平成18年9月16日から17日の秋雨前線による集中豪雨災害を受けて

児玉更太郎(Koutaro Kodama、広島県安芸高田市長)

「砂防と治水178号」(2007年8月発行)より

1.安芸高田市の概要
 安芸高田市は,平成の大合併により,平成16年3月1日に同じ高田郡内の6町が合併して誕生した市です。
 当市は,広島県の中北部に位置するなだらかな丘陵地帯で,面積は538km2です。市域内には,急峻な山岳は無いものの大小さまざまな山に囲まれ,市域面積の約8割を森林が占めています。
 市内を流れる江の川は,中国地方最大の河川で,中国山地を貫いて日本海に注ぐ,流域面積3,900km2,長さ194kmの一級河川です。安芸高田市分の延長は右岸で約48km,江の川に流れ込む中小支川は主なもので約40河川以上にのぼります。
 気象は,中国山地内陸型の気候で,年平均気温は13.8℃,年間降水量(10年間平均)は1,792mm,瀬戸内海沿岸と比べると,冬期の気温が低く,夏期は比較的冷涼な山間特有の自然条件を有しています。
 安芸高田市の人口は,平成17年国勢調査によれば33,096人です。最近の65歳以上の高齢人口率は31.7%で,すでに高齢者の割合が3割を超えています。人口減少社会を迎える中,本市においても人口が減少しており,定住人口の増加に向けて環境整備を図るとともに保健・医療・福祉の連携体制を強化するなど安心して暮らせる地域社会をつくっていくことが求められています。
 市内には戦国武将の毛利元就を中心とした歴史的資源や豊かな自然を代表する土師ダム湖畔の桜並木や湧永満之記念公園をはじめ,神楽門前湯治村やたかみや湯の森といった温泉施設,スポーツの面では,サンフレッチェ広島・湧永製薬ハンドボール部などレベルの高いクラブの拠点という地域性を利用したスポーツ振興などさまざまな魅力があります。

2.過去の豪雨災害
 梅雨前線が停滞したため1972(昭和47)年7月9日朝から降り始めた豪雨は,15日午前9時までの6日間に県北部一帯で500mm以上,沿岸部でも200mmを超え,記録的な大雨となりました。このため,県北部を中心として,県下全域に河川の氾濫,崖崩れ等が発生しました。この豪雨による死者・行方不明者は39名にも上ったほか,住家の被害19,208棟を始めとして,農林地・公共施設等にも大きな被害が出ました。安芸高田市でも死者・行方不明者は1名で,住家の全壊は20棟に及びました。

3.平成18年9月16日からの集中豪雨災害
 平成18年9月16日,東シナ海を進んでいた非常に強い台風13号から山陰沿岸に停滞していた秋雨前線に向かって湿った空気が流れ込み,広島市北部から安芸高田市にかけて局地的に非常に激しい雨が降り,これまで経験したことの無い記録的な豪雨を観測しました。
 幸いにも死者・行方不明者は出なかったものの多数の住家被害(全壊4棟,半壊5棟,床上浸水55棟,床下浸水283棟,一部損壊7棟)や道路・橋梁被害(51箇所),河川被害(72箇所),農地災害(農地の流出・埋没254箇所,林道施設治山73箇所等)が発生し,市の被害金額は10億9千万円余りになりました。安芸高田市内での広島県関係の被害は,建設関係と農林関係の被害金額14億5千万円余りで,市と県を合計すると25億4千万円余りの被害となりました。
 市では,広島地方気象台から平成18年9月16日19時57分に広島県北西部地域に大雨洪水警報が発令されたのを受けて第1次警戒体制にはいりました。この頃から市役所や安芸高田市消防本部等に住民の方から緊急通報が入りだしました。錯綜する災害情報の確認や河川決壊の恐れがある現場等の状況を確認していましたが,災害警戒本部を設置し,有線放送を使って自主避難の呼びかけを行いました。住民の方の早期避難判断により430名の方が自主的に避難されました。更に災害対策本部を設置し,対応策の指示,関係機関へのポンプ車の出動要請,市内2地区104世帯(223人)に対して避難勧告等を行いました。
 平成18年9月16日17時から17日午前2時までの雨量は吉田町,八千代町,甲田町で200mmを超えており,特に八千代町では時間雨量が55mmに及び,4時間で約180mmというすさまじい雨量となりました。当市甲田町でのアメダスによる24時間観測数値(平成18年9月16日から17日までの間) は237mmとなり同所での観測史上の記録を更新しました。

土砂は正面にあった家を全壊させた
(安芸高田市吉田町上迫地区)


護岸の一部が残った多治比川護岸手前が農地だった

災害関連緊急砂防事業:多治比川支川
(安芸高田市吉田町)


災害関連緊急急傾斜事業:下土師地区
(安芸高田市八千代町)


