土石流災害

税所篤朗(Atsuro Saisyo、鹿児島県南大隅町長)

「砂防と治水181号」(2008年2月発行)より

1.南大隅町の概況
 南大隅町は,日本列島の「南の玄関口」鹿児島県の大隅半島最南端に位置し,総面積214平方キロメートルで,東は太平洋に面し,種子島,屋久島を遥かに臨み,西は東シナ海に続き,鹿児島湾に沿い薩摩半島に相対している。
 本町の地形は,最高峰の稲尾岳(959m)が町境にがそびえるほか,花之木・横別府・辺田別府及び大中尾の台地など比較的標高の高いところが多い。
 また,大半の集落が標高200mから500mの山間盆地や太平洋側から錦江湾沿いに散在している。
 自然環境としては,黒潮暖流の影響により年間平均気温が19.4度と温暖多雨の気候で,海岸線一帯の無霜地帯では亜熱帯性の植物等の豊かな自然があることから,鹿児島沿いの根占塩入から佐多岬一帯まで「霧島屋久国立公園」に指定されており,さらに雄川の渓谷及び佐多外之浦から内之浦までの太平洋一帯は「大隅南部県立自然公園」に指定されている。
 廃藩置県で生まれた旧村は,明治の大合併により「小根占村」と「佐多村」となり,昭和16年に根占,昭和22年に佐多がそれぞれ町制施行している。
 平成17年3月31日,平成の大合併により,「根占町」「佐多町」の二町が新設合併して,現在の「南大隅町」となっている。
 本町は,農業・畜産・水産業を柱とした一次産業を基幹産業としながら,本県有数の観光地である本島最南端「佐多岬」を擁していることから,観光振興施策として,全国的にも珍しい半潜水型水中展望船「さたでい号」の建造や,町民,観光客の憩える場として「大浜海浜公園」「さたでいランド」の公園整備や「ねじめ温泉ネッピー館」「道の駅根占」の整備を行うなど「観光の町」をアピールしている。さらに,平成14年から16年にかけては,西日本一の規模を誇る風力発電所の誘致を行うなど地域の活性化を図ってきた。

2.土砂災害危険箇所整備状況
 本町は林野率が約80%であるように,山林が海岸地帯まで伸び屹立し,僅かな平地と山間部に112の集落が点在している状況である。
 このような地勢から本町には,土石流危険渓流が約80箇所,急傾斜地崩壊危険箇所が50箇所もあり,その整備率は,土石流危険箇所で30%,急傾斜地崩壊危険箇所が68%と,県平均の整備率を上回っているものの昨今の異常な集中豪雨や台風襲来時には,山腹崩壊,土石流発生など依然として土砂災害の発生し易い状況下にある。



九州本島最南端,佐多岬
3.梅雨前線豪雨及び台風4号災害状況
(1)土砂災害等
 昨年,7月10〜11日の梅雨前線豪雨,続いて7月14日に襲来した台風4号により県内各地で災害が相次ぎ大きな被害が発生した。
 本町においては,11日に時間雨量107mmと,過去に例のない記録的な集中豪雨により浜尻川,川田原川,炭屋川などにおいて土石流が発生し,人家の全半壊や床上下浸水など128戸に甚大なる被害が発生した。
 さらに追い打ちをかけるかのように,14日に来襲した台風4号により連続雨量も579mmとなり,船石川,天目石川等で大規模な土石流が発生し,主要道路である国道269号を始め,主要地方道鹿屋吾平佐多線,町道等が大量の土石等の流入により通行不能となった。国道269号は,根占から佐多伊座敷まで通行不能となり,一時佐多地区が孤立化した。
 また,この台風4号により土石流の発生した根占大浜から佐多伊座敷までの間が,午後3時ごろまで完全通行止めとなり,辺田天目石地区から佐多伊座敷間は終日通行止めとなるなど,町民生活に甚大なる支障をきたした。
 被害概要については,町道等62件(約3億5千万円),国・県道11件(約1億3千万円),2級河川13件(約1億9千万円),災害関連緊急砂防事業4件(約11億円),林道農地・農業用施設災害復旧85件(約2億7千万円),災害関連緊急治山事業3件(約4億円)であった。
 しかし,このような甚大な被害が発生したにもかかわらず,人的被害が無かったことは不幸中の幸いであり,住民自らがかねてから早期の避難を心がけている賜物でもあると思っている。
土石流により堆積した巨岩(炭屋川)

浜尻集落内に土砂や流木が流入 国道269号線片之坂地区法面崩壊による落石・土砂流入
土石流により国道269号線に土砂や流木が流入(炭屋川) 土石流により上流の町道を寸断(天目石川)
土石流による土砂が研修センターに流入(船石川)

