平成19年「台風9号」による土砂災害を受けて

岡部政幸(Masayuki Okabe、山梨県丹波山村長)

「砂防と治水183号」(2008年6月発行)より

1.丹波山村の概要
 
丹波山村は,山梨県の北東部に位置し,東京都奥多摩町および埼玉県大滝村に接する人口771人, 面積101.55km2の村であります。全村が秩父多摩甲斐国立公園に属し,標高2,000mを越える雲取山,飛竜山,大菩薩嶺などの険しい山々に囲まれており,全体の97%は山林,そのうち約70%は東京都の水源涵養林として守られ,深い緑と清らかな渓流が四季折々美しい風景を楽しませてくれます。
 村の歴史は古く,高尾成畑地区から縄文式土器や住居跡が発掘され,古くから遠い祖先が住み着いていたことをうかがわせます。甲斐国志によれば,室町時代にはすでに集落が形成され,戦国の武将,武田氏の全盛期には,黒川金山の採掘のため金山奉行が置かれ,黒川千軒,丹波千軒と呼ばれるほどの賑わいがあったと伝えられています。
 江戸時代には大菩薩峠越えの青梅と甲州を結ぶ通称「甲州裏街道」が要路でしたが,明治初年に柳沢峠越えの通称「青梅街道」(現国道411号)が重要な交通路として開かれました。昭和32年に小河内ダム(奥多摩湖)が完成してからは,東京方面への交通の便も大幅に改善され,経済,文化とも東京都への依存を深めています。
 奥多摩湖へ流れ込む多摩川は「丹波川」と呼ばれており,村を横断して西から東へと流れています。源流部は「ナメトロ」などに代表される壮大な渓谷美を醸し出すとともに,悲劇の歴史の舞台として知られる「おいらん淵」などの名勝も形づくっています。村の中心にある村営「丹波川河川敷のつり場」には春から秋にかけて終日つり天狗で賑わいをみせています。


2.台風9号に伴う村の災害対応
2.1 台風9号
 平成19年9月に発生した台風9号は中心気圧970ヘクトパスカル,中心の最大風速30m,最大瞬間風速45mと勢力を維持しながら,山梨県の東部地域を中心に北東にゆっくりと進行しました。甲府地方気象台では5日午後8時2分に県全域に大雨洪水注意報を発令しました。翌6日午前3時7分には峡東・東部地域に大雨洪水警報が,また午後1時24分には甲州市・大月市に土砂災害警戒情報が発令され,丹波山村にも午後7時30分に土砂災害警戒情報が発令されました。その後も台風は北北東に進行し,7日午前5時頃まで県内東部地域に大雨をもたらしました。
 丹波山村では9月4日午後8時より雨が降り出し,7日午後7時までに511mmの連続雨量を記録しました。また,4日午後8時から9時にかけて最大時間雨量31mmを記録しました。


丹波村山位置図


新緑の雄滝・雌滝


2.2 村の初動体制
 丹波山村では9月5日午後7時頃から雨が強くなり,保之瀬地区の不動沢,続いて滝口等の沢で土砂の押し出しが確認されました。村の唯一の交通路である国道411号は6日午前6時30分に役場入り口信号から鴨沢地区までの間が,また午前8時には奥秋地区から落合区間までが通行止めとなり,この時点で村は孤立を余儀なくされました。村では午前6時40分に災害配備職員を役場に招集し,午前9時に「災害警戒本部」,午前10時に「災害対策本部」を設置し,台風9号に備える体制を整えました。

2.3 避難勧告
 9月6日午前10時30分に杉奈久保地区の住民が災害の危険性を自主判断し,近隣公民館へ避難しました。午前11時に唐沢で土石流が発生しましたが,流路が整備されており,土石流は流路内を流下したため幸いにも被害はありませんでした。村では役場・消防職員等の巡回状況をもとに,関係者が集まり会議をして,過去の災害等の経験を踏まえるなかで,土砂災害警戒情報が発令される前の午後2時に小袖地区4世帯11人,奥秋地区49世帯115人に避難勧告を発令して,役場横の中央公民館に住民を避難させ,災害に備えました。
 この後に,強い雨が連続して降るようになり,午後10時頃,上岡沢において土石流が発生し,人家1戸が半壊,2戸が床上浸水,丹波山中学校体育館が床上浸水,更衣室が全壊するという大きな被害を受けました。




唐沢における土石流の流下状況 上岡沢の被災状況

2.4 避難勧告の解除
 甲府地方気象台より9月7日11時25分に洪水注意報が解除されたことを受け,村内各地を村役場職員,委託業者等が巡回し,危険のないことを確認するとともに,避難者の意見も参考に聴取して,小袖地区と奥秋地区に発令していた避難勧告を解除しました。


3.災害復旧への取り組み
 土石流が発生した上岡沢の上流域は数年前に樹木を皆伐したため,森林の持つ土壌の保水力・基盤力が失われ表面土砂が不安定化しており,強い降雨が降るたび地区住民等から土砂流出の危険が指摘されていました。渓流は常時豊富な水が流れていましたが,台風9号に伴う大雨により,異常な濁りが生じていたことが付近の住民,消防団員等によって確認されています。
 土砂災害の拡大を防止するため,村はただちに県に砂防えん堤の設置をお願いしたところ,災害関連緊急砂防事業を採択して頂き,県により砂防えん堤1基が整備されることになっています。さらに,今年度からは災害フォローとして特定緊急砂防事業が着手される予定です。
 村は被災した丹波山中学校の体育館の床の張り替え等の修復工事を実施しました。
 また,国道411号において斜面崩壊が発生しましたが,ここも県により災害復旧事業が実施されています。
 この災害におきましては,国土交通省や山梨県をはじめとする関係機関の方々には迅速な対応をしていただき,大変お世話になりました。この場をお借り致しまして,厚く御礼を申し上げます。

上岡沢上流の荒廃状況

4.今後の減災対策
 地球温暖化による気候変動により1時間50mm以上の強雨が増えるとともに,大規模地震の発生も予測されるなど,災害発生の危険は年々高くなっています。
 対照的に,少子高齢化の進展や過疎化の進行等により地域活力は年々低くなっています。
 丹波山村のような中山間地域においては,交通網が不十分であり,ひとたび災害が発生するとライフラインが分断され,集落が孤立化する恐れが十分にあります。
 今回の災害では,役場・消防職員等の巡回により土砂災害警戒情報の発令前に避難勧告を出し,住民の安全を確保することができました。また,避難住民に対し,女性職員等による炊き出しや消防署救急救命士等による健康管理を実施し,住民の不安払拭への援助ができました。地域住民もこの災害により防災意識が高まっています。
 今後の災害対策を進めるにあたっては,小さい村の利点である住民へのきめ細かい対応を実施するとともに,住民の防災意識をさらに高めて,「地域防災力」を強くすることが重要です。
 そのためには,地元消防団や自治会,自主防災組織など多数の住民の方々が参加する自主防災訓練等を実施するとともに,ハザードマップなどによる危険箇所の周知を着実に進めていき,災害に強いまちづくりに積極的に取り組んでまいりますので,今後ともご指導,ご鞭撻をよろしくお願いし申し上げます。