林野火災における土砂災害防止について

齋藤俊夫(Toshio Saito、宮城県山元町長)

「砂防と治水195号」(2010年6月発行)より

1.はじめに
 ここに「土砂災害の解消を目指して」という連載への投稿の話をいただき,昨年4月の林野火災発生から土砂災害防止対策までの一連において,ご協力をいただきました関係機関の方々に,誌面をお借りして感謝申し上げます。

2.山元町の概要
 山元町は,宮城県の最南端で,仙台市中心部から南へ約35kmの位置にあります。
 南は福島県新地町と接し,北は亘理町,西は阿武隈山地を挟んで角田市・丸森町と接しており,東に太平洋が広がる山と海に挟まれた自然豊かな町です。海より尾根まで6kmの断面形を,そのまま南北に11km平行移動した地形をもっています。その断面は大きくはもともと陸であった丘陵地と,かつては海であった海抜2m内外の平坦部に分かれています。
 人口は1万6千9百人(平成22年3月末現在),面積が64km2で,気候は海洋性気候で東北の湘南と言われるように夏涼しく冬暖かく,この気象条件を活かしリンゴやイチゴの栽培が盛んで,生産量は県内トップクラスです。また,良質なホッキ貝の産地として全国的にもその名が定着しています。
 交通は,国道6号が町内を南北に縦断し,JR常磐線が通り坂元・山下両駅があり,仙台方面への通勤通学の足となっています。
 また,常磐自動車道の山元インターチェンジ以北が平成21年9月に開通し,仙台空港までは車で約15分と短縮されたこと,さらに平成26年度の全線開通に向け整備が進められており,今後は関東方面へのアクセスも拡大されることから,交通連接拠点としての位置付けに期待されているところです。

3.林野火災の発生
 林野火災の発生は,平成21年4月10日午後4時58分で,山元町西隣の角田市島田地区住宅の火災が山林に延焼したものです。
 4月の湿度としては,出火した4月10日付近が最も低く,さらに,同日の中で出火した時刻の数時間前の湿度が最も低く,出火時には「乾燥注意報」が発令されていました。
 当時は,降雨量が極端に少なく,乾燥状態が著しく,土壌の乾燥度合いも高く,また比較的強い西風(10m/s程度)もあいまって,延焼範囲が一気に拡大したものと推測されます。
 焼失面積は,角田市110ha,山元町14.4haとなっております。

図1 湿度の推移

被災状況

4.火災発生時の対応
 火災発生後に消防関係者は,火災現場の真東に当たる山元町体育文化センターに現地対策本部を設け,対応等の協議を進めました。
 麓から直接火元が確認できないものの,午後7時30分頃には,山頂付近が赤く夜空を染め,時折西風に乗って燃えカスが運ばれて来ました。
 さらに,午後8時には,山頂付近の火柱が肉眼で確認できる状況でした。
 隣接する角田市から宮城県を通じ,午後8時30分過ぎには自衛隊派遣を要請し,町境を越えるのは時間の問題という状況で,山元町消防団全分団を招集し,山沿いの民家周辺の警らや延焼防止のための活動を開始しました。
 その後,午後9時を回った時点で,火災現場に程近い周辺住民への避難勧告を発令し,延焼は,午後9時50分を過ぎると町境を越え山元町に及んできました。
 明けて4月11日早朝6時30分から自衛隊・消防ヘリコプター6機による消火活動を開始し,火災現場付近の農業用ため池を消防水利として使用しての活動をおこないました。
 陸上からは,山元町消防団350名,角田市消防団350名,亘理消防本部65名,仙南広域消防本部63名, 自衛隊100名の計789名体制でジェットシューター・スコップを持参した活動を展開しました。
 午前7時30分現在で延焼面積が約80haと広がり,近接する県道・町道を通行止めとし,福島県の防災ヘリや木更津自衛隊の大型ヘリを導入しての消火活動を展開していきました。
 しかし,午後5時ともなると,不眠不休の消火活動にも限界が見えはじめ,亘理町消防団への応援を要請しました。
 更に,翌4月12日午前7時には,火災が近隣の民家まで約300mという地点まで迫って来ましたが,懸命の消火活動の結果,午前11時20分に沈静化がみえてきました。
 翌,4月13日午後1時46分,発生から4日目にしてようやく鎮火宣言が出され,一先ず終結しました。

