突然の土砂災害

山田勝磨(Katsumaro Yamada、北海道小樽市長)

「砂防と治水179号」(2007年10月発行)より

1.はじめに
 小樽市は,北海道の南西部に位置し,日本海と山々に囲まれた,東西に細長い都市です。北部の海岸線は自然公園「ニセコ・積丹・小樽海岸国定公園」の一部に指定され,切り立った崖が海に落ち込む雄大な景観を呈しています。
 面積243.30km2を有し,人口は139,425人(平成19年8月末現在)で,北海道では第7番目の都市です。
 小樽という地名は,アイヌ語でオタルナイ(砂浜の中の川の意)と呼ばれたことに由来しています。江戸時代より鰊漁や鮭漁を営む人々により集落が形成され,慶応元年(1865年)に「町並み」となりました。
 明治2年に札幌に開拓使が置かれると小樽は北海道開拓の最も重要な港湾として位置づけられ,明治13年には,道内で最初の鉄道が手宮と札幌間に開通しました。
 その後,小樽港は明治32年に国際貿易港に指定され,さらに日露戦争後は南樺太の消費物資の供給地となるなど,小樽はこの頃から急速に発展し,繁栄の一途をたどりました。
 町並みでは,明治中期から色内・手宮に石造り倉庫が建ち並び,続いて回漕店,問屋,銀行などが軒を並べました。特に「北のウォール街」と呼ばれた銀行街は,明治から大正期にかけて中央の金融機関が進出したもので,本道金融界の中心地として重要な役割を果たしました。
 現在,小樽市には,美しい海と山に囲まれた豊かな自然と,小樽運河をはじめとして歴史を偲ばせる建築物が形成する歴史的な景観を求めて,年間約770万人(平成18年度)の観光客が訪れています。
 今回の被災地は,小樽市の観光の一翼を担う朝里川温泉の対岸に位置する朝里川温泉スキー場であります。
 当温泉地域は,市の南東に位置し,三方を山に囲まれ朝里川が流れる豊かな自然環境が魅力で,地域内には,温泉を利用したホテル,旅館,ペンションなどの多彩な宿泊・日帰り施設や夏はゴルフ,冬はスキーなどの各種スポーツ・レクリエーション施設が集積しています。宿泊客では,小樽市全体の26%,スキー場の利用状況では47%を占め,まさに四季を通じて本市の重要な観光拠点となっています。

2.土砂災害の状況について
@土砂災害の発生
 平成19年4月30日0時58分,スキー場の下流域にある市道の通行人から泥流が流れているとの119番通報がありました。
 調査の結果,札樽ゴルフクラブハウス直下100m付近で地滑りが発生し,崩落した土砂が雪解け水とともに土砂流となって朝里川温泉スキー場の渓流部を流下し,ゲレンデを通り,市道,道道及び二級河川朝里川へ流出している状況でした。
 土砂の流出はその後も続き,4月30日に3回,5月1日に2回,5月2日に1回の合計7回に及びました。
 地滑りによる崩落地形は,当初,幅約30m,延長約70mの規模でしたが,5月10日では,幅約120m,延長約150mまでに拡大しました。

スキーゲレンデの被災状況

現況図

A緊急対応
 土砂流が直下流の二級河川朝里川を閉塞する恐れや民家へ流入する危険があり,4月30日には,消防隊及び建設業者に要請して土のう設置を行いました。
 また,小樽市は,「小樽市災害対策連絡室」を設置しました。
 現場では,土砂流発生地,スキーゲレンデ中腹,豊水橋,道道脇の4カ所で,小樽市災害対策連絡室及びスキー場関係者で目視による24時間監視体制を開始しました。
 土砂流が引き続き流出し住宅地への被災の恐れがあるため,大型土のうを補強設置して,土砂流の誘導を図るとともに,道道,市道に流出した土砂,汚泥の除去を実施しました。
 5月2日にも土砂の流出が1回あり,渓流部には多くの崩壊土砂が堆積していることから,5月6日には,急きょスキー場ゲレンデの流木の除去と小規模ではありますが,土砂溜を造成して土砂流の対応にあたりました。
 また,崩落部は依然安定した状態ではなく,降雨により崩落の恐れがあったため,ブルーシートで覆い,その拡大の防止を図りました。
 監視体制については,人間による24時間監視体制の他に5月17日から,崩落地上部に伸縮計を,直下土砂滞留地点にはワイヤー式土石流感知センサーを設置して,異常があった場合,スキー場入口に置いた回転灯と警報を作動させることとしました。
 その後,センサーの信号を電話回線で119番に送信するシステムを増設しております。
4/30 土石流源頭部 5/10 土石流源頭部

