7月6日集中豪雨災害を振り返って

長嶺興也(Kouya Nagamine、熊本県美里町長)

「砂防と治水181号」(2008年2月発行)より

1.はじめに
 本町は,平成16年11月1日に旧中央町,旧砥用町が合併し,新たに美里町としてスタート,4年目を迎えております。
 平成19年7月6日の集中豪雨災害で,人的被害はなかったものの,甚大な被害を受け,その被害額は85億円を超えました。この災害におきまして,全国各地から激励,お見舞いを頂戴しましたことに厚くお礼申し上げます。
 熊本県のほぼ中央に位置する本町は,熊本市から南東へ30km,車で約40分程度の距離にある自然豊かな地域であります。
 この自然豊かな小さな町でも,日本一と誇れるものが2つあります。「日本一の石段」は,3,333段の段数を誇り,名実ともに日本一であり,国内の銘石はもとより世界各地の御影石を使用し,登る楽しみを広げており,年間11万人の観光客が訪れています。また,国指定の重要文化財「霊台橋」も単一アーチ橋としては日本一の大きさを誇る石橋であります。この他,数々の石の文化が点在し,特に石橋は38基を有し,マニアの隠れた観光地となっています。
 地形は,山岳丘陵部が多く,総面積(144.03平方キロメートル)の約4分の3を森林が占める典型的な中山間地域で,町を横断する国道218号をはじめとする主要道路に沿って住宅等が点在している, 人口12,441人(平成19年12月末現在)の小さな町であります。
 現在,「小さくてもキラリと光る私たちのまち」をキャッチフレーズに,また,「やさしさと対話のまちづくり」を行政理念として「若者の定住」による「みんなが健康で豊かな住みよい町」の実現に向けて鋭意努力しております。
 しかしながら,三位一体の改革等,地方行政を取り巻く環境はますます厳しいものとなり,平成18年12月,美里町行財政改革大綱を策定し,行政及び財政の改革を推進中であります。

2.災害状況について
@ 災害発生の経緯
 平成19年7月6日午前2時49分,熊本県宇城八代地方・天草地方に大雨・洪水警報が発表されました。早朝,激しい雨が降り続き,午前7時30分頃,土砂災害の危険度が高まり,警戒2に達しました。町では災害発生が極めて高くなったということで,7時45分,災害対策本部を設置し,情報収集を開始いたしました。
 午前9時頃,早楠地区で津留川氾濫の恐れがあると連絡があり,早楠地区に職員を派遣し現状確認を行いました。ところが,1時間後,現地に行った職員から津留川が氾濫,道路寸断で帰庁出来ないとの連絡があり,また,坂本地区でも大規模な土砂災害発生の連絡がありました。8時からの1時間雨量が72mmを記録しておりました。短時間の降雨で河川の水位が見る見るうちに上がり,道路を流れ,帰れなくなったということを聞いて,自然災害の恐ろしさを改めて思い知らされました。
 4月に運用開始した防災行政無線により,自主避難の放送は随時行ったところであります。
 10時40分,早楠・坂本地区に避難勧告を発令し,11時35分に熊本県を通じ,自衛隊派遣を要請しました。この間,各地で災害が発生。孤立した早楠地区の一部の住民を防災ヘリで救助いたしました。坂本地区の避難勧告は解除したものの,早楠地区は継続いたしました。
 7月7日,依然として降雨が続き,柏川が増水し,4戸流失,柏川地区に避難勧告,孤立した住民を自衛隊,消防,警察等による陸上からの救出及び防災ヘリによる救出を行いました。また,町営水道も被害を受け,断水をしている地区に自衛隊による給水活動も始めました。
 7月8日11時40分,孤立した住民全員の救出を完了いたしました。この全員救出までの3日間の時間の長さは,残された方々を思えば大変申し訳なかったと,今でも思っているところであります。
 この3日間の総雨量は496mmを記録しました。
 7月9日,災害救助法適用の連絡が県からあり,適用日は7月6日となりました。
 災害対策本部を解散したのは,全地区避難勧告を解除した7月17日で,仮設住宅が完成するまでの期間避難生活をされた延べ人数は1,621人に上りました。現在も9世帯22人が仮設住宅で暮らされております。
A 被害状況
 この集中豪雨により,道路・河川や上水道等のライフラインの被害で住民生活に深刻な影響を及ぼしました。
 1時間に70mmを超す雨量,24時間雨量は313mmを観測しました。このような大雨が,急峻な山々の沢を土石流とともに下流域に流れ,甚大な被害をもたらしました。幸いに人的被害はなかったものの,家屋の全壊8棟,半壊6棟,床上浸水30棟,床下浸水93棟,それに道路,河川,農地,林道等,総額85億円を超える災害を被りました。
津留川の増水による町道に架かる釈迦院橋流失状況

