平成20年9月のゲリラ豪雨について

宗宮孝生(Takao Somiya,岐阜県揖斐川町長)

「砂防と治水191号」(2009年10月発行)より

1.はじめに
 
平成17年1月に旧1町5村(揖斐川町,谷汲村,春日村,久瀬村,藤橋村,坂内村)が合併し,新しい揖斐川町が誕生しました。
 平成20年9月2〜3日にかけて集中的,局地的な降雨をもたらしたゲリラ豪雨は,合併後初めて経験する大規模な豪雨災害でした。
 幸いにして人的被害は受けずに済みましたが,家屋,道路,河川に多大な被害を受け,改めて土砂災害の恐ろしさを認識するとともに,今後の防災対策立案のための貴重な教訓となりました。

2.揖斐川町の概要
 
当町は岐阜県最西端に位置し,濃尾平野を流れる木曽三川の一つ揖斐川の上流域に位置しています。北は福井県,西は滋賀県と接し,総面積803.68km2のうち93%が森林に占められており,町の南西部から北西部にかけては1,100mから1,300mの山々がそびえ,その山間を縫うように揖斐川とその支流が流れています。
 町域のほとんどが自然公園に指定され,豊富な自然資源は下流域の水源地であると共に当町の貴重な地域資源となっています。
 毎年11月上旬に開催している「いびがわマラソン」は全国的に有名で,全国各地から参加申し込みがあり,本県出身の高橋尚子さんを招待した昨年度の大会は8,654人の参加があり盛大に開催されました。
 「谷汲さん」の愛称で親しまれる「谷汲山華厳寺」は西国第三十三満願札所であり,日本最古の観音霊場として有名で1200年に渡って絶え間ない信仰を集めてきました。
 平成20年5月に運用を開始した「日本一美しいダム 徳山ダム」は総貯水量6億6000万m3を誇るロックフィルダムで,揖斐川流域の人々を洪水から守り,濃尾の水瓶として中部圏の豊かな暮らしを支えています。


3.被害状況及び経過
 平成20年9月2日から3日にかけて集中的,局地的に発生したゲリラ豪雨では,揖斐川町小津地区で,時間雨量116mm,連続雨量579mmを観測し,集落を直撃する土石流・国道303号への土砂流出,あるいは町道,林道及び農地の崩壊など甚大な被害を受けました。
 しかしながら,3年前から直轄の越美山系砂防事務所や岐阜県・揖斐川町合同により土砂災害防止に対する防災訓練を実施してきたことが幸いし,この度の豪雨災害におきましても人的な被害を防ぐことができました。
 この被害につきましては,家屋の被害として56世帯(203名)及び1事業所が被災しました。床上浸水は11世帯(45名)が被災し,道路,河川,上下水道施設に大きな被害を受けました。
 今回の災害の特徴は,突然の局地的豪雨により,住民は警戒情報による避難が精一杯の状況下で,集中的な豪雨により谷からの土石流が一気に押し寄せ,人家などに被害を及ぼしたことがあげられます。
 役場周辺では,一時的に雨も小降りになりましたが,約5km離れた上野,春日六合地区では依然として降り続く状況であり,警戒に当たった町職員は車両から外へ出ることもできず,その間に土石流が集落へ押し寄せ,職員自身の安全も心配したところでありました。しかしながら被害の無かった役場庁舎の雨量観測では,時間雨量72mm,連続雨量245mmの雨量であり,被災した箇所と比較して2倍以上の連続雨量の差がありました。
 特に揖斐川町上野地区では,平成18年度に岐阜県により施工されたばかりの砂防えん堤が約2万m3の土砂を受け止めましたが,それを越えた土石流により人家へ被害が発生しました。
 この砂防えん堤が無かったとしたら下流の集落は押し寄せる土石流により壊滅し,人的被害は食い止められなかったと言っても過言ではないでしょう。
 このようなゲリラ豪雨の原因は,地球温暖化の影響とも言われておりますが,当町といたしましても,防災対策を見直すことが必要と考えております。
 今回のゲリラ豪雨による被災の状況を時系列にいたしますと,
〔9月2日〕
・午後1時33分 岐阜・西濃地方に大雨警報が発令されました。
・午後3時45分 岐阜県から土砂災害警戒情報1号が発令され,揖斐川町災害対策本部を早速設置し,警戒にあたると共に土砂災害警戒情報及び豪雨の警戒について町内全域,全戸に音声告知放送によって周知しました。
〔9月3日〕
・午前1時05分 上野地区46世帯201人に対し避難勧告を発令し,地域住民は地元消防団及び自治会長の誘導によって避難を開始しました。このとき既に地区内を流れる大谷が越流を始めていました。
・午前2時05分 春日六合地区に流れ込む滝谷が氾濫し,3階建ての春日六合住宅に土石流が押し寄せ,1世帯が床上浸水を受け,4世帯20人が3階へ避難しました。土石流は住宅駐車場へ押し寄せ,車両24台が埋没する被害を受けました。また,国県道におきましては,国道303号,主要地方道の春日揖斐川線及び県道神原西津汲線において土砂崩れの発生により通行不能となり,集落が孤立する甚大な被害を受けました。
 このように,今回のゲリラ豪雨による災害は,当町においては過去に例がなく地域住民への避難勧告発令時には既に家屋への浸水が始まるなど,被災スピードが非常に速く,行政から地域住民への周知に時間がなかったことは今後の大きな課題であります。
春日六合住宅駐車場へ土石流の直撃

