平成19年「台風9号」災害を受けて

市川昭男(Akio Ichikawa、山形県山形市長)

「砂防と治水183号」(2008年6月発行)より

1.はじめに
 
山形市は,山形県内陸部の中央に位置し,東に蔵王山をはじめとして,三方を山に囲まれた盆地にあります。本市の人口は約255,000人,総面積は381.58km2です。山岳,丘陵地帯が市域の約65%を占め,東西の山岳から多くの河川が流れ複雑な地形を形作っており,中心市街地の大部分が市内を東西に流れる一級河川馬見ヶ崎川の扇状地に形成されております。その馬見ヶ崎川では,毎年9月の第一日曜日に,山形名物の芋煮を直径6mの大鍋を用いて5万食分を調理し,市民に振舞う「日本一の芋煮会フェスティバル」が開催され,多くの方に喜ばれております。本市内を流れる河川はすべて,本市を南から北へ縦断している一級河川須川に合流した後,隣接する天童市寺津地内で日本三大急流のひとつである最上川に注いでおります。
 本市は周囲を山に囲まれた自然豊かな都市であると同時に,東北横断自動車道酒田線(山形自動車道),東北中央自動車道が交差し,山形新幹線などの高速交通体系の整備をはじめ,高次の都市機能が集積する中核都市であります。
 観光面では,「モンスター」の異名を持つ樹氷で有名な蔵王,俳人松尾芭蕉が「閑さや岩にしみ入る蝉の声」と詠んだ山寺(宝珠山立石寺)があることで知られ,その他にもイギリス・ルネサンス様式を基調とした文翔館(旧県庁舎)や教育資料館(旧山形県師範学校),現存する日本最古の石鳥居(いずれも国指定重要文化財)など,歴史的な建造物が多数あります。
 本市の降水量は年間約1,200mm前後であり,日本国内の平均降水量の約7割程度しかなく,少雨地域であると言えます。

