平成19年「台風9号」災害を受けて

大橋俊二(Shunji Ohashi,静岡県裾野市長)

「砂防と治水187号」(2009年2月発行)より

1.はじめに
 
裾野市は静岡県の東端に位置し,東に箱根外輪山の山なみがあり,西には愛鷹山がそびえて,ともに森林地域を形成し,北は富士山麓の広大な原野がひらけ,南は駿河湾に向かってゆるやかな平坦地が広がる,その名のとおり日本のシンボルである霊峰富士の「すその」にある美しい自然に恵まれた緑豊かなまちです。本市は,東西23.5km,南北23.0km,総面積138.39km2,その地勢は標高差が約2,000mと起伏が激しく,河川は富士山から愛鷹山の山麓側に佐野川,中央に黄瀬川,箱根山麓側に大場川・泉川・入田川という一級河川が市内を南北に流下しています。

 産業面では,長らく農林業が主力産業として栄えてきました。しかし,東京からおよそ百キロという地理的条件,広大な土地などに恵まれ,昭和30年代の裾野町時代に始まった積極的な工場誘致政策も功を奏し,自動車関連企業等により,現在では人口も5万4千人を超え県下トップクラスの増加率となっており,富士山麓の小さい農林業中心のまちから,工業都市へと大きな変貌を遂げました。また,平成7年には「健康文化都市」を宣言し,赤ちゃんからお年寄りまで,すべての市民が健康で文化的な豊かさを享受でき,安全で安心して暮らせるまちづくりを目指しているところです。
裾野市位置図
2.これまでの土砂災害対策
 市内の富士山麓には,陸上自衛隊の東富士演習場となっている広大な原野があります。台風などの際には,降雨がそのまま佐野川・黄瀬川水系に流出していたため,大雨による被害が度々発生していました。その対策として,昭和59年度から平成15年度にかけて静岡県東部農林事務所により東富士演習場内に調整池を3基設置していただいたところ,佐野川水系の災害は激減しました。
 近年,各地で局地的な集中豪雨が発生していますが,裾野市でも平成2年9月に時間雨量100mmというこれまでに経験したことのない局地豪雨が箱根西麓に発生し,泉川・入田川・大場川が土石流により氾濫し大きな被害を受けました。この後,平成16年度までに沼津土木事務所により,泉川上流に1基,入田川上流に2基,大場川上流に1基の砂防堰堤を設置していただき,市内の主要な河川での治水対策が一段落し,一安心したところに今回の台風9号が襲来しました。

