平成19年「台風9号」の災害を受けて

岩井賢太郎(Kentarou Iwai,群馬県富岡市長)

「砂防と治水186号」(2008年12月発行)より

1.はじめに
 富岡市は,群馬県の南西部に位置し,県都前橋からは約30kmの距離にあります。西には上毛三山のひとつである標高1,104mの妙義山,南には標高1,370mの稲含山,北は小高い丘陵地帯で,東は関東平野に続く平坦地にあります。人口は約54,000人,総面積は122.90km2です。
 本市は「山紫水明」と形容されるように,市街地を一級河川・鏑川とその支流である一級河川・高田川が流れ,緑濃い山々と清流が大きな特徴であり,人々は河川沿いに集落を形成し,暮らしを営んできました。周囲を山に囲まれた自然豊かな市であると同時に,上信越自動車道及び関越自動車道によって東京から約100km,1時間で結ばれており,このアクセスの便利さが大きな特徴となっております。
 観光面では,明治政府による「殖産興業」の一翼を担うべく,日本で最初に建設された「官営の富岡製糸場」が,往時の姿のまま現存しております。この「富岡製糸場」は平成19年1月23日に,ユネスコ世界遺産暫定リストに追加記載をされました。このことにより,昨年中に製糸場を訪れた見学者は,26万5千人となっております。

2.台風9号の災害対応
 台風9号は,平成19年8月29日午後3時に北緯21.7度,東経156.1度付近で発生し,9月5日午前9時には中心気圧965hPa,中心付近の最大風速35m/s にまで発達しました。その後,日本の南海上で進路を北に変えて7日午前2時前,神奈川県小田原市付近に上陸し,さらに関東地方及び東北地方を北上しました。本市においては,台風の周りの暖かく湿った空気による雨が,5日早朝から降り始め,同日夜には時間雨量73oの豪雨となり,さらに6日から7日の朝方には, 総降水量568oと本市としては未曾有の雨量となりました。5日の午後7時13分に大雨洪水警報が発令され,本市の地域防災計画に基づき午後7時53分に災害対策本部を設置し,情報収集などの警戒にあたりました。
 その後も風雨が強くなり土砂災害発生の危険性が高まったため,午後9時45分,土砂災害警戒情報が発令されました。本市においても現場パトロールを強化していたところ,神農原地区及び一ノ宮地区において土砂崩壊の恐れが出てきたので,午後10時32分に14世帯38名の方々に避難勧告を発令しました。
 その後も災害対策本部には,パトロールにあたっている職員や市民から被害状況や,危険箇所の状況等が次々に届き,市民生活の安全を思うと胸が痛む思いでありました。6日の夜には,市街地の南部を流れる一級河川・鏑川の水位が急激に上昇を始めたため,河川沿いの市民の生命に危険が及ぶと判断し,午後11時に富岡地区の住民3世帯6名に対し避難勧告を発令しました。その後も降り続く雨により市内各地で溢水の危険や被害の発生が相次ぎ,自主避難された住民は市全体で118世帯の302名でした。
 7日の朝には河川の水位が下がり,洪水被害の危険が去ったと判断し,同日午前10時40分から随時避難勧告を解除いたしました。私自身も浸水被害が発生した酢の瀬団地の被災状況を把握すべく現場に出向きましたが,すでに宅地等への浸水は治まっておりました。
 しかし,家屋等への浸水による被害が甚大で,とても手のつけられない状況でありました。そこで,被害家屋の家財道具等の片付けおよび,土砂や流木等の除去作業を行うため,防災行政無線で市民に災害ボランティアを呼びかけたところ大勢の方々に集まっていただき,2日間に亘り市職員と合同で後片付けの作業を行いました。おかげさまで被災された家屋周辺もきれいになり,感謝の声も聞こえております。私は,市民の方々の力を合わせる姿を拝見して,地域コミュニケーションの大切さ,素晴らしさを実感するとともに,頭の下がる思いでした。
 富岡市では,これまでに今回のような大勢の市民の方々に避難勧告を発令したのは初めてのことでした。避難していただいた市民の方には大変なご苦労をおかけいたしましたが,大きな混乱も無く迅速に対応できましたのは,日頃からの備えがあってのことだと思います。
 今回の台風9号による被害状況は,軽傷者1名,住宅・非住宅の全壊,半壊及び一部損壊合わせて10棟,床上・床下浸水113棟,公共土木施設は河川・道路合わせて104箇所余りが被災するという大きなものでした。この災害で負傷されました方には,心よりお見舞いを申し上げます。
3.土砂災害
 台風が通過した7日の早朝には雨が上がり,直ちに被災箇所の調査を開始いたしました。災害が発生した一ノ宮地区においては,法面が崩壊し土砂が国道254号まで流出して,通行ができない状態となっておりましたが,幸いにも民家には影響が無く不幸中の幸いでありました。なお,国道側への土砂の再流出を防ぐため,富岡土木事務所で迅速に応急工事を行い交通の確保をしていただきました。
 神農原地区の斜面崩壊現場では,土砂の一部が泥流となり民家に流入しました。しかし,この箇所は,以前,急傾斜地崩壊対策事業によりロックネットが設置されておりましたので,住家等への被害は最小限に押さえられたことが幸いでした。妙義町山下地区では,住家の裏山の山腹が崩壊し,大量の土砂が流出しました。また,「道の駅妙義」の北側法面が地すべりを起こし,建物の基礎部分が露出した状態となったため,営業を一時休止と
し利用者の安全確保に努めました。今回の災害の特徴は,総雨量及び雨量強度が記録的であったことから,過去に被災を受けていないところでも数多く崩壊し,改めて自然災害の脅威を感じました。
道の駅妙義(左:被災時,右:現在)
一ノ宮地区(左:被災時,右:現在) 神農原地区(上:被災時,下:現在)

4.災害復旧
 今回の豪雨災害により被災した箇所については,市民生活の安全を確保するため早急に復旧工事等を実施する必要がありました。市道が崩落した箇所など,早急に復旧すべきものについては,速やかに応急工事に着手し,それ以外の被災箇所についても公共災害の事業採択を受けるとともに,補正予算等により対応いたしました。土砂崩壊が発生した4箇所につきましても,県にお願いし,その後の雨により再崩落が発生しないように応急処
置を実施し,緊急急傾斜地崩壊対策事業・災害関連緊急事業(地すべり)として整備が行われることとなりました。事業採択を受けた地区については,19年度末に発注され,現在では殆ど完成しております。
 しかし,県道宇田・磯部停車場線の地すべり災害については,その後の降雨により再び地すべりが発生したため,無人化機械を使用し早期復旧に努力していただいているところです。
 今回の災害では,国土交通省ならびに群馬県をはじめとする関係機関の方々には,迅速な対応をしていただき大変お世話になりました。この場をお借り致しまして,厚く御礼申し上げます。

5.おわりに
 今回の災害を教訓とし,水防警報区間等の見直しをはじめとした防災体制の更なる強化が必要であると考えております。
 近年は地球温暖化等が起因とされる,異常気象によるゲリラ的な豪雨が頻発しており,都市型水害の被害が多く見受けられるようになってきており,これらに対応するための整備が急務であると考えられます。市民の生命・財産を確実に守るためには,ハード面とソフト面の両方の対策が必要不可欠であります。国・地方公共団体ともに財政的に厳しい状況ではありますが,市民が安全・安心に暮らせるためにも,国・県と連携しながら今後も体制の強化を進めていきたいと考えております。