B住民説明会等の開催
 
緊急対応と並行して,5月1日には,避難誘導と避難所を定めた避難要領を作成し第1回目の説明会を開催して,地域住民及びホテル等の宿泊関係者へ周知を行いました。その内容は,次の3点であります。
 ア.災害の発生が予想されるときは,消防車両のサイレンを鳴らし,消防隊員による住民の避難誘導を行う。
 イ.第1次の避難場所としては,高台にある2カ所のホテルとする。
 ウ.その後,状況を見ながら近くの小中学校などの安全な避難場所へ移動する。
 また,5月30日には第2回目の説明会を開催し,現在の状況等の説明を行いました。一方,土砂流により二級河川朝里川が濁ったことから,5月10日よりウニ漁が始まることへの影響が懸念され,5月3日に漁業関係者に対する説明会を行いました。


3.恒久対応の取り組み
@必要性
 土砂流は5月3日以降発生していませんが,渓流部には,多くの崩落土砂が堆積しており,今後も大雨や融雪時に再発する可能性が心配される状況であります。大規模な土砂流が発生した場合,朝里川が閉塞し,河川が氾濫したり,対岸の民家に影響を与える可能性が残されています。また,市道朝里川左岸線には,市の人口の4割に給水する送水管等が4本埋設されており,その水道施設が破損した場合,影響は重大なものとなる恐れがあります。
A砂防事業の取り組み
 このような危機的な状況で,これだけの多量な土砂を食い止めるには大規模な事業が必要となることから,北海道,国土交通省へ災害関連緊急砂防事業の要請を行いました。
 各行政機関の迅速な対応により,5月18日には国土交通省が現地視察し,5月下旬には事業の採択,9月中旬には,砂防堰堤工事が着手され,平成19年度中に工事の実施が計れることとなりました。
 事業の内容としては,来春までに2基の砂防堰堤を造成して土砂流を止めるものですが,その工事に先だって,1,000m3の土砂溜が造成されたことは,事業の確実な一歩と感じられました。
河川への土砂流入状況 市道朝里川左岸線土のう設置状況

4.今後の課題
 今回の災害は,4月28日から始まったゴールデンウィークの最中,数日降雨もなく穏やかな天候のなかで突然起きました。
 スキー場の渓流から市道や河川に土砂が流出し,北海道,小樽市,地権者が協力して,避難体制の確立や応急対応の実施を行うことができました。
 幸運にも,土砂流を襲った区域には民家がなく人身事故には至りませんでしたが,現在の渓流部の土砂堆積状況や今後の台風の到来等から,砂防事業が完了するまでの期間,継続的に警戒を保つ必要があります。
 このような突然の土砂災害にあたっては,平時から災害等に対する危機管理意識を持つとともに,初期段階における情報収集,的確な状況判断及び関係機関と連携が重要であることが改めて認識させられました。
 本市域は多くの急傾斜地を持つ地域的特性から,「小樽市地域防災計画」では土石流危険渓流警戒区域105箇所,地すべり防止区域13箇所,急傾斜地崩壊危険区域136箇所を指定し,多くの急傾斜地や砂防の防災工事が実施されてきました。更に土砂災害警戒区域等の指定も平成19年8月現在20箇所行っており,今後も指定拡大に向けて,北海道と連携を図って参りたいと考えております。
 最後になりましたが,今回の災害に迅速に対応していただいた皆様に厚く御礼申し上げるとともに,これから実施される災害関連緊急砂防事業が無事完了することを願うものであります。