わが町の防災対策〜災害から住民を守るために〜

星明朗(Akio Hoshi、宮城県加美町長)

「砂防と治水176号」(2007年4月発行)より

 去る2月17日午前6時20分頃,宮城県大崎市鳴子温泉の国道108号で土砂崩れが発生した。道路脇の斜面が高さ約5メートル,幅約5メートルにわたって崩れ,崩落個所の上部に長さ約50メートルの扇状の亀裂ができた。県大崎土木事務所では今後も崩落の恐れがあるとして,安全を優先し,同日午後4時から約2.5キロを通行止めにした。その後,地滑りは幅約35メートル,高さ約25メートル,1時間に3〜5ミリのペースでずり落ちており,上端の亀裂は1メートル前後まで広がった。この国道は,大崎市の鬼首地区と鳴子地区をつなぐ動脈で,鬼首地区には約1,400人が暮らしており,住民にとっては県内各地に抜ける主要ルートである。

国道崩落現場

 調査にあたった独立行政法人土木研究所地すべりチームは,「全体が落ちてくる危険性があり,国道開放はできない」と指摘した。応急対策として,国道の山側半分程度にまで大量の土砂を盛り,地滑りを抑え,動きが収まった時点で地質などを調べた上,安定度を高める恒久対策がさらに必要となり,工期は1カ月程度との見通しであった。しかし,3月12日現在,3週間が経過しても生活路は寸断されたままで,地元住民は不便な生活を強いられている。
 これは特別のケースではない。本県にも8千箇所以上の土砂災害危険個所があるように,全国いたるところに発生する可能性があり,事実,各地で起こっている。わが国は自然に恵まれ風光明媚な国であるが,それは自然災害が起こりやすいという裏面を合わせ持っている国でもある。


災害と隣り合わせの地方自治体
 わが加美町はこの大崎市の西部に隣接し,平成15年4月1日に中新田町,小野田町,宮崎町の3町が合併して誕生した。仙台市の北部,ササニシキで有名な米どころ大崎平野の一角を形成し,西端は山形県との境を成す奥羽山脈である。この奥羽山脈の支脈船形山から発する清流鳴瀬川が町を西から東へ貫流しており,町の東部は広大な水田地帯が広がる本町の中心部となっている。鳴瀬川右岸に位置する薬莱山は加美富士と呼ばれ,周辺はリゾート地帯として通年にわたって大いに賑わいを見せている。主要な道路は,町の東部を南北に走る国道457号と,東西に横断する国道347号があり,両道路が交差する中新田地区は人口,商業,工業が集積し,中心市街地を形成している。
 面積は460.82km2,東西33km,南北28kmである。本町を見下ろす奥羽山脈地帯は,火山の噴火や地滑りにより形成された湖沼が点在し,地滑り地形が分布している。山地の河川は急勾配で深い谷を形成し,大崎平野は砂質土で地下水位が高く,地震による液状化現象が起きやすい。
 このような自然環境の加美町は,地滑り危険箇所12,急傾斜地崩壊危険箇所11,土石流危険渓流23,山地災害危険箇所118,道路災害危険箇所30及び雪崩危険箇所4が点在し,また,砂防法に基づく砂防指定地として81箇所が指定されている。
 このように,加美町は自然豊かで四季の移ろいが楽しめ,農業,商業,工業に従事しながら平和で静かな生活を送る人口27,350人(H19.1月末現在)の町である一方,自然災害の危険が隣り合わせにあり,それが地域の抱える課題である。




旭寒風沢線被災状況
災害に対する自主防災組織の強化
 合併した最初の1カ月間は町長職務代理者が務め,選挙のあと私が就任したのは5月18日であった。その8日後の5月26日18時24分,宮城県北部から岩手県南部にかけて大きな地震が発生した。深さ71kmを震源とするマグニチュード7.0で,本町の震度は5弱であった。6時45分,対策本部を設置し,翌日にかけて被害状況の把握に努めた。各施設ほとんどに被害があり,道路の亀裂や落石も複数個所で発生し,民家や商店からも全域にわたって被害が届けられた。
 この地震は三陸南地震と命名され,6月になって県全体の被害状況が明らかになっていったが,それもつかの間,2カ月後の7月26日0時13分,三陸南地震を上回る被害をもたらした宮城県北部連続地震が発生した。震源地は宮城県北部で震源の深さ約12km,マグニチュード5.5で,それが7時13分,16時56分と3度にわたり震度6クラスの地震が発生した。被害は甚大なもので,宮城県における人的被害は664名,沿岸部を中心に家屋被害数(全壊・半壊・一部損壊)8,735棟,8,245世帯にのぼった。本町でも震度5弱に見舞われた。
 私は旧中新田町の町長であったが,町づくりの中心に安全安心を掲げていた。合併した町の町長に就任した際にも,安全安心を中心に据えた。旧中新田町の面積は61.44km2であったが,合併して460.82km2になり,安全安心はさらにその重要性を増した。携帯電話の不通地域もあった。そこへ2度にわたる地震の襲来である。合併した町が試されているようでもあった。
 合併して新たに策定中だった防災計画を急がせるとともに,私は79ある行政区すべてに住民による安全安心パトロール隊を結成させ,危険個所への巡回や独居世帯への見回り,街路灯調査などを強化した。また,自主防災組織の結成も呼びかけ,有事の際の避難経路と誘導,役場との連携等について組織的に行動できるよう訓練も重ねた。