(2)ライフライン災害
【7月11日】
・NTT回線が,がけ崩れによるケーブル切断のため,佐多大泊地区において不通となる。NTTは海路により現場に入り,衛星回線の設置を行い,同日夕方復旧した。
・土石流やがけ崩れによる,送配水管の切断等のため町内各所で断水,土木対策水道班による復旧作業により浜尻地区を除き同日中に復旧が完了した。
【7月14日】
・先日の浜尻地区の断水に加え,大浜地区・辺田地区一帯で一時断水,午後からの復旧作業により,浜尻地区を除き同日復旧が完了した。
(3)医療対策
【7月11日】
・佐多地区においては,町立郡診療所の医師が道路の決壊により移動が不可能となり,伊座敷地区が医療空白地区となったことから,海上から医師及び消防救急隊を派遣するとともに緊急医療に備えて県の防災ヘリの手配を依頼した。

4.災害対策本部の対応状況
【7月11日】
・AM4:00 豪雨による災害警戒のため,本庁・支所共に気象情報等の状況確認のため,防災担当者役場待機。
・AM4:30 先日来の雨により地盤がゆるんで,土砂災害の危険があることから,災害警戒本部の設置検討。
・AM5:00 副町長以下,災害警戒本部要員登庁,災害警戒本部の設置。防災行政無線により,土砂災害の危険があることを住民へ周知と消防各分団への警戒指示。消防団警戒中に根占辺田登尾地区炭屋川において土石流発生。住民は消防
団の誘導により,登尾小学校等へ避難。佐多島泊地区において裏山崩壊により住家全壊。住民3名のうち2名は崩壊前に避難。1名は警戒中の消防団と付近住民により救出。また,同地区芝原川において土石流発生。流域の人家に浸水多数発生。佐多浜尻地区において土石流発生。住民は裏山から発する轟音に驚き,直前に避難し無事。
・AM5:00 警戒中の登尾分団から,裏山崩壊の危険性があるとの報を受け辺田登尾地区に避難勧告発令。当該分団による被害状況確認。
・AM5:45 災害対策本部設置。災害復旧へ着手。
【7月13日】
・AM10:30 台風4号接近により,防災無線による自主避難の呼びかけを町内全域に放送,前日の災害により,災害対策本部は継続。
・PM5:30 登尾地区から伊座敷まで先日の豪雨災害により崩落した国道269号が,再度崩落の恐れがあるため,全面通行止。その間の4集落に避難勧告発令,134世帯333名が避難。
【7月14日】
・AM10:35 2級河川雄川が氾濫する可能性が出てきたため,流域周辺住民へ避難準備情報を発令,防災無線での放送のほか,消防署・団員・職員による車で搬送。危険地域については,全て避難を終えており,新たな避難者無し。
・AM10:55 根占大浜地区において土石流発生。付近住民は全て避難しており人的被害は無し。国道269号不通。
・PM1:55 根占辺田天目石川において土石流発生。流域の人家に被害無し。
・PM3:00 午後3時,天候が回復してきたことから,対策本部,消防団等による被害状況の確認。
・PM9:00 町内避難勧告解除。最大避難者数29箇所,358世帯,664名。
・PM9:30 災害対策本部解散し7月11日梅雨前線豪雨・台風4号一連の災害対策本部対応を終了。

5.災害復旧への取り組み
 今回の梅雨前線豪雨・台風4号の災害では,国,県や関係機関の早急な現地調査等の実施,激甚災害指定への対応など誠に感謝に堪えないところである。
 また,昨年9月に災害査定を受け年末までに,国・県道11件,2級河川13件,町道等62件,林道・農地・農業用施設85件のすべての発注を終え,県・町をあげて1日も早い復旧に向けて努力しているところである。
 また,土石流の発生した船石川,炭屋川,芝原川,川田原川については,県により災害関連緊急砂防事業で申請し,国の迅速な対応により早期の事業採択を受けていただいた。
 現在,船石川において工事着手しているところであるが,住民からは「一日も早い復旧をして欲しい」との意見が多数出されており,早期完成を望んでいる。
 さらに,県では災害関連緊急砂防事業で対応する船石川,炭屋川,浜尻川,芝原川等において,再度災害を防止するための砂防激甚災害対策特別緊急事業を申請中と聞いていることから,早期採択と併せ工事着手を願っている。

6.おわりに
 今回の大災害は,本町においては,過去の土砂災害を記憶している者がほとんどいない中,大規模かつ集中して発生した土砂災害であり,ライフライン寸断や,国道通行止めにより集落が孤立するなど,土砂災害のおそろしさを目の当たりにした。
 当初は,その対応に奔走し困惑したが,いち早く交通解放にご尽力いただいた建設工事関係者はじめ,災害警戒や避難誘導など献身的に取り組んだ地域住民や消防団の皆様のお力添えもあり,早期復旧への道が開かれた。改めてご尽力いただいた方々に心から感謝申し上げる。
 また,浜尻集落においては,住民が土石流発生の前兆現象である生木の匂いや,土石の流れる音に気づき瞬時に避難したおかげで,幸いにも尊い命が奪われなかったことが何よりであったと同時に今後の避難体制の教訓を得た思いである。
 なお,すべての復旧には,まだまだ時間と費用を要するものと考えられるが,このたびの災害への対応を踏まえ,住民が安全で安心して暮らせる町を目指し,国及び県,また,地域の皆様と協働して風水害に対する防災対策が必要であり,万全を期して参りたい。