「平成20年8月末豪雨」から学ぶ

黒須隆一(Ryuichi Kurosu,東京都八王子市長)

「砂防と治水188号」(2009年4月発行)より

1.はじめに
 本市は,都心から西へ約40キロメートル,新宿から電車で約40分の距離に位置しています。地形はおおむね盆地状で,北・西・南は海抜200メートルから800メートルほどの丘陵地帯に囲まれ,東は関東平野に続いています。
 大正6年の市制施行から90年を経た現在は,54万の市民を擁する首都圏西部の中核都市であり,21の大学を抱えた学園都市として発展を続けています。
 また,日本100名城にも選ばれた小田原北条氏最大の支城である,古の八王子城跡を有し,観光地やレストランの格付けで有名な「ミシュラン」初の日本版ガイドブックにおいて,観光地として最高の格付けである三ツ星評価をいただいた「高尾山」も有する水と緑が豊かな街でもあります。
 平成に入ってからの主な災害は,家屋などに被害を及ぼしたものが13件あり,特に平成11年8月14日の大雨では,家屋被害半壊2,一部損壊1,床上浸水10,床下浸水62,がけ崩れ42(うち大規模3),道路被害64,河川被害69,断水11,ガス不通7,停電3,000,避難所開設4箇所,31世帯自主避難という大きな被害を受けました。

2.平成20年8月末豪雨
 8月28日夜から29日未明にかけて,突然八王子市を襲った集中豪雨は,事前の予測が極めて困難な「ゲリラ豪雨」とも呼ばれるもので,自然の恐ろしさを改めて認識させられるものでした。気象庁により命名された,この「平成20年8月末豪雨」は全国で猛威を振るい,本市においても大きな被害を受ける結果となりました。
(1)気象概要
 八王子市は,昭和58年に独自の気象観測を行っている自治体として天気相談所を設置し,災害対策のために情報収集を図るとともに,観測によって得られたデータを気象解説予報などに幅広く活用しています。
 8月28日から31日までの4日間は,南からの非常に湿った空気が流れ込み,発達した雷雲が次々と発生した結果,記録的な大雷雨となりました。この4日間の降水量は,市役所に設置した雨量計で280mm,高尾山付近で333mmを観測し,大雨洪水警報が毎日発表されるという異常な気象状況でした。
(2)住民避難
 28日21時58分に大雨洪水警報が発表され,大きな雷とともに市内全域で雨脚が強くなってきました。特に市内西部浅川地域の広い範囲で強い雨が観測され,初沢地区では,がけ崩れや土石流の発生により車庫や自動車が押し流され,また廿里地区では河川の増水やがけ崩れの危険があるとして,23時59分に初沢地区の133世帯,29日1時15分に廿里地区の20世帯を対象に避難勧告を発令しました。これらの地区以外の自主避難を含めて,浅川中学校や市民センターなど8箇所の施設に約260名の方が避難されました。

29日午前の浅川の増水状況 初沢地区土石流により流された車両
(3)市及び消防団活動状況
 
市は,28日21時58分に大雨洪水警報が発令されたことで水防緊急連絡体制として10名の職員が参集し,23時48分には市内の被害状況を鑑み水防第1非常配備態勢に移行。170名を越える職員が夜を徹して,避難勧告や避難所の開設・運営,浸水防止等の対応を行いました。
 消防団は,28日22時45分に水災第1非常配備態勢として143名が,23時55分には水災第2非常配備態勢として総勢892名が出動。警戒巡視及び被災情報の収集,避難勧告地区における避難誘導,土のう積みなどによる内水排除作業を昼夜問わずに行い,29日17時30分,水災非常配備態勢解除に至るまで,延べ,899名(態勢解除後の各種活動も含む)の団員が災害対応を行いました。
 なお,消防団は今回の献身的な活動やこれまでの功績が評価され,平成20年11月21日「平成20年度水防功労者国土交通大臣表彰」を受賞しました。
(4)被害状況等
 記録的な豪雨による災害であったにもかかわらず,町会・自治会・自主防災組織の行動や,消防団による避難誘導などが的確に行われ,人的な被害は1件もありませんでした。しかし,浸水やがけ崩れなどの被害は大きく,建物の全壊1棟,一部損壊4棟,床上浸水36棟,床下浸水151棟,がけ崩れ30件の被害を受け,道路・水路などに係る住民からの被害連絡件数が668件ありました。
 ライフライン及び交通機関の被害状況は,
@落雷による停電1,822軒
Aガス管断裂による供給停止1件
B消火栓・水道管の破損,給水所内の法面崩落等による水道被害7件
Cマンホール蓋浮き上がりやポンプ故障による下水道被害34件
DJR東日本中央線:運休293本,遅延4本,設備被害91件
E京王電鉄京王線:がけ崩れによる脱線1件
 以上のような状況であり,近年稀に見る甚大な被害を受けました。
 
