突然の土砂災害〜山間地での自然災害の怖さを知る〜

長谷川律夫(Ritsuo Hasegawa、福島県大沼郡金山町長)

「砂防と治水178号」(2007年8月発行)より

1.はじめに
 金山町は,福島県の西部に位置し,新潟県に接しており,白虎隊で有名な近郊都市・会津若松市までは約60kmの距離にあります。総面積は294km2で東京23区のおよそ半分に相当する広大な面積を有しております。唱歌「夏の思い出」で有名な尾瀬を源流とする只見川が流れ,二重火山のカルデラ湖「沼沢湖」があり,約90%が山林で,僅かな平地に集落が点在している典型的な山間の町です。気候は,積雪の多い日本海型で,平均の積雪が2mほどになり,4〜5カ月間は雪に閉ざされる日本有数の豪雪地帯であります。四季の変化がはっきりしており,「日本の原風景」の上位にランクされるような風光明媚なところです。人口は約2,800人で,高齢化率(65歳以上)が52%と高く,県内でも有数の高齢者の町となっております。但し,高齢者と一般に言われている町民の多くは年齢を感じないほどのパワーで生活しております。
 今回,災害報告をいたします牛兵衛(うしべい)沢を含む土石流危険渓流は,町全域で46箇所あります。行政区が30ですので箇所の多さに驚きます。人家の裏はほとんどが山を抱えており,土砂災害がいつ起きても不思議ではない状況下に生活していることになります。このことは日本の山間地に生活している方々にも共通して言えることです。

2.土砂災害発生(第1回目:平成19年2月7日午前2時30分頃発生)
 
例年にない暖冬で早い春を迎えることができると思っていた矢先の,2月7日未明,土砂災害が発生しました。「小栗山地内住宅裏山からの土砂崩落,何々宅住宅2棟に被害の模様」と消防担当より第一報が入り,現地に向かうまでの間,私は,犠牲者がいるのではと不安を抱えていました。現地では町担当者,地元消防団,付近の住民等の方々が集まっておられました。被害住宅の住民は全員無事であるとの報告を受けた時の安堵の気持ちは,今も忘れません。夜中で周辺が暗く危険のため,調査は夜明けまで待つこととし,土砂崩落周辺住民の安全の確認をすることとしました。長い数時間を過ごし夜が明けるにしたがい災害現場がはっきりと見えてきました。一様に災害の大きさに唖然としました。

3.災害状況について
 現地に対策本部を設置し,午前中に第1回対策会議を開催しました。対策メンバーは次のとおり。
 福島県会津地方振興局,福島県会津若松建設事務所(以下「建設事務所」),福島県会津農林事務所(以下「農林事務所」),会津坂下警察署,会津坂下広域消防署,町消防団,地元の小栗山区長,そして町担当課がメンバーとなり,6月までに延べ16回の会議を開催しました。
1)災害状況について
 金山町小栗山地内牛兵衛沢上流(土石流危険渓流)から土砂崩落。家屋の全壊2棟。全壊人家から約200m上流杉林斜面より発生,幅約50m,崩落箇所の高低差約20m。町道脇の全壊家屋で止まっており,下側国道400号までは約30m。土砂が水を含んでおり,土砂流失の危険が予想される。全壊家屋の直裏にある治山床固工3基が土砂をくい止めた状況である。
2)住民の避難について
 被害想定図に基づき午前3時に,全壊の2世帯を含む12世帯,25人に避難指示を出した。避難場所はとりあえず小栗山生活体験館(災害現場より約300mの場所)とした。また,土砂崩落周辺住民全員の安全を確認した。


土砂災害発生時
(第1回目,平成19年2月7日)


土砂災害による全壊家屋(平成19年2月7日)

3)交通規制について
 国道400号(茨城県水戸市〜福島県西会津町)が危険な状況になればすぐに通行止めできるよう対応する。
 以上の報告があり,当面の対応策(対策工)を次のように決めました。
 @崩落土砂の撤去および水処理
 A24時間体制での監視(警察・消防による監視,センサー等機械による監視)
 この時点で私は,家屋が残っている避難住民の10世帯に対しては,長期間の避難生活をお願いすることになるとは考えていませんでした。
 災害現場での状況の変化,対策工の進捗状況,諸々の問題点の確認のため,対策会議を随時開催し情報の共有化を図りながら進めることにしました。その結果,崩落土砂撤去・排水処理等工事,再崩落時の危険を知らせる警報装置の設置等は建設事務所で,国道400号及び災害現場での監視は警察・消防でと,それぞれ役割を分担し,応急対策に向け本格的な作業を開始しました。