巡回する安全安心パトロール隊 安全安心パトロール隊による調査

正しい情報を迅速に伝達する手段の構築
 しかし,一番の問題は,どうやって各家庭に有事を知らせるかである。
 昨年12月26日から27日朝にかけて,発達しながら太平洋沿岸を進んだ低気圧の影響で24時間に176ミリの大雨が降り,本町でも道路の崩落,堤防の決壊など大きな被害に見舞われた。断水645世帯,道路の崩壊・土砂崩れ16路線,林道の崩落7路線のほか,土砂崩れ,農地や公園の冠水,農業用施設の崩壊等が主な被害であったが,特に川の増水により道路が崩落し,水道管も流され断水が深夜から翌日まで続いた。水道課では復旧作業に従事しながら,区長に電話連絡をし,広報車を出し断水を知らせたが,深夜でしかも雨音が激しかったことから住民の耳に届かず,お叱りの電話が数多く寄せられた。これが山崩れや道路の寸断,避難勧告指示などの場合,その地域にどうやって知らせるか。テレビやラジオなど速報性の高いメディアが取り上げてくれれば住民はそれを通じて知ることができるが,地域が限定されニュース性がないと判断されると住民が知る手段が失われるのである。全戸にFAXや無線を設置するには膨大な費用がかかる。
 このように情報を伝達する手段を考えていたのだが,実は一昨年3月の官庁速報で,北海道江別市が災害時の避難勧告・指示を迅速に伝えるため,テレビやラジオで住民に情報提供することでNHKと合意したことを知った。それによると,江別市が送信した電子メールに基づいてNHKが字幕や音声で放送する仕組みで,市は勧告・指示の種別,発表時刻,対象地区,地区ごとの避難場所などを送信し,NHKは直ちに情報を字幕に変換して画面に流すという。ラジオでも通常番組の音量を下げて情報を読み上げる。市では従来,伝達の手段として広報車の巡回や自治会を通じた電話連絡などに限られていたが,これにより災害時の被害軽減につながると期待している,とある。
 私もこれだと思い,早速放送局に問い合わせた。しかし放送局では,すでに宮城県と「災害時における放送要請に関する協定」を結んでいるという回答だった。調べるとその協定はなんと昭和39年12月に結んだものであった。その内容は,「宮城県知事は災害対策基本法第55条の規定に基づく通知又は要請について,災害のため公衆電気通信設備,有線電気通信設備もしくは無線設備により通信できない場合,(中略)NHK仙台中央放送局に対し放送を求めることができる」とあり,要請の手続きを受けた放送局は,「宮城県知事から要請を受けた事項に関して放送の形式,内容,時刻及び送信系統をそのつど決定し,放送する」というものであった。この内容が,5つのテレビ局,1つのラジオ局と放送局の開設時期に個別に締結されている。
 私は,県下市町村長会議でこの協定のことを話したが,どの市町村長も知らないことであった。そもそも,協定内容が今の時代とそぐわないものであり,実際の緊急時に機能するものとも思えない。活用された実績もないのである。デジタル放送時代に入っている中で,電子メールを利用しないほうがおかしい。災害時に自衛隊に要請するときも県を通さなければならないが,これも時間のロスではないか。災害はいかに迅速に対応できるかで救えるものも救えなくなってしまう。
 昨年8月29日,ダムのある地域で町政懇談会を開いていた夜7時30分ごろ,何かが崩落するような巨大な音があったという通報が入って担当課長や区長が現場に出かけた。その音は複数の世帯で聞いており,橋が落ちたか岩石あるいは山崩れのような地響きのようだったという。現場は真っ暗だったことから翌朝も音の鳴った付近を調べたが,そのような痕跡は見つからなかった。3週間後,県の防災ヘリコプターによる上空からの調査でもそれらしい個所は発見できなかった。しかし,音は間違いないことだったので何かが起きたのだろう。このように少しでも異変を感じたらすぐに通報してほしいと思っている。そして何もなければそれでよいし,何かあればすぐに対応できる。災害は事前に手を打つことができればそれに越したことはない。災害に関してはある会議で聞いた「狼少年になることを恐れるな」という言葉を至言に思っている。

関係機関による話し合いの場を
 昨今,公共事業への風当たりが強く,インフラ整備などへの投資も厳しい状況になっている。公共工事が税金の無駄遣いであるかのような扱いを受けているのは大変残念なことである。都市部と違い地方においてのインフラはまだまだ未整備箇所が多い。特に,河川の源流を有する上流域の市町村の整備は,単にその地域だけの整備にとどまらず,下流域の安全を確保する意味で大変重要な意味を持っている。環境保全と公共事業ということがよく議論になるが,わが国に数万箇所もある土砂災害発生危険箇所の整備は,自然を征服するのでもなく乱開発するのでもなく,自然と共生するためにも必要なことである。
 しかし一方,災害を完全に抑えることは不可能である。その時,いかにして被害を抑えるか。本県において近い将来,宮城県沖地震が発生するのは確実と言われる中で,被害を最小限にとどめることは自治体の責務であると同時に放送メディアにとっても使命ではないだろうか。都市部における災害と地方における災害の扱いが違うとすれば,それこそ格差社会というものである。特に砂防という観点から見れば地方はその前面に立っているのである。災害が発生する。住民はすぐテレビをつける。停電の時は携帯ラジオのスイッチを入れる。その時,災害情報が流れていれば住民は次の取るべき行動が判断できるのである。このための協定を結ぶ必要がある。
 国,県,市町村,消防,警察,自衛隊,放送局等が同じテーブルにつき,緊急時のそれぞれの役割と連携について話し合うべきであろう。その日の近いことを切に願うものである。