地すべり防止対策について〜住民の安全を確保するために〜

真砂充敏(Mitsutoshi Manago、和歌山県田辺市長)

「砂防と治水180号」(2007年12月発行)より

1.はじめに
 田辺市は,和歌山県の南部に位置しており,平成17年に1市2町2村の市町村合併により,東西に約45km,南北に約46km,総面積は約1,026km2となり,和歌山県全域の20%を超える県下最大の面積を有しております。
 市内の交通網は,市街地から国道及び県道で山村地域につながり,地域間については,県道等により連絡しております。
 海岸部に沿っては,JR 紀勢本線が通っており,紀伊田辺駅から大阪市内への所要時間は,約2時間となっています。
 また,空路は,南紀白浜空港から東京まで約1時間の距離にあり,さらに平成19年11月に近畿自動車道紀勢線が田辺まで開通したことにより,京阪神地域との移動時間がさらに短縮されました。
 本市の現況は,約90%を山林が占めており,地形については,海岸部から平野部を経て,広大な山地部へ移行している状況にあり,美しい海岸線,緑豊かな紀伊山地とその山々を源とする大小の河川など,様々な豊かな自然の中で,歴史や文化,地域の伝統をはぐくんできています。
 観光では,神秘的で奥深い森林や渓谷,「紀伊山地の霊場と参詣道」で世界遺産登録された「熊野古道」や「熊野本宮大社」に代表される史跡,そして,日本三美人の湯の「龍神温泉」や日本最古の湯である「湯の峰温泉」といった有数の秘湯,ナショナルトラストで有名な天神崎など,人々の心と体を癒す文化と自然にあふれた地域であります。
 一方,急峻な地形である等の地形的要因から田辺市全域では,今回,掲載させていただきます中三栖(なかみす)を含む地すべり危険箇所が84箇所,土石流危険渓流箇所が863箇所,急傾斜地崩壊危険箇所が2,026箇所と非常に多くの危険箇所を抱えております。

2.地すべりの状況
【被災箇所の概要と確認】
 中三栖地区は,田辺市の市街地から東に約6kmに位置しており,主に梅,すもも等を栽培している農業地域であり,地区内には急傾斜地崩壊危険箇所が4箇所,地すべり危険箇所が1箇所,土石流危険渓流箇所が18箇所存在する地区であります。
 また,被災箇所山頂付近には,過去に巨大な地すべりを起こしたと思われる滑落崖が数百メートルにわたり存在し,かつて,家屋が流出し,土砂は下流にある二級河川の左会津川を堰きとめ,甚大な被害を引き起こした場所でもあります。
 平成18年10月に地籍調査で現地調査に入った際,新たな地すべりの傾向を確認しました。
【被災の状況と経過】
 地すべりの現場には,城ヶ谷川,番平谷川の二つの渓流があり,昭和4年6月1日に城ヶ谷川が,昭和9年8月25日に番平谷川が砂防指定され,昭和8年と昭和49年に砂防工事を行っている地区であります。
 地元町内会からも地すべり対策の要望を受け,現地調査に入ったところ,2箇所ある砂防堰堤の1箇所は,左右両側壁に上部から底部まで亀裂が入り,ずれている状況であり,もう1箇所の堰堤についても,堰堤の内側に大量の土砂を堆積しているうえに,堤体全体に大きな亀裂が入り,堰堤が二つに分離していました。  また,地すべり頭部には滑落崖があり,ため池の放水路の一部も陥没し,下流部の砂防流路工についても,水路擁壁が押し出され,閉塞し,断面が極端に減少しており,擁壁面には何箇所もの亀裂が入り,大変危険な状況でした。
 そこで,和歌山県によって,平成19年度に中三栖地区地すべり対策事業として事業着手なされ,5月中旬より,現地に伸縮計及び水位計を設置して地すべり観測調査を開始していました。
 また,観測機器は,リアルタイムで遠隔観測しており,緊急時には県と田辺市が連携した管理体制フローを県が作成し,避難誘導体制の強化及び市道の通行止め等,迅速な対応に取り組み,7月15日に体制が確立されました。
 そのような中,平成19年7月14〜15日の台風4号による豪雨で,地すべり活動が活発化し,大規模な地すべり土塊の崩落で河川を塞ぐような土石流が発生する,危険な状態が想定されたため,渓流直下の4世帯13名が三栖コミュニティーセンターに自主避難しました。
 その後,地下水位の低下に伴い,地すべり活動が沈静化しましたが,引き続き小規模な地すべり傾向は続く状況であり,今後また集中豪雨があれば,危険な状況であるため,依然として早急な対策が必要であります。

砂防堰堤工被災状況
地すべり頭部付近の滑落崖

地すべり右サイドの農道不陸 流路工閉塞・擁壁の押し出し
3.地すべり対策への取り組み
【地すべり対策と今後の対応】
 地すべり対策については,国土交通省河川局砂防部保全課と対応策について協議するとともに,土木研究所・藤澤上席研究員による現地調査により,今後の対応と対策工法について検討がなされました。
 調査の結果,地すべりの区域は約10haで,地すべりが発生すれば,多量の土塊が流出し,下流の市道や二級河川左会津川が埋没し,河川の上流にも被害を及ぼす恐れがあるため,国土交通省と協議し,早急な対策を講じられるよう,災害関連緊急地すべり対策事業が採択されました。
 地区内には耕地もあり,耕作により収益を上げていることから,対策工法としては,排土工ではなく,地下水の排除を行う横ボーリング工と集水井工が選択され,現在横ボーリングがされております。
 今後は,地すべり対策工事による安全率の向上を見ながら,必要があれば,さらなる支援がなされる予定であります。
【地元関係者の思い】
 地すべり区域と二級河川左会津川に挟まれている市道は,住民の生活道路や児童生徒の通学路として,幹線的な道路であると同時に,本地区及び周辺住民にとって,災害時には市指定の避難施設となっている三栖コミュニティーセンターへの避難路でもあり,地すべりが起きると人命にもかかわる大きな被害が予想されることは言うに及ばず,住民の避難路が絶たれることとなります。
 また,県の想定では地すべりが発生すれば,非常に多量の土塊が流出し,左会津川を堰き止めることとなり,対岸の住宅や下流の住宅及び公共施設等への被害も大いに危惧されることや,過去に大規模な地すべりがあったことを聞いていることからも,地元住民としては,1日も早い対策工事の完了を望んでいます。

4.最後に
 地すべりは,その移動土塊の規模が斜面の崩壊に比較して非常に大きく,緩傾斜面でも発生し,その典型的なものの移動は緩慢で,断続的あるいは継続的であり,誘因としては長雨,集中豪雨や融雪が関係することが多く,防災工事にかかる費用も莫大なものとなります。
 土砂災害による被害を未然に防ぐため,和歌山県では,土砂災害マップを作成し,住民に対し,土砂災害危険箇所の周知に努めるとともに,大雨により土砂災害発生のおそれが高くなった時に,土砂災害警戒情報を発令し,各市町村と連携を図り,迅速な避難準備や早期の自主避難の判断材料として,官民ともに防災に対する備えを万全に進めることで,住民の安全確保に努めているところであります。
 また,田辺市におきましても,町内会の自主防災組織により,住民の防災に対する意識の向上と連携した避難誘導体制の強化に取り組んでおります。
 最後に本地区の地すべり対策事業の国土交通省ならびに和歌山県の迅速な対応に対し,田辺市,地元関係者ともども深く感謝いたしております。