平成19年8月の集中豪雨災害について

小林昌司(Syoji Kobayashi、鳥取県若桜町長)

「砂防と治水183号」(2008年6月発行)より

1.はじめに
 若桜町は,鳥取県の東南端に位置し,東側は兵庫県,南側は岡山県に接しており,東西14.1km,南北22.7kmで総面積199.31km2,人口は4,200人と過疎化,高齢化の進んだ町であります。町総面積の95%を山林が占め,中国地方第2の秀峰氷ノ山を代表とした高さ1,000mを超える急峻な山々に囲まれた山間地でブナの自然林や高山植物など貴重な自然環境にも恵まれています。
 このようなところですから,グリーン期には登山,キャンプ,自然散策,魚のつかみ取り,冬期は屈指のゲレンデを有する氷ノ山スキー場や冬山登山など「氷ノ山自然ふれあいの里」として,関西・山陰地方の多くの方に親しまれています。
 また,当町は古くから城下町,宿場町として栄え,貴重な文化財や名所旧跡も多く残っており,国指定文化財の不動院岩屋堂,若桜鬼ヶ城をはじめ,県指定保護文化財や近代的な建造物も国の登録文化財となっていることから,新たな産業として観光にスポットをあて,これらを利用して集客を図っています。
 最近では,SLを兵庫県多可町から譲り受け,「若桜駅舎」「給水塔」「転車台」など国鉄時代の古き良きものを資源として観光客の増加に繋げて行きたいと駅周辺を整備しています。

2.経過
 8月22日17時頃から20時頃まで若桜町に39集落ある中で屋堂羅・赤松地区を中心に局所的集中豪雨に見舞われ,甚大な被害が発生いたしました。この集中豪雨により,屋堂羅川では,土石流が一気に下流域に流れこみ,流木が橋に引っかかり川をせき止めたため,河床が道路面まで上がり,家屋の床上浸水や物置小屋が流されたりしました。一方の角谷川は,河川未改修区間が土石流により氾濫し,住宅の一部や倉庫,車庫を流し,収穫前の田が川と化し,県道,町道の水没,4集落が孤立しました。大きな流木や冷蔵庫などが,本来川でない所を勢いよく流れ,自然の猛威に対して為すすべもなく,避難を呼びかける以外何もできない状態が20時頃まで続きました。
 その初期段階の様子を時系列にすると
・16:30 大雨洪水警報発令(この時点では時間雨量2〜3mm程度で緊張感もなく通常の勤務を続ける)。
・16:50 気象情報から2時間後くらいから雨脚が強くなることが予想されたので,今後の警戒態勢について総務課長と農林建設課長が協議する。警報が解除されるまで待機者(情報連絡員)5人決める。
・17:30 徐々に雨脚が強くなる。農林建設課職員は退庁せず待機。
・18:10 19:00からの課長会議中止。
・18:30 災害対策本部設置(職員の招集)。
・18:40 被害情報が役場に入り始める。
・18:50 水防団員(消防団員)招集。
・19:00 パトロール員出動。
・19:20 屋堂羅地区に避難指示。国県道の通行止め,家屋の浸水,土砂崩れ等々情報が寄せられた。
 8月23日には,被災地を視察し,被災者の方には全力で復旧に取り組むことを伝え要望を聞いて回りました。最大時間雨量86mmの雨が,ある特定地域だけに降るという,かつて経験したことのない雨が降り,日頃より集中豪雨というとテレビの中の出来事のように思っていましたが,現実にその恐ろしさを目の前で見せつけられ,その凄まじさに驚かされ被災者の方々にはかける言葉もないほどの出来事でした。
角谷川:人家全壊1棟,倉庫全壊1棟 屋堂羅川:人家半壊1棟,倉庫全壊2棟

3.被災者への支援
 8月25(土),26日(日)には役場職員,議会議員,青壮年会,その他一般の方など大勢のボランティアが集まり,復旧に協力していただきました。参加していただいた皆様に改めて敬意を表したいと思います。また,役場職員が災害復旧(ボランティア)活動に積極的に参加してくれたことは,今後の職務にも活かされるものと思っております。

4.災害時緊急支援制度
 平成12年10月の「鳥取県西部地震」をきっかけに,大規模または重大な地震災害や風水害などが発生した場合に,被災市町村の災害対策本部に入ってその活動を支援する制度があり,鳥取県知事に職員派遣の要請をしました。
 翌日2人の県職員の派遣を受け,夜遅くまで復旧に頑張っていただきました。支援の内容は,災害復旧に関する初動対応の技術支援や県,関係機関との連絡調整など経験の少ない町職員にとって大変心強く,住民のライフライン,生活道路の確保,被災護岸の仮復旧など迅速な対応ができたことが,住民に安心を与え行政と住民との良好な関係を作ることにつながり,その後の復旧活動がスムーズにでき感謝いたしております。

