局地的短時間豪雨とその対策

杉本栄蔵(Eizo Sugimoto,石川県中能登町長)

「砂防と治水190号」(2009年8月発行)より

1.中能登町の概要
 中能登町は,能登半島のほぼ中央に位置し,奥能登の中心都市である輪島市や県都の金沢市,富山県都である富山市からそれぞれ約50kmの位置にあり,高速交通体系の整備により,各都市からのアクセスが,極めて良好な立地条件であるといえます。
 地勢は,邑知地溝帯を中心として平野部が広がり,東には石動山,西側に眉丈山が連なる丘陵地からなり,日本の原風景とも言える田園地帯と,それを取り巻く丘陵地の緑,潤いのある河川などの豊かな環境です。また,旧街道沿いの集落や,神社・寺院群,それらを舞台とした祭りなどの伝統文化を地域の重要な資産とした89.36km2,人口約19,000人の町です。
位置図
2.降雨の状況
 
平成20年7月8日明け方から,北陸付近上空に寒気を伴った気圧の谷の影響で非常に不安定な天候でありました。
 午前2時30分頃に土木建設課職員が役場庁舎に参集。午前3時25分に大雨注意報が能登南部に発表され,注意配備体制に入り,巡回パトロールを行いました。実際この時間帯では,雨は連続的に降り続けているものの特に異常は見られませんでした。
 午前4時32分に,大雨・洪水警報が発表され,直ちに警戒配備体制に移りました。町内でも,この時間帯から雨脚が強くなり始め,午前5時27分には,中能登町東部付近で記録的短時間大雨情報が発表されました。県の碁石ヶ峰観測所では,時間雨量92mm,連続雨量110mmを観測し,まさにバケツをひっくり返したような強烈な豪雨でした。
 午前5時30分頃,役場に高畠地区住民より,松本川が溢れて周辺家屋に浸水しているとの情報が入り,現場班が急行しました。現場では,松本川上流部で発生した土石流が,一気に下流域に流れ込み,流木が橋梁に引っかかり川をせき止めたため,河床は道路面まで上昇し,これに伴い,家屋の浸水や,車庫に駐車してあった車が流されるなどの被害が発生しました。
 一方,同地区付近を流れる地獄谷川でも土石流が発生し,県道上に泥水が流れ込んだため,一時通行止めとなりました。加えて,この時間帯に集中して,他の小河川及び排水路などの内水氾濫が相次ぎました。
 午前6時頃には,猛烈な雨はピタリと止み,天候も回復傾向にあったため,地獄谷川上流部の現地確認を実施,その結果,河川上流部に広範囲で河道埋塞が見られました。
 天候は,その後,午前10時21分には,注意報に切り替わり,豪雨は去っていきました。
 実質的には,約1時間から2時間の間の出来事で,しかも今回の場合は,御祖地区を中心とした局所的な豪雨であり,急激に発達した雨雲による突発的な,まさにゲリラ豪雨でありました。

(金沢地方気象台提供) (金沢地方気象台提供)

3.被害状況
 
住宅一部損壊1棟,床上浸水2戸,床下浸水17戸,道路通行止め2箇所(県道,町道含む),道路被害箇所6件,河川被害1件,農地・林業被害21件が発生しました。
 人的被害が皆無であったことが何より幸いであったとあらためて感じているところであります。