2.台風9号の豪雨災害とその対応
 
平成19年8月29日午前9時頃に南鳥島近海で発生した台風9号は,9月6日深夜に静岡県伊豆半島付近に上陸し,非常にゆっくりとした速度で日本列島を縦断しました。
 山形市においては,5日夕刻より降り出した雨が断続的に降り続き,台風が接近してきた7日の午前3時40分に大雨洪水警報が発令されたため,本市の地域防災計画に基づき初動体制から警戒配備体制に移行し,職員が登庁し情報収集などの警戒にあたりました。その後も台風が接近するにつれ風雨が強まり,午前6時20分に市の北部にある馬見ヶ崎川長町水位観測所で水防団待機水位の3.0mを超えたため,職員が市内の現場パトロールを開始しました。この時点での総雨量は市の中心部で約70mmと決して多いとはいえないものでしたが,市の東部にある蔵王山系では大雨洪水警報の発令前から記録的豪雨に見舞われ,馬見ヶ崎川上流にある鍋倉観測所では6時の段階で総雨量が約450mmに達しておりました。この降雨とそれに伴う河川の増水により,土砂災害発生の危険性が高まったため,午前7時45分に土砂災害警戒情報が発令されました。
 午前7時30分を過ぎた頃から,市の東部を流れる各河川の水位が急激な上昇を始めました。蔵王温泉地内を流れる準用河川祓川や山寺地区を流れる一級河川芦沢川などで増水や護岸の崩れが発生し,馬見ヶ崎川長町水位観測所では,水防団待機水位をわずかに超えた程度で推移していた水位が,8時50分に氾濫注意水位を超え避難勧告等の目安となる避難判断水位まで,1時間という極めて短時間で上昇し到達したのです。祓川や芦沢川,馬見ヶ崎川といった市東部を流れる河川は,蔵王山系を源流とした山岳地帯を流れ落ちる急流河川であり,上流部の降雨状況に対して河川の水位が敏感に反応するという特徴があります。このころ蔵王山系では猛烈な降雨があり,鍋倉観測所の記録では午前7時から8時までの1時間雨量が80mmを記録しています。この猛烈な降雨が下流の河川の水位を急激に押し上げたのです。このまま降雨が続けば,市民の生命と財産に多大な被害が発生する危険性が高いと判断し,午前9時30分に災害対策本部および水防本部を設置して警戒体制を強化し,万が一に備えました。
 被害を未然に防ぐため,水防団員及び消防職員が延べ420人出動し,各地で積土のう工法や木流し工法などの水防活動が行われましたが,それでも河川の溢水による浸水被害や護岸の崩れ,土砂崩れ等が発生しており,災害対策本部には,パトロールにあたっていた職員から次々と被害状況が報告されました。中でも紅花の産地として有名な高瀬地区からは,「地区内を流れる大門川が溢水している」「隣接する道路が冠水し,通行するのが危険である」「住宅にまで浸水が広がった」など,刻々と進む現地の危険な状況報告が届き,私自身,市民の安全を考えると胸が痛む思いでこれらの報告を受けておりました。台風の最接近を間近に控え,これ以上の溢水が発生すれば住民の生命に危険が及ぶと判断し,午前10時に高瀬地区の住民20世帯に避難勧告を発令しました。その後も降り続く雨により市内各地で溢水の危険や被害の発生は続き,最終的に避難勧告の発令は3地区53世帯203名に上りました。
 山形市が避難勧告を発令するのは平成7年以来11年ぶり2度目のことであり,あまりの被害の多さにいたたまれない気持ちとなり,降雨が小康状態となった午後から,私自身も浸水被害の発生した高瀬地区の現地視察を行いました。私が現地に到着した頃には宅地への浸水は解消されておりましたが,河川の水位は依然として高い状態でありました。そのような状況下で,市民の方々は隣近所でお互い協力し合いながら浸水被害の後片付けを行っておりました。その姿を拝見して,共助が成立する地域コミュニケーションの素晴らしさを実感するとともに,地域の方々の努力に対し頭の下がる思いでした。
 避難勧告を発令した地区のうち高瀬地区を含む2地区については,午後になって河川の水位が下がり,洪水被害の危険性が去った同日午後3時40分に避難勧告の解除を行いましたが,馬見ヶ崎川の上流側にある下宝沢地区の3世帯10名については,河川護岸の崩れが住居のすぐそばまで及んでおり,依然として安全が確保できない状況のため,避難勧告を避難指示に切り替え,避難場所として市営住宅を準備するなど,受け入れ体制を整えた上で避難をしていただきました。避難指示は護岸の応急工事が完了する9月15日までの8日間も続くことになりました。避難指示を初めて発令することとなったこの地区は,都市計画区域外を新たに民間で開発した場所で,天然河岸のすぐ脇に住宅が建築されている状況でありました。普段は山々が間近にせまり,川が流れ,実に自然豊かでうらやましいような地域ですが,自然が一旦牙をむけば,大変恐ろしい地域に変貌するところでもあったのです。現行法規ではこのような開発に対する有効な指導方法がないため,今回のような事態を招いたのではないかと考えられます。このような都市計画区域外の開発行為について,行政がどのように関与していけば良いのか,大きな検討課題となりました。
 山形市はこれまで洪水を含めた自然災害が少ない都市であるため,避難指示命令を発令したのは初めてのことでありました。避難していただいた市民の方には大変なご苦労をおかけしましたが,大きな混乱もなく対応できたのは,日頃からの備えがあってのことだと思います。
 今回の台風9号により最終的には,住家・非住家の半壊及び一部損壊合わせて15棟,床上・床下浸水34棟,公共土木施設は河川・道路合わせて241箇所余が被災するという大きな被害が発生しましたが,市民の方に死傷者が出なかったことは不幸中の幸いでありました。