3.台風9号について
(1)雨量について
 台風9号は,南鳥島の南海上で発生し,9月7日午前0時に静岡県伊豆半島南部に上陸しました。本市では9月5日午後3時過ぎより雨が降り始め,翌6日午前9時48分に大雨洪水警報,午前11時には暴風雨警報が発令されました。その後も風雨は強まり,午後2時以降は7日の午前0時まで常に時間雨量20mmを越える大雨となり,降り始めからの総雨量は435mmにも達し,隣接する神奈川県箱根町では663mm,静岡県御殿場市では631mmと記録的な大雨となりました。
(2)災害への対応について
 台風による雨が本格化した9月6日は,通常勤務の中で対応をしました。平成20年7月の台風4号では水門の閉め忘れによる被害が多かったため,午後3時までに市内の水門を点検し,「応急復旧工事等に関する協定」を結んでいる裾野市建設業協会に災害対応への準備と会社での待機を要請しました。終業後は防災・建設担当部署による配備体制をとっていたところ,午後7時頃に大場川上流部の住民より危険水位の通報があったので,公民館への自主避難の呼びかけをしました。それ以降は,住民や巡回中の消防署員より黄瀬川や大場川が氾濫する恐れがあるとの通報が相次ぎました。被害の大きい峰下市ノ瀬地区に対して消防の出動を要請しましたが,消防車両が現地に到着した直後に大場川沿いの市道が50mにわたり崩落するという災害が発生しました。4台の消防車が現場を通行した数分後の出来事だったと聞き,胸をなで
おろす思いでした。午後8時以降も雨は降り続き,泉川・入田川・大場川の曲線箇所や橋梁箇所の多くで氾濫をはじめ,現場からの被害報告はパニック状態となってきました。
 午後8時15分には,災害対策本部を設置し,水防配備職員を総動員する第一次配備体制をとり,全戸配布された広報無線機を通じた広報活動,自主避難をした地区への職員派遣,冠水道路の警戒,土のう設置等の災害対応にあたりました。
 午後8時40分には,静岡県として初めての土砂災害警戒情報が,裾野市を警戒対象に含めて発表され,午後9時2分に避難勧告発令の検討について情報提供があり,午後9時30分に峰下市ノ瀬地区に対して避難勧告を発令しました。その後も河川の水位が上昇したため,午後11時40分に石脇地区及び伊豆島田地区に対しても避難勧告を発令し,計3箇所32世帯86名に避難勧告を発令することとなりました。
 7日午前0時を過ぎると風は強いものの,雨は急激に弱まってきたため,午前2時30分には第一次配備体制を解除し,配備体制を縮小しました。
 7日の朝から,孤立した消防車両の救出活動を開始しました。市道の崩落によりこの地区への進入路は,箱根山中腹を横断する広域基幹林道のみとなりました。しかし,林道でもいたるところで土砂崩れや倒木があり,救出作業には3日間を要しました。この地区には50世帯の住民が生活し,他にも老人福祉施設やレジャー施設などもあり,日常多くの車両が往来していました。市道が仮復旧するまでの1カ月間は,山あいにある幅員2m程度の林道を活用することで生活の足の確保をすることに努めました。

(3)被害の状況
 今回の災害の特徴は,箱根山系の斜面が崩れ,立木と土石が押し流されて土石流となり,下流の橋梁や曲線部に流木が詰まり瞬時に河川が氾濫したことにあります。物的な被害は,家屋全壊2棟,半壊1棟,一部損壊3棟,床上浸水10棟,床下浸水36棟,田畑浸水4ha,道路被害10箇所,がけ崩れ2箇所でしたが,幸いなことにも人的な被害はありませんでした。
 被災直後から復旧作業を続け,平成20年度末までに市道や河川の工事をほぼ完了します。また,大場川上流では災害関連緊急砂防事業による砂防堰堤の設置,入田川では護岸改修工事等の事業も沼津土木事務所より進められているところです。
 今回の台風災害では,静岡県をはじめとする関係機関の皆様には,迅速な対応をしていただき大変お世話になりました。この場をお借りしまして,厚く御礼申し上げます。

被災状況(峰下市ノ瀬地区)

被災状況(広域基幹林道) 建設中の砂防堰堤(大場川上流)

4.今後の防災対策
 台風9号による被災体験を貴重な教訓として,裾野市民の生活の安全を確保するために,ソフト面とハード面の両面から,自然災害に対する防災体制をより強化すべく様々な事業を進めています。
 防災に対する市民の意識の高揚を図り,周辺の危険箇所や避難場所を周知するため,最新の「土砂災害警戒区域」を掲載した裾野市防災マップを作成し全戸に配布しました。また,平成20年6月には,裾野市で初めて「土砂災害に対する防災訓練」を峰下市ノ瀬地区において実施し,災害時に迅速な避難行動ができるように地区の防災体制の強化を行いました。このような住民と行政が協働した防災活動は今後も継続していく必要があります。
 今回の台風災害では,箱根山麓の河川に設置された4基の砂防堰堤が土石と一緒に流木も受け止めたことで,下流への流木の散逸を防ぎ,河川の氾濫を最小限に抑えることになりました。これまで長年かけて整備した砂防施設の効果を実感しました。
 今後も,国・静岡県の協力を得ながら,防災施設の整備を進めるとともに,災害に対する配備体制の強化に努めていきたいと考えておりますので,ご支援をお願いします。
土砂災害に対する防災訓練の様子