4.避難住民の立場・行政の立場
 対策本部を役場に移し,数度の対策会議を開き,再崩落が少しずつ進んでいる旨の報告もありましたが,町道脇周辺の土砂撤去作業は,水を含んだ土砂のため難航しつつも進んでおり,警報装置(非常時,住民に周知させるためのサイレン,回転灯)の設置も終わり,本格的な復旧工事は別にしても平穏さを戻しつつあります。私は時間を作り,避難生活者のところに伺い,話を聞き,励まして参りました。町の保健師も災害当日より避難者の健康チェックに当たりました。高齢者や一人暮らしの方もおられ健康面で心配しましたが,今のところは問題なく生活されています。
 現場が小康状態に見え,崩落土砂の撤去が進むにつれ,家屋の残っている避難住民から避難指示の解除はしないのか,いつまで避難すれば良いのかと,避難解除の時期を迫られる事態になりました。
 小栗山集落の住民からも同様の声が聞かれ,町担当者の中にも避難解除の検討を,との考えの職員もおり,最終的な避難解除は町長の判断によると言われ,昨年10月に町長に就任してから初めての大きな決断を強いられた時でした。町担当としては,仮に何も起きずに長期間の避難生活をした場合に生じる行政に対する不満・不信感に対しての,避難解除への配慮もあったと考えました。ただ,基本としては人命が第一ですので,二次災害の可能性の有無,安全の確認が図られないのであれば,非難を受けようと避難解除はしないと心の中では決めていました。その後の対策会議の中で,会議の雰囲気は応急工事も進み,ひと安心と気持ちが緩んでいた中での建設事務所長の一言が今でも忘れられません。「危険な状態は依然続いています。住民へ説明し,長期的な避難を想定し避難場所の確保を進めて下さい。住民へ説明して下さい」。その数日後,予想を超えた2回目の土砂崩落が発生しました。

市道朝里川左岸線土のう設置状況


5.土砂再崩落発生(第2回目:平成19年2月21日午前2時25分頃発生)
 2月7日発生の崩落土砂撤去(V≒4,000m3),排水パイプの設置(L=250m),崩落上流部湧水処理,町道脇の大型土のう等の建設事務所対応の応急工事が終了した次の日,第2回目の土砂崩落が発生しました。監視機器のワイヤーセンサーが作動し,現場周辺の赤色灯が回転し,サイレンが鳴り響いたとのことです。再度大量の土砂が流出し,大型土のうで一部は止まり,下流にある国道400号中ノ沢橋の下を流れ,約200m下流の野尻川に流れ出ました。約2q下流に合流する只見川がありますが,川幅の半分位が黒く濁ったとのこと
ですから大量の土砂が流れ落ちたと推測されます。それを目の当たりにした住民の方は,災害の凄まじさを再認識したそうです。国道400号は一時通行止めになりました。再度の崩落土砂の撤去作業等は前回と同じ方法で進めることになりました。
 町は,長期間の被災住民の避難場所の確保を本格的に進めることになり,家屋の残っている住民も今回のことで腹を固めたのか町の説明に同意していただきました。今現在の避難状況は,町営住宅,子供のところへ行かれた方,町外で住んでいられる方が8世帯,災害現場より約500m離れた集落内に設置した仮設住宅(プレハブ平屋A=40m2)に4世帯となっております。仮設住宅設置時はマスコミ等により,平成16年10月23日に発生した新潟県中越地震の際,使用した仮設住宅を利用するとの報道がなされ,住民の多くの方はただ同然で住宅用資材を調達できたと思っているようですが,実際は多額の費用を費やしました。また,災害救助法に基づく仮設住宅補助が無く,全額町一般財源からの対応となりました。財政的に厳しい中で財政調整基金から財源を捻出しての実施となりました。法律による仮設住宅補助は,全・半壊家屋戸数の基準があり,適用になりませんでした。今回の災害のように山間過疎地の住宅が密集していない地区については,何らかの特例措置があっても良いのではないかと考えます。



再崩落時(第2回目,平成19年2月21日)
6.おわりに
 災害発生からの状況説明のみになりましたが,本格的な対策工事はこれからになります。現地での調査が終了し,青写真が出来つつあります。国道,人家に近い箇所は国土交通省の災害関連緊急砂防事業による砂防えん堤工が主で事業費約250百万円,それより上流部は林野庁の災害関連緊急治山事業による崩落箇所上部の不安定土砂の切取緑化,集水ボーリングを含む水路工,治山ダム等で,事業費約590百万円の計画で進んでいます。事業の完成が2〜3年後になるかもしれませんが,完成した時に機会がありましたら,今回の土砂災害の原因や対策工について報告したいと思っています。
 災害復旧現場は,梅雨の時期,秋の台風の時期,積雪が2mにもなる4〜5カ月間の冬期と年間を通じ雨,融雪と気を休める時期はありません。渓流内の不安定土砂が推定で58,000m3残っており,また,いつ,3回目,4回目の土砂崩落が発生するか分かりません。現場を担当される方は,安全を第一に復旧作業に当たっていただきたいと思います。
 最後になりますが,日本の原風景を残しているこの金山町,その中を定期的に走るJR 只見線の蒸気機関車「C11」,神秘の湖「沼沢湖」,6箇所の源泉掛け流し温泉がある「人良し,物良し,すべて良し」の当町に是非おいで下さい。お待ちしております。

仮設住宅(平成19年6月)