3.土砂災害
 
台風が山形市上空を通過した7日昼頃になると,降雨量は多いところでも1時間雨量が8mmと小康状態になり,午後5時17分に大雨洪水警報は解除されました。しかしながら,土砂災害等の危険がまだ残っており警戒が必要なため,職員によるパトロールを翌日8日まで引き続き行い,併せて被災個所の把握に努めました。豪雨時は住民の安全を最優先に,主に居住地の浸水被害と河川護岸の崩れにしぼって対応をしており,パトロールについても居住地付近に限られておりましたが,台風通過後は河川の水位が下がり,新たなる浸水被害の危険性がなくなったこともあり,パトロールの範囲を居住地以外の箇所まで拡大したところ,山寺地内を流れる芦沢川で土石流が発生しており,河道や農地に大量の石が堆積していることが判明しました。
 また,蔵王温泉地内では普通河川三度川に近接している,源泉の一つである湯左の沢源泉が土石流により埋没し,温泉が供給できない緊急事態になっておりました。さらにその下流300mの箇所でも土砂崩れが発生し,崩れ落ちた土砂と流木により,すぐ下流にあったホテルの露天風呂が損壊しておりました。
 現地を詳細に調査したところ,土砂崩れが発生した場所では不安定な土砂が大量に堆積していることが分かりました。これが今回の台風で大規模土石流となっていたらと思うと改めて自然災害の脅威を感じるとともに,今回発生したものは非常に小規模であり,下流域の市民の方に被害が及ぶことがなく,胸をなでおろす思いでした。
山寺地内:芦沢川土砂災害状況 蔵王温泉地内:祓川越水状況 蔵王温泉地内:三度川 露天風呂損壊

4.復旧
 今回の豪雨災害は9月上旬であり,その後も台風接近による豪雨発生が十分考えられる状況でありました。そのため,今回被災した箇所をそのままにしては,その後の大雨により被害の拡大につながるということで,早急な復旧を図る必要がありました。市道が崩落した箇所など,早急に復旧すべきものについては,台風通過後の8日から応急工事に着手し,それ以外の被災個所ついても公共災害の事業採択を受けたり,補正予算を編成するなどして対応しました。土石流発生の2箇所についても,その後の大雨で大規模な土石流が発生する恐れがあるため早急な対応が求められましたが,周辺道路が狭小で重機を現地まで進入させることすら難しい状況でありました。
 応急的な対応と並行して,下流域の安全を確保するために,根本的にどのように対処すべきか検討を重ねた結果,山形県のご尽力により災害発生から1カ月後の10月9日に災害関連緊急砂防事業として事業採択され,砂防えん堤等の整備が行われることとなりました。事業採択を受けた地区については山間部の豪雪地帯であることから,冬期間の工事が事実上不可能であるため,19年度末発注の繰越工事として早期完成に向け現在工事が進められております。


5.おわりに
 山形市では,市内を流れる主要な2河川(馬見ヶ崎川・須川)の過去の災害発生時の降水量・水位等のデータを基に「水防警戒マニュアル」を作成し,それに基づいて大雨時の対応を行っております。今回の豪雨災害に関しては,想定をはるかに超えた急速な水位上昇であったため,対応するのが精一杯という状況でありました。今回の豪雨災害を教訓に,水防警戒マニュアルの再精査をはじめとした防災体制の更なる強化が必要であると考えております。
 近年は地球温暖化等が原因とされる,異常気象による災害が日本全国で頻発しております。山形市では国や県が公表した河川の浸水想定区域を基に,市独自に解析した中小河川の氾濫区域,土砂災害危険区域,アンダーパス等の浸水危険個所を併せて記載した「山形市洪水避難地図」を平成16年3月に公表しており,人的被害を抑えるための努力をしております。しかしながら,災害に対してはこのようなソフト面の対策だけではなく,ハード面における整備も重要であると今回の災害で再認識いたしました。市民の生命・財産を確実に守るためには,ハード面とソフト面両方の整備が必要不可欠です。国・地方公共団体ともに財政的に苦しい実情ではありますが,防災・安全対策のためにも,河川改修などのハード整備を,国・県と連携しながら今後も進めていきたいと考えております。


緊急砂防事業:三度川(山形市蔵王温泉)