平成19年「台風4号」災害を受けて

太田洋(Hiroshi Ota、千葉県いすみ市長)

「砂防と治水181号」(2008年2月発行)より

1.いすみ市の概要
 いすみ市は,平成17年12月5日,旧夷隅町,旧大原町,旧岬町の3町が合併して誕生しました。本市は九十九里浜の最南端に位置し,約45km圏内に千葉市,75km圏内に首都圏の主要都市があります。
 人口43,000人,面積は157.5km2で,東部は太平洋に面し,北部は長生郡一宮町・睦沢町,西部は夷隅郡大多喜町,南部は夷隅郡御宿町・勝浦市に接しています。太平洋沿岸は南房総国定公園に指定され,この区域には,国の天然記念物第1号の指定を受けた太東海浜植物群落地や,雄大な太平洋と九十九里浜を一望できる太東崎,サーフィンのメッカで知られる太東・和泉浦・日在浦海岸や,万木城跡公園から広がる緑豊かな田園風景などがあります。
 また,日本で二番目に魚類の数が多いと言われている二級河川夷隅川をはじめ,蛍が幻想的に飛び交う源氏ぼたるの里,ミヤコタナゴが生息する小川,アカウミガメが産卵に上陸する和泉浦・日在浦海岸など,多様性に満ちた自然環境に恵まれています。気候は比較的温暖で,豊かな海と肥沃な大地からの恵みをうけて,漁獲高日本一の伊勢海老をはじめ,全国的にも有名な太東蛸,岬梨,いすみ米など豊富な海産物,農作物が生産されています。
 歴史と文化につきましても,日本画絵画・狩野派の始祖で室町幕府の御用絵師であった狩野正信が誕生した地です。
 市内には,戦国期にいすみ市を中心に勢力を誇った美濃源氏の流れを汲む土岐氏の居城であった万木城址や,日本三清水の一つである坂東32番札所の清水観音,日本岩船三地蔵尊の一つの岩船地蔵尊,さらに波を彫らせたら天下一と言われた武志伊八郎信由作の欄間彫刻がある行元寺や,牛若丸と天狗彫刻の飯縄寺など歴史と文化を秘めた史跡,寺社があります。
 また,古くから受け継がれ関東随一と言われる,勇壮豪快な大原はだか祭りをはじめとして,各地域に多くの伝統文化・行事があります。
 さらに,森鴎外や若山牧水,山本有三など多くの文人がこのすばらしい自然や風土をこよなく愛し,たびたび訪れ滞在するなど,いすみ市は文化の香り高い地であります。



いすみ市位置図


太東崎から九十九里浜を望む
2.平成19年台風4号の豪雨災害と対応
 平成19年7月9日に発生した台風4号は,フィリピンの東海上を北西に進んでいたが,7月13日頃より東に進路を変えて,14日には大型で強い勢力で九州・四国・東海・関東地方の太平洋沿岸を沿うように東に進みました。
 いすみ市においては,7月14日早朝から降り始めた雨は翌15日にかけ断続的に降り続き,総雨量395mmに達しました。14日夕方頃から強い雨が降り始め,時間雨量で見ると14日の午後7時に48mm/hr,午後11時に40mm/hr,特に午後11時から午前0時に105mm/hr の最大時間雨量を記録し,過去に類を見ない集中豪雨に見舞われました。
 この度の降雨は本市全域に及びましたが,特に南東側沿岸域に強い雨の区域が集中し,被害もこの地域に多く発生しました。
 市は,7月14日午後2時に,地域防災計画に基づき第1次配備体制を配備し,台風の接近に備えました。午後8時30分に銚子地方気象台から,夷隅・安房地方に大雨・洪水警報が発表され,第2配備体制へ移行しました。午後11時頃から,大原・浪花地区の準用河川上塩田川や支流河川の氾濫による,床上・床下浸水被害情報や,がけ崩れ被害情報が頻繁に入り始めたため,いすみ市消防団大原方面隊に管内の巡視を指示しました。
 また,大規模な災害の発生が予測されましたので,8日午前0時に災害対策本部を設置し,体制を第3配備体制へ移行しました。市内を巡視中のパトロール班及び復旧班を,大原・浪花地域に向かわせましたが,国道128号や県道・市道が冠水のため通行不能となり,道路網が一時分断されたために,迂回しながらの現地調査となり不測の時間を要しました。さらに,深夜でもあったことから正確な情報の収集に苦慮いたしました。
 翌15日は休日でしたが,早朝より市全職員を登庁させ,被災地域の本格的調査を開始しました。調査が進むに伴い多くの道路や河川,住宅,農地などが被災しており,早急な対応に迫られました。生活道路である市道が被災し,各所で交通不能となり一部集落が孤立しました。孤立集落については,最優先に応急工事を行い15日朝までに開通することができました。残りの通行止め市道は,民間建設業者の協力により土砂撤去などの応急工事を実施し,数日後には全線開通することができました。
 私も,被災後直ちに現地に出向き,現状をつぶさに見て回りました。被災地域は山裾に住宅が建ち並んでいるところですが,山頂や山腹にがけ崩れの発生した赤茶色の山肌が至る所に見られ,無惨にも押し潰された家屋が点在する悲惨な光景が目に飛び込んで来ました。これほどの状況でなお深夜の被災でありながら,よく人的被害が発生しなかったと胸を撫で下ろしました。
 また,被災者や地域住民と直接お会いし,被災時の状況や現状のお話を細かくお聞きしました。
 特に住宅の被害に遭われた方は,一瞬にして大量の土砂に押し潰された家屋を見つめながら,「どうして良いのかわからない」と呆然と立ち続けている姿を見ますと,市として可能な限りの支援を行うとともに,全力を尽くし被災地の早期復興に努めることを決意しました。