 このような記録的な大雨により各地で山腹が崩壊し,土石による住家の損壊が発生しました。斜面から多量の土石と立木が流れ出し,中小の河川を埋め,河川の護岸や堤防を洗掘し,農地を抉り取り,あふれた川の土石が濁流となり,道路や橋梁を損壊し,田畑やビニールハウスに流れ込み,まるで滝のように流れ下ったのです。
 江の川と合流する県一級河川多治比川も洗掘により堤防に大きな被害を受けました。深夜での懸命な応急復旧作業により,幅1mを残して何とか決壊を免れ,危機的な状況を脱することが出来ました。市の中心部を流れていることから,万一決壊していたら大災害を引き起こしたと想定されます。
 また,江の川の吉田水位・流量観測所上流部の雨量が観測史上2番目の水位となり昭和47年災害以来34年ぶりに計画高水位を上回り,最大浸水約1mの家屋浸水被害が発生しました。これは,江の川の水位が上昇したため,江の川の合流点で支川からの流れが滞って内水が排除できなくなり床上浸水等の被害が広がったものです。
 特に,住家等の被害だけでなく吉田町常友地区・八千代町水無地区では内水被害により,また,甲田町下甲立地区では江の川の外水被害により,国道54号が冠水し約8時間にわたって通行不可能になりました。国道54号が冠水し市民生活だけでなく,経済活動に大きく影響を及ぼした例は極めてまれであります。防災,救助活動の点からも安全安心のまちづくりに大きな不安を残しました。


夜間の応急復旧作業―決壊寸前まで洗掘された多治比川(安芸高田市吉田町高樋地区) 江の川から約600m上流で内水被害により冠水し、通行止めになった国道54号(広島県安芸高田市吉田町常友地区)

4.今回の災害の特徴
 今回の集中豪雨の特徴は,狭い範囲に短時間に降ったところにあります。ゲリラ的とも言える降り方でした。市域内の北西部・南東部では大量の雨は降っておらず,市内を北東に延びる江の川や国道54号に沿う形で,幅およそ5km,長さおよそ28kmの約140km2の範囲に集中的に降っているところです(次ページ図参照)。
 また,16日19時57分に大雨洪水警報が出た後,約1時間後の21時から50mm近い雨が降っています。
 今回の被災箇所を地図上にプロットしてみると気づくことがあります。砂防堰堤や流路工を整備した河川からは災害箇所が少ないという事実です。護岸改修が未整備の箇所は災害に弱く被害が集中しています。特に,中小の砂防河川が多数被害を受けています。
 安芸高田市内には,375箇所の土石流危険渓流及び550箇所の急傾斜地危険渓流があります。今回の災害で被害が甚大だった主な箇所は,急傾斜地等に指定してある箇所でした。このため,地域の危険箇所を住民に知ってもらうことが被害の拡大を防ぐのに有効だと思います。



江の川等雨量曲線―200mm,250mm,300mm
5.今後の災害に備えて
 災害を防ぐためには,まずハード面の整備です。中小砂防河川は護岸改修されていない箇所が多く,今回の豪雨ではこうした箇所が集中的に被害を受けており,早期の改修が必要となっています。また,江の川では,浸水被害を受けやすい無提箇所の改修や樋門の設置,河道を確保するため流下能力不足になっている箇所の改修などについて国・県へ要望していきたいと思います。
 ソフト面の取り組みのひとつとして,自主防災組織の設立を進めています。今回のような大規模な災害が発生した場合,道路の寸断により消防署・消防団などの防災機関だけでは,十分な対応ができない可能性があります。このような時,例えば一人暮らしの高齢者の方のことなど地元のことを一番知っている住民同士が一致協力し,地域ぐるみで取り組むことで有効な対策をとることができると考えます。市では組織設立助成金や資機材購入助成金を予算化し,地域振興会や行政区に出かけて自主防災組織の結成を呼びかけています。
 また,浸水・土砂災害ハザードマップを今年度に作成します。このマップには,浸水が予想される範囲や土砂災害の警戒区域・危険箇所や避難場所などを記載します。台風や豪雨によって引き起こされる水害や土砂災害などの自然災害への備えとして,自分が住んでいる家の周りや地域の危険箇所を確認し,災害時の安全な避難などに役立てていただくものです。
 さらに,従来にも増して図上訓練などの災害対応訓練に参加し,災害発生の初期段階に情報の収集や伝達などを的確に実施できるよう実践力を高め,円滑・的確な応急活動に努めたいと思います。

6.おわりに
 最近では,異常気象が原因と思われる災害が毎年のように発生しています。「災害は忘れた頃にやってくる」という言葉を念頭に,市民の負託にこたえるべく日ごろの備えをしていきたいと思います。豪雨のなか真夜中に,手探りで避難した人から外灯の明かりを頼りに無事避難することができ,その明かりを「命の明かり」であったと言われました。今回の集中豪雨被害を目のあたりにして,社会の基礎的な部分で住民の安心安全を守っている砂防・治水事業は,「命の砦」ともいうべき働きをしていると感じました。 最後になりましたが,永年の懸案箇所の,江の川改修事業に着手していただいたことや,災害関連緊急砂防事業や災害関連緊急急傾斜地崩壊対策事業などで,復旧作業は着実に進捗しています。ご尽力いただいた皆様のお陰であり厚くお礼申し上げます。