揖斐川町上野地区大谷氾濫状況

国道303号路肩崩壊

県道神原西津汲線

4.教訓
 今回の災害で教訓となったことは,官民を問わず地域で対処することです。
 特に地元消防団による災害を想定した土嚢づくり訓練により,迅速な対応が出来たことや,事前の土砂災害防災訓練による学習効果で,いち早く避難準備ができていたこと,あるいは全戸に張り巡らせた光ファイバー通信網による音声告知放送により,逐一全町民へ情報伝達ができたこと,自主防災組織として地域住民が互いに声かけを行うなどの速やかな連携により人的被害を免れたと思います。
 行政と地域が緊密に連携できたことが,被害を最小限に食い止めることが出来た要因ではないかと思っております。

5.災害復旧
 災害の早期復旧と生活基盤の再建を図るため,被災直後から応急復旧対策を進めるとともに,被災箇所の状況を調査,把握し,全庁あげて復旧事業に尽力いたしました。
 町内の主な災害復旧事業としては,土木施設・林道施設・農地等災害復旧事業に取り組んでおり,全事業箇所64箇所,総事業費520,609千円となっています。
 今回,被災した上野地区大谷,浅鳥谷及び春日地区滝谷は,災害関連緊急砂防事業により岐阜県により事業実施して頂き,久瀬地区下谷は直轄砂防災害関連緊急事業として国土交通省により事業実施をして頂き,復旧作業を施工中であります。
 関係機関には感謝申し上げると共に,一日も早い復旧をお願いいたします。
古田肇岐阜県知事現地視察
6.今後の防災対策の強化
 
現在の揖斐川町の防災体制は,土砂災害における国・県・町合同の防災訓練や東海地震を想定した避難訓練などを地域住民と一体となって実施しております。
 岐阜県による土砂災害防止法の指定も平成20年8月から揖斐川町谷汲地区から始まり,これにより防災意識向上にも期待しているところです。
 住民へは洪水ハザードマップ,土砂災害ハザードマップ及び地震ハザードマップを全戸配布し,行政と自主防災組織の連携強化により,住民の自然災害に対する意識の高揚を図っています。
 また,今回のゲリラ豪雨時において,避難勧告等を適切なタイミングで対象地域へ発令できていないことや,住民への迅速確実な伝達が困難であること等の防災体制の課題を解決するため,有識者や住民の皆様のご意見をお伺いしながら,国や県の災害関係部局や関連機関と連携し,揖斐川町谷汲地区において「避難勧告等の判断,伝達マニュアル」を作成しました。
 このマニュアルは,災害緊急時にどのような状況において,どのような対象区域の住民に対して避難勧告等を発令すべきか等の判断基準,さらには地域の情報収集方法や避難勧告等の伝達方法を定めたものであります。
 さらに今年度8月から防災センター兼新揖斐川町庁舎建設工事にも着手し,早期の地域情報収集や迅速確実な情報伝達の向上を図り,防災体制の強化に取り組む次第であります。
 今後においても揖斐川町は住民の安全確保のため,全力で災害対策に取り組んで参りますので,引き続き関係各位の一層のご指導,ご支援を賜りますようお願い申し上げます。
 最後になりましたが,被災直後から国,県をはじめ関係機関の皆様から多大なるご支援を頂きましたことに厚くお礼申し上げます。

平成20年度合同防災訓練