土砂崩れで全壊となった家屋 JR 高尾駅の被害状況(JR 東日本提供)
(5)復旧作業
 豪雨が過ぎ去った後にあらためて被害を確認すると,その爪跡は大きく,通常の市の体制では到底対応できないと判断し,市の道路事業部は,道路や水路に堆積した土砂の搬出や流木の撤去を,環境部は側溝や災害ごみなどの清掃を行うなど,各部が通常業務の垣根を越えて迅速な作業に徹しました。
 緊急工事や大掛かりな撤去作業などは,多くの市内建設業者にもご協力いただき,一日も早く市民の皆様が通常生活に戻ることが出来るよう,復旧作業に全力を注ぎました。
 また,特にひどい床上浸水の被害を受けた地区では,町会の方々やボランティアセンターから派遣された学生ボランティアなどが,浸水で使えなくなった家具や電化製品の運び出し等に,全身泥だらけになりながら従事してくださいました。
川町災害復旧現場 市施設内浸水状況
(6)被災者相談窓口の開設
 今回の豪雨に対し,総合窓口として被災者からの相談の仕分けを行い適切な案内を行うため,平成20年9月1〜10日(土・日を含む)の8時30分〜19時まで,被災者相談窓口を開設しました。窓口では,宅地に流入した土砂等の撤去依頼,り災証明に係る相談及び申請発行,床上・床下浸水後の消毒依頼,粗大ゴミの撤去処分など173件の相談を受け,被害を受けられた市民の皆様に無駄足を運ばせることがないように,関係する所管につきましては,職員を窓口まで来させて対応いたしました。

3.災害の教訓
 がけ崩れなど災害が及ぼす地域への影響は非常に大きく,市内各所において未だにその爪跡が残っておりますが,消防,警察及び各災害対応関係機関の皆様の夜を徹した活動のおかげで,ここまで被害を最小限に食い止めることができたと強く感じております。特に消防団の活動においては,1級河川の南浅川が増水し,雨水が道路上を激しく流れ,家から外に出られない状況のとき,裏山の崖が崩れそうで避難したいが歩けないという連絡が入った老夫婦のお宅に,救助要請を無線で聞いた消防団2隊が即座に現地に急行し,無事に近くの市民センターまで避難させることが出来たこと,そして避難勧告を発令した地域においても,避難所まで消防団員が高齢者を背負って避難させるなど,その活躍が非常に大きく賞賛に値するものと深く感謝しております。
 市としましても,このような災害時の初動態勢が的確かつ速やかに取ることが出来るよう,総合防災訓練や水防訓練,災害発生を想定した図上訓練などを毎年行っておりますが,このたびの豪雨被害を受けて,的確な情報伝達や情報共有などについて,さまざまなところで具体的かつ重要な課題や反省点を見出しました。このことについて,全ての所管で総括を行い,各部の災害対応マニュアルの見直しも進めることとしております。また,防災行政無線で避難勧告を放送した地域において,ほとんど放送が聞こえなかったという報告を受け,平成20年度補正予算において早急に無線柱の新設を行うこととし,緊急放送が聞こえにくい地区の解消や,屋外無線に頼らない災害状況に応じた情報伝達手段の確保に努めているところです。

4.おわりに
 全世界で異常気象が観測され,今後も更なる災害が発生するのではないかと危惧しておりますが,本市は丘陵地帯に囲まれ,18本もの1級河川が市内を流れており,水を治めることが非常に重要な課題となっております。
 今回土石流やがけ崩れによる被害が大きかった初沢地区においては,国及び東京都のご尽力で,砂防法や急傾斜地法に基づく緊急対策工事として21年度事業の対象にしていただき,国土交通省の補助事業として進めることになりました。このような砂防堰堤などによる土石流対策や,急傾斜地の崩壊による災害の防止対策をしっかり講じることで,水を治めるための課題解決に近づけることが出来ると考えております。そのためにも,今後とも国及び都のご協力をいただき,地域防災力の向上に努め,災害のないまちづくりに積極的に取り組んで参る所存です。