釈迦院川支流(杉の下川)の増水により町道檀線を崩壊しながら流れる水 津留川の増水による国道445号線路肩決壊状況
柏川の増水による家屋崩壊(流失)状況 柏川の流木を含む土石流による社会教育センター崩壊状況

林道水守線路肩崩壊によりキャンプ場が被災
公共施設等被害額集計表

3.国・県の視察
 7月9日の被災した早々に,県知事が現地視察においでいただきました。この被災現状を視察されて,災害救助法の適用をその日の22時に連絡を頂きました。また,13日は,当時の平沢内閣副大臣を団長とする政府調査団の現地調査があり,被災状況の説明後,仮設住宅建設予定地,早楠地区の被災現場の視察,そして避難場所である砥用中学校体育館で避難者にお見舞いと,激励を頂きました。23日には安倍前首相も来町され,災害状況説明の後,現地の視察,避難場所の高齢者地域ふれあいセンターで避難者に激励をいただいたところです。



安倍前首相視察状況
4.今後の災害復旧事業の取り組み
 広範囲に起きた災害に対応するため,早急に災害箇所の把握に努め,災害査定の準備を行いました。公共土木災害・農地等災害・林道災害等,町が施行する災害については全箇所査定を終了し,前表のとおり額の決定がなされたところです。災害復旧についての方針を定め,公共土木災害については100%,農地等災害・林道災害については約80%を平成19年度に発注することといたしております。このことについても住民座談会を開催し,災害の状況・復旧予定を住民に説明し,理解を求めたところであります。
 また,県においても道路,河川,砂防,治山等,早急な復旧に取り組んでいただいていることに感謝しているものでございます。

5.災害を振り返って
 昨今,このような異常気象が全国的に多くなってきておりますが,今回の本町の災害についても,広範囲に起こっているものの,ピンポイントに雨が降った状況でありました。1時間70mm以上の降雨により,短時間に河川が増水・氾濫し,濁流により河岸が削られ,河川沿いの家屋が流出しました。また,土石や立木が橋に引っかかり橋を流失,側溝の排水能力を大幅に超え,道路を河川のように濁流が流れたり,各地で土砂崩壊が発生し,家屋・道路等に甚大な被害を受けたところであります。
 自然災害とはいえ,このような甚大な被害を受けたのは覚えがないところであり,不幸中の幸いと申しますが,人的被害がなかったことを何よりと思っているところであります。
 このような災害を体験して思うことは,情報の共有・伝達,住民とのコミュニケーションがいかに大切であるかということを感じたところであります。的確な情報の収集,そして判断し伝達するということ。いわば,日常の生活の中で住民とのコミュニケーションをとっていればその地区の情報も入手しやすく,的確な判断,伝達が出来るものであると思ったところであります。特に避難勧告の発令の時期に大変迷いました。
 避難所生活も長期間になり,避難者のプライバシーの確保,マスコミ対策等,直面して初めて分かるものもあり,その間のお世話をしていただいた住民の方々の「おもやい」の精神でのボランティア活動は頭の下がる思いでありました。
 復旧作業は緒についたばかりでありますが,計画的に実施し,住民の方が安心して暮らせるような復旧に努めてまいりたいと思っています。
 そして,この教訓を生かし,今後の防災対策に万全を尽くしたいと考えています。