備えあれば憂いなし

扇谷豪(Tuyoshi Ogidani、島根県西ノ島町長)

「砂防と治水184号」(2008年8月発行)より

○はじめに
 西ノ島町は日本海西部に位置し,島根県の沖合に点在する隠岐諸島の島前3島地区にあり,町名と同じ「西ノ島」,一島で一町を形成しています。島の大きさは東西に約13km,南北13kmで総面積約56km2です。
 地形は平地が極めて少なく火山島特有の急峻な山地が大部分を占めており,古代の火山のカルデラが噴火,カルデラ湖となり地殻変動により現在の島々になったと考えられています。西ノ島は焼火山451.7mと高崎山434.5mに挟まれた形になっています。浦郷湾は,これらの山と他の島に囲まれた天然の良港となっています。外海に面した海岸は風波に削りとられた岩肌が露出し200mクラスの断崖になっているところが多く,特に約7kmに及ぶ国賀海岸沿いは,海蝕作用で奇岩怪礁, 天然石橋, 洞窟や297mの断崖を形成し,国の名勝として指定を受けています。
 気候は海洋性気候で周辺の暖流の影響から平均気温14.4度,年間降水量は平均1,670mm程度と過ごしやすい気候となっています。
 離島であるがために貴重な動植物や自然があり,ヒメボタルやホシミスジなどの珍しい昆虫や天然記念物のオオミズナギドリ,キジなどの多くの生き物が生息しています。また,植生はクロキズタなど貴重な植物も生育しています。
 地域文化も律令時代からつづく遠流の地であったため後鳥羽上皇,後醍醐天皇など中央の文化が島内の一般庶民に影響をあたえています。言葉など島根,鳥取圏とは異なっており,影響が残っています。町勢としては人口3,486人(平成17年),高齢化率36.7%(平成17年),主な産業は農林水産業と観光産業の町です。
 全国の各町村と同じく急速に進む少子高齢化,過疎化の進行,住民の価値観や意識の変化,高度情報化社会などの情勢の変化に対応を迫られています。
 西ノ島町は「いきいき暮らし,喜び,誇りのもてる町」を目指し,なかでも「安全と安心を確保する基盤づくり」は重要な施策の一つです。

通天橋・国賀の風景

○平成19年度隠岐豪雨災害について
 
西ノ島は火山性の島であることから流域面積が小さく,河川も急流で時々,道路の路肩が落ちる程度の「大きな災害はない町」を自負していましたが,平成19年8月30日未明からの降雨は,美田ダム観測史上最高の時間雨量114mmを記録する豪雨で,短時間に局地的に降るゲリラ豪雨でありました。本郷川,赤ノ江川など谷部では土石流が発生し,各所でがけ崩れ,山腹崩壊等発生しました。町道,農道,林道の通行止めは50カ所を超え,住家被害4棟,床上浸水41件,床下浸水183件,その他施設浸水85件,船舶被害6件など夜間に発生した災害でおそろしい夜となりました。
 午前0時から2時の深夜に発生した災害で,交通網が寸断され,地域の情報が集まらない,職員の参集も困難な状況が起こりました。災害対策本部は31日午前1時に設置し,情報収集と対応にあたりましたが,避難の時期,方法,地区の避難所,物資の備蓄,配布など課題があったと感じています。
 大山地区では急傾斜指定地区の13世帯に避難勧告が発令され,宇賀地区は土砂崩れにより2日間孤立し,物資の海上輸送の緊急措置を必要としました。黒木小学校,美田小学校では床上浸水に見舞われました。また,上下水道などのライフラインも大きな影響を受け,生活関連施設の復旧に追われることになりました。公共土木施設被害約6億2千万円,農林水産被害約6億2千万円など合計で約13億4千万円の被害を生じましたが,人命の被害がなかったことは幸いでした。被災から6日目には知事の視察,国土交通省の緊急調査など,早期復旧のための助言と指導を頂き,10月9日には災害関連緊急砂防事業の採択,数回に亘る災害査定で公共,農林災害の事業採択を無事に受けることができました。

別府地区 赤ノ江地区

家屋被害(急傾斜地) 耳浦川(土石流が発生し護岸流出)

