除去作業の結果,翌6日20:00までに全面開通しました。
 また,山間部における県道・市道は,土砂流入・陥没等が激しく,23箇所が被災しました。
 一方,市内を流れる29河川は,土砂や流木に溢れ,河道閉塞の恐れと「溢水氾濫」の危険性があり,6河川で13箇所が被害を受けました。特に2級河川の本城川と河崎川にあっては,本城川で堤の低い5箇所で越水があり,住民・住家への影響はなかったものの,状況によっては,多数の「床上・下浸水」などの発生が危惧されました。河崎川では,沿線の山腹崩壊土砂により,2回に亘り閉塞し,氾濫の恐れがありましたが,幸い流水の勢いにより自然に回復し,住宅等の被害を免れました。
Bその他の被害
 農地や農業用施設は,2年続けての甚大な被害を受けましたが,農地は85箇所に被害が及び,前年度の復旧がすんだばかりの箇所でも再被災したところがありました。また,農道・林道は約90箇所,農業用水路にあっても31箇所が被災しました。農産物も水稲やオクラ,びわ・早稲温州などの34.8haが影響を受けました。一方,昨年度,甚大な被害を受けた養殖カンパチ・ブリなどの水産業は,幸いにも,被害は発生しませんでした。
 商工観光被害は,5箇所発生し,特に本市に唯一あるゴルフ場への土砂流入や陥没により,数日間使用不能となり,6,000万円を超える被害となりました。
 生活に密着したライフラインでは,上水道の3箇所が決壊・破水し,3集落(振興会)が断水しましたが,水道関係職員や水道業者の懸命な作業により翌日までには復旧しました。


表1 市全体の被害規模
3.復旧への取り組み
(1)災害復旧事業
 本災害にあっては,局地的で全壊家屋等が少数であったことから,激甚災害指定や災害救助法,被災者生活再建支援法の適用にはなりませんでしたが,土木災害として河川13箇所,道路22箇所,耕地災害として水路・河川7箇所,道路16箇所,畑・田等耕地21箇所が査定を受け,着々と復旧が進んでいます。
 今回の豪雨では,河川の上流部の支流や沢から流れ出た土砂が,河道部分や河口付近で堆積し,河川の流下能力が激減しました。特に県管理2級河川である本城川では,河口まで約5qの区間の河川内堆積土砂54,000m3と河口付近の120,000m3を県のご協力により浚渫して頂きました。
 170,000m3を超える土砂は,対岸で進められている国際交流拠点(大型観光船埠頭整備)や広域の防災拠点(大型へリポート等)の形成を目的とした「マリンポートかごしま」の埋め立て土砂として利用されています。




写真2 本城川の浚渫作業
(2)市民の防災意識
 垂水市は,昨年・一昨年と2年続けて災害を受けました。一昨年の台風14号にあっては,尊い5名の犠牲者が発生しました。
 砂防や治水,治山のハード面では,様々な事業に取り組み,一定の成果を挙げてはおります。しかしながら,本市の地形・地質・地勢にあっては,それを超えた部分で土砂流出や土砂崩壊が発生します。
 本市の災害履歴で,昭和50年からの約30年遡っただけでも,19名もの土砂災害による犠牲者が発生しています。
 本市には85箇所の急傾斜崩壊危険箇所と83箇所の土石流発生危険渓流が存在しており,それ以外の箇所でも相当数の災害が発生します。ハード面での整備は勿論,“住民意識”のソフト面を強化し,土石流等の災害は発生しても,最低“災害犠牲者を出さない・災害犠牲者にならない…”ための行動を身に付ける必要があります。
 2年続けての災害を経験し,市民の意識は「早めの避難」に目を向けて下さっているように感じられ,今回の「7・5豪雨災害」では,夜半の避難勧告にも関わらず,1名の負傷者すら出なかったことが,その表れだと推察されます。
 我々行政は,今芽が出つつある住民の“防災意識”を大事に育て,その醸成を図り,それを継続させることが役目であり,使命です。様々な防災情報を発信し,市民自ら“早期避難”して頂くことを念頭にした啓発活動を展開して参りたいと思います。

4.「共助」精神(誠心)
 今回の災害では,これまで本市が経験したことのない極短時間での爆発的な集中豪雨であったため,限られた時間の中で,注意情報・避難の呼び掛け・避難勧告等の防災情報を出しました。
 一部の市民は,事前に対応し,親族宅へ自主避難されたり,指定避難所へ避難される方が多く見られました。また,交通手段のない方や,高齢者等の避難支援の必要な方々は,地域の振興会(町内会)や自主防災組織の協力により,安全に避難されました。
 さらに,今回の災害では,立ち往生している車輌の誘導等,我が身の危険を顧みない「誠心的」な活動をされた方々もいました。勿論,非常時の助け合いは,どこでも在り得ることですが,自分自身に危険が迫っている状態での活動の,その「勇気」と「行動力」に深く感動し,一人の負傷者も出さずに済んだことに対して感謝することでした。
 今回の災害は,前年の尊い5名の犠牲を出した教訓や,市民の皆様の防災に対する意識の高まりにより,幸いにも人的被害はありませんでしたが,本市の場合,土砂災害は今後も発生することは明らかであり,それによる人的被害の発生も危惧されます。
 そのことを踏まえ,全国的に整備が進められている「土砂災害防止法」による危険箇所の指定に添った,より詳細なハザードマップの作成・整備や,確実な情報伝達体制の構築,本市の地形にあった防災システムやマニュアルなどの整備・強化が急務と考えています。
 土砂災害が頻発する本市にあって,災害犠牲者を出さないための,最も重要で有用・有効な手段は,「早めの避難」です。
 そのために,住民の方々にあっては「自助」「共助」の防災意識を更に高め,地域に根ざした自主防災組織の結成に積極的に取り組んでいただき,地域住民自身による防災点検や防災訓練などを実施し,地域の防災意識の共有化や地域コミュニティの連帯強化を図ってもらいたいと考えています。
 行政としては,住民の防災意識の醸成・堅持のための情報を発信し続け,災害発生予見時に的確な情報を発信・伝達できる体制を強化し,避難体制の充実や,初動を誤らないための危機管理体制の充実を図り,最低でも「災害犠牲者ゼロ!」の街づくりを目指して努力して参りたいと思います。