地獄谷川(中能登町高畠):河道埋塞状況 地獄谷川:河川氾濫状況 松本川(中能登町高畠):
流木の閉塞によるオーバーフロー

4.土砂災害警戒体制の強化
 従来,当町では,防災体制の確立と防災技術の向上を目的に,隔年で総合防災訓練を実施し,地域住民の安全・安心を図ってきましたが,今年度は,昨年の豪雨災害を踏まえ,土砂災害に特化し,国・県・中能登町・地域住民が一体となった訓練を実施することとしました。
 訓練においては,土砂災害に対する警戒避難体制の強化と防災意識の高揚を目的に,土砂災害の危険性が高まった状況を想定し,下記事項について重点的に実施しました。
《訓練における重点事項》
・地域住民の避難
・災害時要援護者の避難支援
・防災関係機関における情報伝達
・GPS,危険箇所カルテを活用した災害発生箇所の緊急点検
・地域住民の防災教育(講習会の実施)
【中能登町土砂災害防災訓練概要】
・日時:平成21年6月28日(日) 午前9時〜12時
・場所:町指定避難施設「パルみおや」
《訓練参加機関(順不同)》
・国交省金沢河川国道事務所,金沢地方気象台
・県砂防課,県危機対策課,県中能登土木総合事務所
・中能登町
・消防関係・警察関係
・地域ボランティア団体
・高畠・福田地区住民
《訓練参加者》 約400名
《想定する土砂災害》
○発生要因…梅雨前線豪雨による集中豪雨
○被災想定…土石流(松本川),がけ崩れ(小田中急傾斜地)
《その他訓練》
・避難所の開設訓練
・炊き出し訓練
・応急復旧訓練(土のう積み訓練)
・国交省無人クレーン車の運転デモ(大型土のう積み)
○中能登町災害対策本部…町長を本部長とする災害対策本部を設置し,警戒避難体制を確立。

○情報伝達訓練…土砂災害警戒避難にかかる国,県,町関係機関との情報伝達。 ○避難訓練…高畠・福田地区住民による避難施設への避難と関係機関による避難誘導。
○災害時要援護者避難訓練…高畠地区災害時要援護者(自力避難困難者救出)の避難。

○土石流による町道破壊箇所及びライフラインの応急復旧。 ○緊急点検訓練…土砂災害発生箇所において,GPSを活用し発生箇所を特定,危険箇所カルテによる緊急点検訓練を実施。
防災教育(石川県砂防課) 小学生を対象にクイズ形式による啓発 ○国土交通省所管無人クレーン車による運転デモ。
○防災教育(石川県砂防課,金沢地方気象台)…避難者に対する防災教育を実施し,土砂災害のメカニズムと気象情報,今回の避難訓練の概要について説明。

5.訓練の効果
 今回,町としては,自助・共助・公助を基本原則に,地域防災力向上を目的とした訓練でありましたが,訓練実施により,警戒避難体制が強化され,今後の町防災体制に十分な効果を得ることができました。
 また,今回の訓練に参加した住民から,「大変良い勉強ができ,参加して良かった」「避難場所,経路,タイミングがよく分かった」等の意見があり,地域の方々にも,訓練の目的が十分に伝わったようです。
 その他,「避難の手順等を家に貼っておきたい」「現実の場合,声かけ等,きめ細かな役割が必要」「マップが必要」などの意見があり,住民の土砂災害に対する関心も高まる等,防災意識の高揚が図られたと考えます。
 今後,町としても,これらの地域の意見を踏まえ,「土砂災害ハザードマップ」の作成・配布を速やかに行い,土砂災害による被害ゼロを目指して,地域を支援してまいります。

6.おわりに
 近年,台風,梅雨前線豪雨や地震などにより全国各地で土砂災害が多発しており,多くの尊い命が失われています。また,土砂災害等から地域住民の生命を守るためには,速やかな情報伝達と住民の早期避難が不可欠であり,そのためには,現地状況から想定される災害に対し,防災関係機関と地域住民が一体となった警戒避難体制の構築が不可欠であります。
 現在,土砂災害が発生した松本川,地獄谷川両流域では,県が砂防堰堤等の工事を行っているところでありますが,町といたしましても,町民の安全・安心の確保は,地域行政の基本的,基礎的な責務であり,昨年の水害を貴重な教訓として,今後の土砂災害警戒体制に生かしていくとともに,日頃から危機意識を持ち,非常時には,的確・迅速な対応が取れるよう,町防災対策に万全を尽くしていきたいと考えております。