山形県鶴岡市七五三掛(しめかけ)地区の地すべり災害への対応について

榎本政規(Masaki Enomoto、山形県鶴岡市長)

「砂防と治水194号」(2010年4月発行)より

1.はじめに―鶴岡市の概要―
 鶴岡市は,山形県庄内地方南部に位置し,平成17年の旧6市町村による市町村合併により,1,311.49km2と東北一広い面積の市となりました。
 旧朝日村の区域にある七五三掛地区は,かつて庄内と内陸を結ぶ旧六十里越街道の要衝として栄え,湯殿山詣でが盛んな頃に隆盛を極めた注連寺には,鉄門海上人の即身仏や多くの文化財が遺されております。また,最近ではアカデミー賞外国語映画賞を受賞した映画「おくりびと」のロケ地としても話題になりました。
 霊峰月山の山懐に抱かれた本地区は,豊かな自然に恵まれて水稲中心の農業が営まれるとともに,庄内平野を潤す河川の源流地帯ともなっております。


2.地すべり発生と避難要請
(1)地すべりの発生と拡大
 平成21年2月25日午前10時,住民からの通報により,8世帯34人が暮らす七五三掛地内で地すべりが原因と推定される小さな亀裂が宅地内コンクリート舗装で確認されました。
 この地域は,平成3年10月農林水産省農村振興局所管「七五三掛地区地すべり防止区域」に指定され,山形県が地すべり防止対策工事を継続している地域であります。いつもの冬より暖冬で降雪量が少なかったせいか,宅地や市道に複数の亀裂が確認され,融雪とともに家屋や農地,農業用施設への亀裂や段差がみられるようになり,地すべり被害の範囲が拡大していることが明らかになってきました。


七五三掛位置図
(2)住民への情報提供と警戒体制
▽2月27日:山形県と合同で現地調査を実施し,観測方法と地元対応について協議しました。
▽2月28日:七五三掛公民館で地すべりの概要と今後の対応について説明会を開催し,全世帯から宅地等の亀裂の有無について聴き取りし,地すべり災害発生時の連絡体制,避難の方法,避難場所について協議しました。
▽3月5日:山形県と鶴岡市による「七五三掛地区地すべり対策会議」を開催し,地すべり伸縮量調査,応急対策工事,監視体制及び避難勧告・指示について協議を行った結果,「警戒体制」に入り,現地での巡視活動を強化することとしました。
▽3月12日:地区の方々と地すべりの状況,緊急時の連絡体制,避難場所の確認及び避難する場合の移動手段等について協議を行いました。
▽3月23日:七五三掛地区の周辺集落である中村,下村,上村,関谷,田麦俣の自治会代表者に地すべりの状況と市の対応について説明し,避難者の移送,炊出し,受入れについて協力を要請しました。
(3)第一次自主避難要請と災害警戒本部
 4月9日朝,地すべり状況の観測を行っている山形県から,「住宅地裏山に設置した自動伸縮計の地すべり変位量が1時間当たり2oに達し,裏山の土砂崩壊で被害が想定される」との連絡が市に入りました。これを受けて市では直ちに市役所内に「災害警戒本部」,朝日庁舎に「地域災害警戒本部」を設置するとともに,4世帯13人に自主避難を要請し,今後の対応について地区の方々に説明しました。併せて「七五三掛現地本部」を設置し,庁舎職員3交替制,24時間監視による警戒にあたりました。
(4)第二次自主避難要請と災害対策本部
 4月17日,地すべり本体の動きは止まらず,地区内への被害が拡大してきたことから,「災害警戒本部」を「災害対策本部」に移行し,新たに2世帯12人に自主避難を要請しました。

広範囲にわたり亀裂・陥没が発生した

3.地すべりの拡大と対策
 日を追うごとに地すべりは拡大し,幅400m,長さ700mと被災範囲が広がり,人的被害は発生しなかったものの,建物については住宅,公民館,農作業所,土蔵など23棟が被害を受けました。
 また,市道や農道,橋梁,農地,農業用用排水路などへと徐々に被害が拡大し,地すべり部分は全体的に南に6m移動し,1m以上沈下していることが分かりました。
 このような状況の中,当初は県と市によって応急対策工事が行われてきましたが,6月中旬から国土交通省,農林水産省,山形県による大規模な緊急対策工事が行われております。
 本市においては,監視体制を継続しながら避難世帯への支援や被災者等への心身のケアに力を入れてきました。