5.災害復旧
 8月24日には,国土交通省,国会議員,県議会議員の方々に現地を視察していただきました。このことは被災者に勇気を与えることになりましたし,平井鳥取県知事も被災現場を訪れ,できる限りの復旧をすることを約束していただきました。
 国・県の支援により,災害関連緊急砂防事業と砂防激甚災害対策特別緊急事業,災害関連緊急治山事業の採択を受けて,安心・安全な居住地にするため,緊急に整備を要する箇所と今後3年間をかけて総合的に整備する箇所に分けて事業を実施していくことになりました。災害復旧工事というと原型復旧が原則ですが,この事業は災害が起きないように事前に整備するものであり,短期間に事業箇所30カ所,総事業費30億円をかけ実施する計画です。
 関係者の皆様の格別なるご努力,ご支援,ご協力をいただき,順調に事業実施に向け進んでいることに感謝するとともに今後とも格別のお力添えを賜りますようよろしくお願いいたします。

6.多くの課題
 想定以上の状況が短時間に起こったため,水防計画による体制が機能しなかった。原因として,本部員の人員,経験不足によるものといえます。特に初動体制だけに限定して,検証してみると
1)配備体制が取れたかどうか
 管理職会議を19時に招集していたため,管理職が残っていたこと。気象情報の発表が勤務時間中ということもあり,総務課,農林建設課の職員がほとんど残っていたことで帰宅職員の呼び出しなど現有職員数の確保は比較的問題がなかった。しかし,第2非常配備から第3非常配備への移行がスムーズでなく,今回のような局地的集中豪雨の場合,状況を早く把握し,躊躇することなく早い決断が必要であった。
 第3非常配備では,情報収集のためのパトロール員の編成と役場職員で水防団(消防団)を組織しており,これらの事情から本部員の対応人員の不足により情報収集が上手くいかなかった。このようなときの情報を得る手段として,パトロール,住民情報,各関係機関との情報交換が考えられるが,正確な情報の入手と状況に応じた的確な判断の上で素早い対応が求められる。結果として住民に情報伝達することができていなかった。
 職員の居住地が以前より広範囲になってきており,招集から集合まで時間がかかることが予想される。このような緊急時において,素早く必要とする職員数を確保するためには,民間人に協力要請できるような体制づくりが必要であります。
 この災害発生後,町内土木建築業者と災害応援協定を結びました。
2)指示命令系統はどうだったか
 水防団長が本部に詰めていたが,現地分団長とのやり取りが無線機しか手段が無く聞き取りにくいなど,連携が十分取れていないように感じられた。対策として携帯電話の不感地区を無くすことが必要であり,auやドコモなど使用できるエリアを把握しておくことも必要なことだと感じました。
3)避難勧告の発令
 土石流のため床上浸水した地区において,水防団からの情報により避難指示を出し,住民に避難していただいたこと,住宅の一部が流失した地区においては,介助が必要な老人がおられたので受け入れ先の手続き等素早い対応が取れたことなど,結果として人的被害がなかったのが一番の救いでした。
 ただ,県道等が通行止めとなり孤立集落が発生しましたが,たまたま救助を必要とするようなことが起こらなかったから良かったものの,情報確認がとれない状態となり,日頃から対処方法を考えておく必要を感じております。
 また,避難勧告や避難指示を発令する場合,躊躇することなく適時・適切に発令することが結果として,人の命を守ることに繋がることになることは理解していても客観的な判断基準がないため,発令が少し遅くなりました。「避難勧告等の判断・伝達マニュアル」を早期に作成しなければならないことを強く感じております。同時に住民に対してわかりやすい防災マップを作成し,危険箇所,避難場所の周知と早期自主避難の重要性についても啓発していかなければならないと考えています。

7.防災対策の強化
 若桜町では,この災害を教訓にして自然災害から住民の生命,財産を守り,被害を最小限におさえるため,被害に対する住民の危機管理意識を高め,行政と住民が一体となって災害に強い町づくりを計画的に進めていきたいと考えています。
 具体的には,災害発生に対して円滑に対応できるよう,防災訓練を実施したり,町消防団,自警団,広域消防による合同訓練や啓発活動を強化し,自分が住んでいる地域は自分たちで守るという住民の意識の高揚に努めるとともに,防災体制の充実を図って行かなければならないと思っております。

〔施策〕
1.地域防災計画の見直し,防災マップ,職員・住民の行動マニュアルを作成すること。
2.災害情報,気象情報を的確に提供するため,老朽化した防災行政無線の更新を図ること。
3.防災訓練を実施し,住民の防災意識を高め,自主防災組織を育成,支援すること。
4.大災害に備え,災害物資を備蓄し,防災資材を整備すること。
5.土砂災害,水害を防止するため,砂防事業,治山事業,河川改修,急傾斜地等の防災工事を計画的に推進すること。
6.町水防団,自警団など水防体制の充実を図ること。

 「災害は忘れた頃にやってくる」を教訓に一歩前進したいと思います。若桜町としても1日も早い復旧を願っており,災害復旧には万全を期したいと思っております。