平成20年7月豪雨による被害と今後の対策

山出保(Tamotsu Yamade,石川県金沢市長)

「砂防と治水188号」(2009年4月発行)より

1.はじめに
○金沢市の概要
 金沢市は,石川県のほぼ中央に位置し,東側は白山連峰から延びる山間地で,西側は日本海に面しています。
 市域は,白山山系から連なる山々を背に日本海に至り,金沢城を中心に広がる市街地は,3つの台地とその間を流れる犀川,浅野川2つの河川を中心に形成されており,起伏に富んだ地形を形づくり,山や
海,緑など豊かな自然に恵まれています。
 金沢市は県庁所在地として,石川県の行政・文化・経済の中心として発展を続け,行政面積467平方キロメートル,人口45万5千人,世帯数18万5千世帯の中核市であります。


位置図

2.降雨の状況
 当日の気象状況は,北陸付近に停滞前線があり,ゆっくり南下し,この前線に伴う雨雲が28日未明から強まり局地的な大雨を降らせました。
 市の東南部の二級河川浅野川上流に架かる芝原橋では,午前4時から7時までの3時間に,それぞれ時間雨量26mm,114mm,111mmの計251mmを記録する猛烈な豪雨に見舞われました。
 一方,市の北西部の平野部にある金沢地方気象台では,時間最大雨量19.5mmであり,金沢市東南部の二級河川浅野川上流域を中心とした,まさに局地的な集中豪雨でありました。


降雨の状況
3.土砂災害警戒体制
 本市の土砂災害警戒体制は,大雨警報発令時に職員9名による第1次非常配備体制に入り,石川県の土砂災害警戒情報システムによる3時間後予測がクリティカルライン(CL ライン)基準値を突破すると予測された場合には15名体制による第2次の,さらに状況に応じ,25名体制による第3次非常配備体制をとることとしています。
 土砂災害に関する最初の被害報告は午前6時50分,浅野川上流部に位置する芝原地区からがけ地崩壊の恐れありとの通報があり,パトロール班1班を出動させました。
 午前7時5分には金沢市に土砂災害警戒情報が発表され,第2次非常配備体制を敷き,土砂災害警戒システムの監視を続けるとともに,随時,パトロール出動を行いました。

4.避難勧告等の発令
 本市では,大雨警報発令と同時に災害対策本部準備室を設置し,その後,災害対策本部へ移行し,湯涌地区での被害が判明した午前8時に湯涌校下へ避難準備情報を発令し,また,8時20分,浅野川の中下流域に避難所開設指示,8時45分避難勧告,8時50分,避難指示を発表することとなりました。
 次第に,山間部での被害の状況が判明してくるにつれ,16時15分芝原町へ,29日には折谷町へ,30日には辰巳町及び板ヶ谷町へ避難勧告を発表しました。


5.被害の状況
 この大雨による被害は,上流部では土砂災害及び河川の溢水による浸水,中流部の市街地では,溢水による床上,床下浸水が主なものであり,2,000棟以上の建物で被害を受ける結果となりました。
 このうち,土砂災害については,上流部芝原橋周辺の湯涌地区で,山腹崩壊や土石流による,人家への被害などが発生しました。
 浅野川の支川の板ヶ谷川では,上流からの大量の土石流により,砂防堰堤が破壊されました。
 ただ,これだけの土砂災害や洪水があったにも関わらず,人的被害が皆無であったことが何より幸いであったとあらためて感じているところであります。
被害状況
土石流により損壊した家屋 板ヶ谷町砂防堰堤

6.本格復旧に向けて
 災害発生直後の7月29日には,災害救助法が適用され,さらに8月29日には,局地激甚災害の指定を受けるなど,国・県の支援を受け,本格復旧に取り組んでまいりました。
 2月末現在で土木関係,農林関係を含め概ね災害復旧工事の発注を終え,本年秋ごろまでには復旧工事が完了する見通しとなっております。

7.土砂災害警戒体制強化に向けて
 今回の水害は,200年に1回という想定を超える大雨によるものでしたが,本市の土砂災害警戒体制や市民への情報伝達などの面で,課題が浮かび上がってまいりました。
(1)防災情報の伝達強化
 本市の防災情報の伝達手段として主なものを挙げると,同報防災無線やメール配信による金沢ぼうさいドットコムなどがあります。
 しかし,山間部の地域においては,地形的に音声が届かない町会が存在すること,高齢者世帯が多く,メールの活用に課題が生じていることなど,今回の災害において,その課題が浮き彫りとなりました。
 危険性の認識が難しく,突発的に発生する土砂災害から被害を軽減するには,正確な情報を迅速かつ効果的に地域住民に伝達し,早期避難行動に移すことが何よりも重要であります。
 その対策として,山間部の地域を対象とした「情報表示システム」の導入を進めることといたしました。
 このシステムは,各町会長等の自宅内に,情報を受信する電光表示端末を設置し,市から発信される防災情報をリアルタイムに端末に表示させるものです。
 これにより,より迅速な情報伝達・避難行動の実施や,情報不足による不安の解消などの効果を期待しております。
(2)山間地における避難所の確保
 本市では,小中学校,公民館などの市公共施設を避難所に指定しています。
 しかし,山間部の地域においては,小学校通学区域が広いうえに,各町会(地域の自治会)が点在しており,結果として指定避難所に避難する際にはかなりの時間を要すること,避難経路上で被災する可能性があります。
 そこで,本市では平成19年度に「かなざわ災害時等協力事業所登録制度」を創設し,共助の強化を図ってきました。これは,事業所も地域の一員として,災害が発生した直後からボランティア精神を発揮し,出来る範囲で防災活動に協力していただくことを目的に創設した制度です。
 現在,254箇所144事業所から人材協力をはじめとする各種の登録があり,今後は山間部の事業所に対し,避難所施設としての協力をいただけるよう,自主防災組織と連携を図りながら登録の促進を図っていくこととしています。
(3)警戒避難体制の整備
 災害による被害を軽減するためには,地域防災力の向上を図る必要があり,自助・共助・公助の基本原則に基づいた地域の警戒避難体制を整備しなくてはなりません。
 その基本的考え方として,次のことがあげられます。
 ○災害の特徴・危険性
 ○住民に求められる役割
 ○行政に求められる役割
 以上を,住民と行政がまず共通認識として持つことが大切であり,その上で,お互いが連携・協働して,
 ○住民と行政の対話
 ○防災訓練の実施
 ○地域コミュニティの強化
 ○情報の共有
を行いながら警戒避難体制を整備していかなければならないと考えており,平成18年度より,「かなざわコミュニティ防災士育成事業」を行い,各自主防災組織から推薦を受けた地域住民の方,企業の方などを対象に,これまでに210名の防災士を育成してまいりました。
 本市としては,地域の状況を熟知し,防災知識・技能を有した「コミュニティ防災士」の存在は,その地域の防災力向上に不可欠であると考えており,今後も継続して育成を図ってまいります。

8.おわりに
 本市では,これまで大きな自然災害を経験したことが少なく,職員にも危機管理に対する認識が不足していた部分があったのではないかと思います。
 市民の安全・安心の確保は地方公共団体の基本的・基礎的な責務であり,今回の水害を貴重な教訓として,今後の土砂災害警戒体制に生かしていくとともに,日頃から危機意識を持ち,非常時には,的確な対応が取れるよう備えていきたいと考えております。
 最後に,被災された市民の皆様に心からお見舞い申し上げますとともに,各方面からいただいた多大なるご支援に対し,この場をお借りして感謝を申し上げます。