○被害状況について
 被害状況は,二級河川塩田川水系の準用河川上塩田川流域と,これに隣接する太平洋沿岸の南北約7km,幅約3kmの地域に豪雨が集中したものです。
 幸いにも人的被害は無かったものの,住家の被害はがけ崩れによる全壊4棟・一部破損7棟と,河川の急激な増水により床上浸水73棟・床下浸水143棟が被災し,非住家については,がけ崩れにより全壊4棟・半壊3棟・一部破損11棟と,床上浸水22棟・床下浸水43棟の被害が発生しました。公共施設については,市道83箇所・林道2箇所・農道4箇所と,準用河川や普通河川で13箇所の被害が発生しました。また,農地については,田50ha,畑4haが冠水するなど,被害総額180,000千円余りの甚大な被害となりました。
小沢地区被災状況 大井地区被災状況 岩船地区被災状況

○住民避難について
 住民の避難状況は,14日午前10時に最初の避難所を開設し,市内に併せて12箇所を開設しました。指定避難所4箇所の外に8箇所の臨時避難所を開設し,地域の区役員及び住民の協力をいただき,地区の公会堂などを使用しました。避難された住民は,自主避難で49世帯,88名でした。また,開設期間は長い避難所で10日間,短い所は5時間ほどで閉鎖した所もありました。河川の氾濫などによる避難者は,増水が治まり安全が確認されしだい避難所を退去しましたが,がけ崩れで住家の全壊や半壊の被害を受け自宅に帰れない,5世帯11名の避難者については,市が緊急用に確保してある市営住宅への入居希望を確認したところ,1世帯の方が入居を希望し,外の4世帯の方は親戚宅やアパートに仮入居し避難生活が続いています。

○災害発生ゴミ・土砂処理について
 明けて15日から,被災地では避難所から戻った住民が,休む間もなく崩壊土砂の撤去や家の後片付けに追われました。泥水に浸かった家財道具は使い物にならず,処分するしかありませんでした。各家庭から運び出された家具や畳,電化製品などが,庭や玄関先などに運び出され山積みになり道路まではみ出しました。個々でゴミ処理場(いすみクリーンセンター・大原クリーンセンター)に運びこんでいましたが,高齢者や運搬車両を持たない被災者は搬出できずに困惑していましたので,時節がら厳しい暑さの中,放置された災害ゴミの衛生問題が懸念されましたので,市において運搬することにし,市職員を動員し18日から3日間を要して,2tダンプ4台とパッカー車1台,軽トラックなど8台の,計13台の車両を使用し集中的に収集作業を行いました。
 また,がけ崩れによって発生した土砂も,個々において処分を行いましたが,土量は約4,500m3発生し,その処分場の手当に苦慮しましたが,市で管理する公園の未共用部約5,000m2を,仮置き場として使用しました。
 今回の災害では,発生した災害ゴミや,土砂の処理に対応できましたが,全市に渡るような災害時にはその量も桁違いに多くなりますので,既設の処理施設などの能力では対応ができないのが現実となります。一時的に仮置き場に集積され順次処理されますが,長期間にわたり仮置きをすることは,周辺環境を汚染する恐れがあるため,今後に残された重要な課題となります。

○災害復旧状況について
 土木施設の復旧については,河川災害5箇所,道路災害24箇所の計29箇所について,公共土木施設災害復旧事業で対応し今年度内に完成の予定です。外の土木施設85箇所の災害復旧は市単独事業で実施し完了いたしました。さらに,軽微な箇所の復旧については,道路管理班直営係においてほぼ終了いたしました。農地農業用施設の復旧は,6箇所発生し災害復旧事業により年度内に完成の予定です。
 この度の災害でがけ崩れが110箇所発生し,4棟の全壊を含めて12棟の住居に被害をおよぼしました。これらの箇所は更なる崩落の危険性があることから二次被害を防止するため,災害関連緊急急傾斜地崩壊対策事業・県単独急傾斜地崩壊対策事業・治山事業の早期実施に向けて,千葉県知事に直接要望活動を行いました。この度,国・県の速やかな対応により,これらの事業が採択を受け今年度事業に着手しました。被災者や受益者は事業の早期完成を待ち望んでおります。
 また,浸水被害の多かった準用河川上塩田川については,河岸の立竹木が繁茂し流れが阻害されていた箇所がありますので,約3.5km間の立竹木の撤去清掃作業を実施しています。また,局部的に河道が屈曲したり河川断面の小さい区間がありますので,今後この区間の局部改修等を行い災害の軽減に努めていかなければならないと考えてい
ます。