5.焼失山林の土砂災害防止対策
 「さらなる課題」,それは降雨時の下流域への土石流という二次災害についての懸念でありました。
 焼失箇所には影倉川という山元町と角田市との境界付近を源とする,西から東へ貫流する流路延長約0.9kmの二級河川坂元川水系戸花川の渓流があります。
 影倉川の流域面積は約0.3km2となっており,渓床勾配は,合流点より約100mの区間が1/15程度であり,その上流は1/7程度となっています。
 現況の施設配置状況は,治山施設として2基えん堤が設置されています。
 このような中,宮城県において逸早く現地調査の実施から,土砂災害防止対策として災害関連緊急砂防事業を国へ申請していただき認可を得ることができ,事業着手へと進められたことは,下流住民等にとっても大変安堵しているところです。
 その対策工法について,以下宮城県からの資料提供を主に掲載いたします。
[計画規模について]
 本件で計画する砂防えん堤は,「林野火災で不安定化した表土を貯砂できる規模」として計画し,砂防えん堤の形式は「不透過型」を選定しています。
[対象土砂量の設定]
 対象土砂量 V=4,226m3
 本件で計画する砂防施設は,林野火災にして炭化し不安化した表土が,降雨等により下流域に流出することを防ぐ目的で設置するものです。
 現地踏査により確認した不安定化した表土の範囲・厚さより求められた堆積土量を施設の貯砂量として設定しました。
 なお,降雨時に流れ出る土砂は,不安定化した土砂の全量を対象とし,流出係数は1.0(100%)と設定しています。
[砂防えん堤位置の設定]
 砂防えん堤の設置位置は,支流合流地点より約100m上流の位置としています。
 現地踏査によりA地点(上流部)とB地点(下流部)の2箇所が考えられましたが,対象土砂量を貯砂した際に,A地点(上流部)において以下の問題がありました。
○B地点の案に比べ,施工時の工事用道路が長く必要
○B地点の砂防えん堤規模に比べ,大きくなる
 このことから,A地点はB地点に比べ,経済性・施工性に劣ると判断し,下流部のB地点を砂防えん堤位置に設定しています。
[対象流量の設定]
 対象流量は,計画規模の年超過確率の降雨量から算出される「清水流量に土砂含有を考慮した流量」(洪水時)と設定しています。
○清水流量に土砂含有を考慮した流量 Qp=15.0m2/sec(土砂含有率50%)
○土石流ピーク流量 Qsp=33.6m3/sec
図2 比較案:概略位置図

表1 砂防えん堤設置位置概略比較表

[砂防えん堤断面の仮定]
○ダム形式 重力式コンクリートダム
○水通し断面 台形断面
 水通し幅 B=3.0m
 水通し高 h=2.4m(越流水深1.8m+余裕高0.6m)
 側壁勾配 1:0.5
○砂防えん堤高
 貯砂後の堆砂面は,平常時堆砂勾配の面として,
 有効ダム高 H=6.5m
○砂防えん堤 上流・下流ののり勾配
 下流のり勾配 1:0.2
 上流のり勾配 1:0.4
○袖部及び基礎部の根入れ
 基礎部の根入れ深さ 1.5m
 袖部の根入れ深さ  2.0m(基礎部の根入れ+0.5m)

図3 砂防堰堤一般図(打ち込み式鋼矢板併用セルダム案)
中詰材:γ=19.0kN/m2,φ=30°,C=20kN/m2

6.おわりに
 近年,各地で見られます局所的な集中豪雨をはじめ,地震による土砂災害等,多岐に亘る災害が発生しており,その恐ろしさは,想像を絶するものがあります。
 この度の山林火災は本町において,地元消防団40年以上の経験者でも体験したことの無いほどの規模でありました。
 そのような中,3日間3晩不眠不休の消火活動を続けた結果,幸いにもこの山林火災による人的な被害はなく,山林の焼失のみに留めることができました。現在までのところ,集中豪雨の発生はなく土砂災害も発生していない状況です。
 今回の山林火災を通じて得た教訓を活かし,災害に対して備えのあるまちづくりに繋げるためにも,山林火災の未然防止,罹災時の迅速な対応,罹災後の二次災害の防止を含めた土砂災害防止対策を確立すること。また,今後発生が予想されている宮城県沖地震に対して山林等を保管するためにも,住民あげての取り組みを進めていくことが重要であると考えております。
 最後になりますが,罹災直後から国土交通省,宮城県をはじめ関係諸機関の皆様には,多大なるご支援をいただき,消化活動から土砂災害防止対策事業の採択並びに事業着手まで,速やかに対応していただきましたことに心より感謝申し上げます。