基礎が沈下した家屋 激しい田面の亀裂・段差 寸断された市道

急ピッチで進む対策工事

4.避難世帯への支援
(1)避難先の確保
 当初,市では災害時の避難場所として「朝日東部公民館」を想定していましたが,プライバシーの確保や避難生活が長期間に及ぶことが予測されること,また,家財の保管場所も必要な状況であることから,庁舎管内中心部にある空き家を避難先として選択し,急遽,空き家家屋の現況調査,避難者と空き家所有者の意向確認を行いました。その結果,避難先は4世帯が空き家,1世帯が市営住宅,1世帯が市街地のアパートに入居し避難生活を始めました。
(2)避難世帯の生活支援
 市では借家家賃,家財運搬等の移転費用,家財保管庫借上げ料,建替住宅等の購入資金に係る利子補給の支給を内容とする「七五三掛地区生活支援制度」を創設し,避難された方々が経済的にも安心して暮らせるための支援を行っています。
(3)避難世帯の生活再建支援
 今回の地すべり災害は,被災世帯数が6世帯と災害救助法が適用されないケースであることから,避難世帯が新たに住宅を新築・購入・補修・借家により生活再建する場合に,生活再建支援金として上限300万円を支給する「七五三掛地区生活再建支援金等支給制度」により生活再建の支援を行っています。2月末日現在,この事業を活用し5世帯が新たな移転先を求め自立した生活を再開しております。
 なお,財源の2分の1は県からの補助金を充てております。

5.営農支援
(1)農地への被害・耕作の休止
 2月下旬に集落内で亀裂が発見されたものの,農家はこれが大災害の前触れとは知るよしもなく,3月下旬,例年のように種籾の塩水選を行い今年産の米づくりはスタートしました。
 融雪期になると地すべり滑動は活発化し,家屋の損壊のみならず,畦畔から田面にかけては亀裂が,農道や水路にはズレや陥没が発生するなど,至るところに地すべりの兆候が表れてきました。
 4月下旬,変状した水田への湛水は地すべりを助長するため,被災区域の農地約10haのうち3分の1に対する稲作を休止するよう,山形県より告知されました。
 県と市では,かろうじて耕作できる水田の耕耘・代掻きに間に合うように,農道・水路の応急復旧を分担して短期間のうちに施工しました。
 一方,農家も米づくりができない水田について,転作作物の「そば」の作付け転換に向け,重機による田面の排水対策を行うなど作付け再開に精力的に取り組みました。
 6月中旬になると,観測開始からの移動量が6mを超えるなど,滑動は激しさを増す一方で,大規模な緊急対策が開始されました。しかし,工事車両の頻繁な往来から住民の安全を守ること,地すべりの要因に挙げられた「ため池」の放流による農業水源の枯渇などの理由から,植付けたばかりの水田や作付け予定の「そば」など全ての作物からの撤退・耕作休止の指示が出されました。
(2)再開へ向けた営農支援
 営農指導については,被災当初から農家経営の安定を図るため,県をはじめとする関係機関からなる支援体制を組織していただきました。
 その指導のもと,耕作休止に伴う減収を補填するため,山菜の一種である「行者ニンニク」の導入に取り組むことになりました。
 この作物は,植付けから生産を上げるまで7〜8年要することから,5年物の大苗を購入するとともに,促成栽培用のパイプハウスの導入も併せて行い,これらの費用に対して県と市が連携して3分の2の支援をしました。

6.おわりに
 今回発生した地すべりは,6月中旬からの緊急対策工事により現在は沈静化している状況にあります。
 また,地すべりの恒久対策として,22年度から農林水産省直轄地すべり対策事業と山形県土木部の砂防事業が実施される予定となっております。
 市では,恒久対策事業の進捗にあわせて,避難世帯への生活支援,市道災害復旧事業,農地・農業用施設災害復旧事業,営農再建に向けた支援,コミュニティ再生支援,生活用水の確保対策,居住区域の面的整備,地すべりにより変状した土地の地積調査等多くの課題について,国及び県にご協力いただきながら鋭意取り組んでまいります。
 最後になりますが,各方面からいただいた多大なるご支援に対し,この場をお借りして感謝を申し上げます。