○土砂災害対応訓練について
 今年度の「いすみ市総合防災訓練」は,台風4号によりがけ崩れが各所に発生し,多大な被害を受けたことから,人的被害をださないよう平成19年9月2日(日)に「土砂災害対応訓練」を実施しました。
 訓練内容は,時間雨量48mm,総雨量254mmを記録し,がけ崩れが発生,家屋に被害が発生したと想定したものです。参加機関は,陸上自衛隊高射学校,いすみ警察署,千葉県,いすみ郵便局,広域市町村圏事務組合消防団,いすみ市消防団,地域住民(深谷・作田・八乙女地区),いすみ市赤十字奉仕団,東京電力(株),東日本電信電話(株),いすみ市の11機関(参加者518名)による訓練で,災害対策本部の設置・現地災害対策本部の設置・県から現地への情報伝達・避難広報・避難所の開設・避難誘導・情報収集・応急給食(炊き出し)訓練を行いました。また,自衛隊ヘリコプターによる上空からの被災状況偵察や,消防署による応急救急講習,NTT,東京電力によるライフライン復旧訓練も実施しました。台風4号による被災後間もない時期での訓練であったために,参加した多くの地域住民を始め,実施機関人員の防災意識がこれまでになく高まっており,真剣に訓練に取り組み充分な成果があがりました。
土砂災害炊き出し訓練 土砂災害避難訓練

3.今後の防災対策について
 近年大きな地震の発生や台風,大雨などの豪雨の被害は毎年のように全国各地で発生し,重大な社会問題となっています。
 本市においては,津波の影響を受けやすい地域にあるとともに,市域北部には二級河川夷隅川が流れ,また沿岸部を除き丘陵・山間地が広がり,地震・津波,洪水被害及び土砂災害を受けやすい地形条件にあります。市沿岸部には,JR外房線,国道128号線といった主要交通網が整備され,その周辺に人口・資産が集中しているため,自然災害による被害ポテンシャルの増大が懸念されます。また,市民の生活様式の変化により電気,ガス等ライフラインへの生活の依存度が高まっていること,高齢化,国際化の到来による高齢者や外国人などいわゆる災害時要援護者が増加していること,市民の相互援助意識が低下していることなどから,防災面に関する様々な課題が指摘されているところです。
 今回の台風4号は集中豪雨により,がけ崩れや河川の氾濫で多数の家屋に,倒壊や浸水の被害が発生しました。
 がけ崩れの被害が発生した大原地域の大井地区と浪花地域の岩船地区は,災害関連緊急急傾斜地崩壊対策事業等の採択をいただき,事業着手されていますが,土砂災害防止法の制定によりまして,千葉県では急傾斜地の崩壊等が発生した場合に,住民等の生命または身体に危害が生じるおそれのあると認められる区域を,土砂災害警戒区域・特別警戒区域の指定が進められています。本市では,土石流危険箇所106箇所,急傾斜地崩壊危険箇所536箇所,地すべり危険箇所1箇所の,計643箇所もの土砂災害危険箇所に指定され,市では千葉県と共に地元説明会を開催し関係住民へ土砂災害危険箇所の周知を図っているところです。
 土砂災害を防ぐには,がけ崩れや地滑りが起きることを前もって知って,その場から避難させることにより,人命を救うことは出来ます。より直接的な防止策は,がけ崩れや地滑りそのものが起こらないようにすることです。がけ崩れなどの土砂災害は,突発的に発生し人的被害につながりやすく,家屋等にも壊滅的な被害を与えます。これら危険箇所への対応はハード面とソフト面がありますが,ハード面での対応には多額の費用と時間を要しますので,ソフト面での対応が重要となります。
 平成20年3月から,千葉県及び気象庁から本格的な土砂災害警戒情報の提供が行われます。市と地域住民が共に,情報を共有することとなりますので,市における防災活動・避難勧告などの判断材料や,住民の自主的な防災行動の有効な判断材料となるものと期待しているところです。
 「安心で住みよい環境づくりが防災の原点」と認識し,本市の防災環境に的確に対応し,市民生活の安全を守り,本市の持つ諸機能を確保するため,風水害及び各種大規模事故災害の各段階に応じた災害予防,災害応急対策及び災害復旧対策の充実に努めてまいります。
 最後になりますが,災害関連緊急急傾斜地崩壊対策事業や各種復旧事業の,採択・着手に速やかに対応していただきました,国及び県をはじめ関係機関の皆様に,厚くお礼申し上げます。