○災害への対応
 町内各地からの報告により,地域整備課,総務課,生活環境課,消防団員を現地に派遣し,危険度を判断し,島根県島前事業部と協議しながら避難勧告,警戒体制を構築していきました。地域住民も水の音や土砂の状況などで危険を感じた人々が声を掛け合って自主避難を行っています。
 町としては確認された情報をもとに危険のある道路の通行不能情報や気象情報,避難施設,被災ゴミの処理,物資の配布など可能な限り防災無線により情報を発信しました。
 消防団,地域住民,建設会社,職員で復旧作業にあたり,炊き出し活動や消毒活動など地域全町一丸となって活動しました。
 地域の住民が声を掛け合う島ならではの共同意識が復旧復興の要になっていました。人的な被害がなかった最大の理由も地域の共同意識がまだしっかり残っていたからではないかと思います。
 大災害になって町は平成19年9月に災害対策室を新設し,災害復旧に向け組織の改正を行い,土木公共災害については金額ベース発注率51.4%(平成20年5月31日),個所数ベースでは75%(同)を発注しております。今回の災害では町が事業主体となる「地域防災がけ崩れ対策事業」に取り組んでいます。また,県事業として「災害関連緊急砂防事業」が本郷川,赤ノ江川で採択され,その他,再度の被災を防止するための「特定緊急砂防事業」の採択など早期復旧と安全度の向上に県のご尽力をいただいているところです。
 近年にない大災害であり,災害復旧事業のノウハウを吸収し,人員の不足をカバーするため島根県職員の派遣を依頼した結果,平成20年4月から県職員1名を西ノ島町災害対策室に配置し対応しております。人的な支援を広域的見地から派遣決定していただき感謝しています。
 財政的な負担と並んで人的な負担についても災害時には重要な課題です。激甚災害指定により財政負担は軽減されますが,災害対応のノウハウや人材の育成は短期間では小規模自治体には困難です。国,県,広域的な自治体同士の援助など制度の確立を期待します。特に島前3島には地理的な壁と単独町村との行政の壁はありますが,職員の人材育成や災害対応の協働体制について今後,県を含めた検討が必要と感じます。西ノ島町では20年度中に組織改正を行い,土木技術系の職員を集約し,技術ノウハウの継承と事業執行体制,危機管理の強化を図る予定です。
知事視察状況

○今後の課題(備えあれば憂いなし)
 今回の災害からいくつか課題がありましたので反省を含め列記してみます。
(1)職員の参集体制
 今回の災害では職員の参集体制が土砂崩れにより円滑にできない状況でパニック状態であったことから参集場所,避難場所に地元職員の配置を行うことにより非常時に備えた体制作りを考える。
(2)実践的な防災マニュアルの整備
 机上訓練や住民参加の訓練を通して問題点を把握し,使えるマニュアルを作成する。
(3)住民への情報提供と維持管理
 災害時の情報伝達手段の重要性を実感した。防災無線や戸別受信装置が情報伝達の重要な手段となったが,実際の避難に結び付ける情報の発信に工夫が必要である。また,情報が集まらない中,情報不足から住民の不安が増すことが感じられた。不安解消のため,情報提供の伝達に工夫が必要である。平成20年4月からは雨量情報や警報注意報など防災情報を,携帯電話やパソコンにリアルタイムで受信できる防災メールシステムが島根県で運用が始まったところであり,このシステムの住民登録を増やすなど働きかけたい。
 また,側溝の埋塞による被害の拡大や排水路の未整備箇所の崩落など平素の定期点検などで予防できる維持管理の重要性を認識した。
(4)避難施設の設定
 今回の災害でも指定避難所の黒木,美田小学校が浸水し,避難所の見直しが必要となった。深夜の災害は周辺事情が不明で,避難をすること自体が危険な場合もあり,早期に避難勧告を考える必要があったと反省している。しかし,今回のようなゲリラ的局地豪雨は予測技術の追いついていない部分で,判断材料に苦慮している。避難勧告等を考えるためには,実際の現場状況がどうなのかが重要であり,消防団など防災関係者からの情報を踏まえて総合的に判断している。具体的には次回の地域防災計画の見直しに考え方を整理したい。毛布・食糧・発電機・土のう等の必要資材を計画的に整備したい。
(5)防災意識を高める工夫
 人口減少が続く中では行政や消防団だけでは対応が難しくなっており,女性団員の活用など地域防災組織の人員が増える努力を行いたい。
 小学校,中学校など教育の場で地域の防災について考える機会を設け,家庭からの防災意識向上を図りたい。
(6)更なる災害に備えて活動
 防災訓練など地区の防災力を高める工夫 高齢者など災害時要援護者の対応など警戒避難体制の構築のため名簿作りや防災リーダーの育成を行いたい。
 関連機関との情報交換,人材交流,知識の継承など組織力の向上を図る。民間建設会社の育成策も島の特殊事情から必要である。
(7)着実な施設整備
 今回の災害でも施設の整備がある個所は被災がない。施設の着実な整備を進めることが重要。

○おわりに
 災害で失ったものは大きいですが,住民同士の絆の強まりをなど多くの方々からの協力と勇気を再発見できました。隠岐支庁職員ボランティアの方々の復旧作業,お見舞いの物資を届けて頂いた会社の皆さん,地元住民の奉仕作業,消防団と地元建設業者の昼夜を問わない復旧(自宅が被災しているのに作業に従事する方もおられました),県からの専門家の派遣など多くの方の支援に感謝をしております。
 現在,災害復旧事業は着実に進んでおりますが,日頃から「自然の怖さ」を肝に銘じ,関係者の皆様の支援の下,早期に復旧工事を進め,町民の不安解消と防災に努めていきたいと考えます。