平成21年7月21日の豪雨災害について

松浦正人(Masato Matsuura、山口県防府市長)

「砂防と治水196号」(2010年8月発行)より

1.防府市の概要
 防府市は,山口県瀬戸内海側のほぼ中央に位置し,県内最大の平野を擁するとともに,周防灘の美しい海岸に面し,瀬戸内海国定公園の一画を占めています。中心部には一級河川佐波川が流れ,古くから海陸交通の要衝で政治,経済,文化の中心地として栄え,今では工業,商業を基幹産業とした人口11万8千,世帯数5万2千の山口県の中心都市となっています。
 また,本市は,史跡や国宝,重要文化財などに恵まれたまちでもあります。
 市内には,学問の神様・菅原道真を祀った日本三天神のひとつ「防府天満宮」,文治3年(1187),俊乗房重源上人が後白河法皇の現世安穏を祈って建立した「東大寺別院阿弥陀寺」,大正5年(1916)に完成した旧萩藩主毛利氏の邸宅で,国の名勝に指定されている「毛利氏庭園」など数多くの歴史的遺産を抱え,1年を通じて四季折々の風情・情緒が楽しめる自然と歴史が調和した観光都市としても発展を続けています。

2.過去の主な水害
 本市は,戦後3回の大きな水害を経験しています。昭和26年7月には,梅雨末期特有の集中豪雨により佐波川の堤防が決壊,周辺地区に濁流が流れ込み,家屋31戸が全壊するなど甚大な災害をもたらし,昭和47年7月には,大雨により佐波川が増水,床上床下浸水などをはじめ,被害総額は農林,土木関係を中心に約2億8千万円に達しました。また,平成5年8月には,集中豪雨により,死者3名,家屋の全壊3棟など痛ましい被害が発生しました。

3.大雨の概要
 今回の大雨は,山陰沖から近畿地方を通って東海地方にのびる梅雨前線に向かって非常に湿った空気が南側から大量に流れ込み,前線の活動が非常に活発になったことにより,九州北部地方,中国及び四国地方に局地的に激しい雨をもたらしました。
 特に山口県では21日8時までの1時間雨量が80mmを超える猛烈な雨を観測し,21日には防府市で24時間雨量275mm,1時間雨量72.5mmを観測し,それぞれこれまでの観測史上1位の記録を更新しました。また,19日から21日までの3日間の総雨量が防府市で332mm,隣接する山口市で294.5mmとなるなど,7月の月間平均雨量に相当する豪雨となりました。


4.被害状況
 想定を超えた大雨は,市内北部の小野,右田地区を中心に甚大な土石流被害をもたらし,防府市制始まって以来の未曾有の大惨事となりました。死者,重傷者は合わせて30名以上にのぼり,特に北部真尾地区においては,裏山の渓流沿いに発生した大規模な土石流が特定養護老人ホームに流れ込み,多数の死者,行方不明者が出たほか,市内各地で住宅の全半壊,床上床下浸水,道路の陥没,河川の溢水,田畑の冠水,断水などが発生しました。このほか公共土木施設の被害も,道路,河川,農業用施設,上下水道,公園などあらゆる方面に及びました。
 また,多くの生活関連施設も土石流災害によりその機能が麻痺し,防府市斎場(悠久苑)は,進入路の法面崩壊,裏山崩壊による土砂の流入により完全復旧まで約4カ月半を要し,市営墓地大光寺原霊園においては,背後の大平山の中腹で発生した土石流が霊園に流れ込み,多数の墓石が流失,埋没しました。
 さらに,本市と山口市方面を結ぶ主要幹線道路国道262号は,土石流による剣川の氾濫で寸断され,約1カ月半通行止めになるなど,その影響は本市のみにとどまらず,周辺地域の社会・経済活動にも様々な形で多大な影響を与え,7月21日に設置した災害対策本部は,9月3日までの約1カ月半の長期間にわたり開設し,これらの復旧復興などの対応に忙殺されました。

〈主な被害状況〉
○人的被害状況 ○家屋(住居)被害状況 ○公共土木施設等被害状況

土砂災害が多発した右田勝坂地区 多量の土石流が流れ込んだ特定養護老人ホーム(下側中央)

5.堰堤整備事業
 市内各地で土砂災害が発生したことから,国では,県の要請を受け「直轄砂防災害関連緊急事業」として,災害が多発した小野,右田地区を中心に,災害直後の7月31日に3箇所,8月7日に2箇所の砂防堰堤建設が決定されました。
 また,このうち特に甚大な被害を受けた剣川・上田南川・奈美川(松ヶ谷川)の3箇所については,「直轄特定緊急砂防事業」として平成22年度から新たに砂防堰堤等の整備に着手される予定となっています。この「直轄特定緊急砂防事業」は,平成21年度に創設された事業で,岩手・宮城内陸地震による被災箇所が採択されたのに続いて,全国で2例目となります。
 これら国の事業と並行して,土石流により甚大な災害が発生した箇所においては,県事業として砂防や治山堰堤の建設も,現在着々と進められており,国・県による短期・集中的な堰堤の整備により,これら地域の土砂災害に対する安全度は,今後,格段に向上するものと確信しております。

堰堤設置数内訳
建設中の奈美川砂防堰堤

6.災害対応における課題
 今回の土砂災害を中心とした豪雨災害は,確率的には250年に1度という想定を超えた大雨によるものでした。過去,台風等いくつかの自然災害の経験はあるものの,土砂災害に対する対応や警戒体制及び市民への情報伝達方法など,市の体制や職員にも危機管理に対する認識が不足していた部分があったのではないかと思います。これまでも,災害発生時に迅速かつ的確に初動体制を取ることが出来るよう防災訓練,情報伝達訓練などを定期的に実施していましたが,実際の災害発生時には,訓練で学んだことが,各部門で機能しない面があったのも事実です。言うまでもなく,市民・地域の安全・安心の確保は,地方公共団体の基本的な責務であります。今回の災害により浮き彫りになった課題について,検証するとともに,ソフト・ハード面から全ての所管で点検を行い,防府市地域防災計画の見直しを進めています。

7.これからの災害対応に向けた主な取り組み
 本市では,平成22年度を防災元年と位置づけ,防災体制の強化を図るため,様々な取り組みを行っています。
(1)組織・体制
 平成21年10月1日付で総務部内に新たに防災危機管理課を設置するとともに,平成22年度から同課内に防災危機管理専門員を配置しました。また,各地域,自治会単位での防災訓練,研修会等を実施し,市民の防災意識向上を図り,併せて自主防災組織率を高めていくなど,地域単位での防災力向上を目指した取り組みを行っています。
(2)ハザードマップ
 市内全域を対象とした土砂災害ハザードマップ及び牟礼地区を対象とした洪水ハザードマップを作成し,平成22年4月,それぞれ対象地区全戸に配布いたしました。
 また,平成22年度中には,平成11年に作成した佐波川洪水ハザードマップを更新し,市内全戸に配布する予定であり,さらに高潮ハザードマップについても逐次作成していきます。
(3)情報伝達システムの整備
 突発的に発生する土砂災害を前もって把握することは困難ですが,その被害を少しでも軽減するためには,地域住民に迅速かつ的確な情報を提供し,避難行動に移ってもらうことが極めて重要となってまいります。
 そのため,情報伝達システムの整備として平成20年度に設置いたしました同報系防災行政無線が,住民の皆様から聞こえにくいとのご指摘がありましたので,音声受信区域の拡充を図り,これを補完するものとして,FM 放送及びケーブルテレビを利用した緊急告知ラジオによる情報伝達システムの整備,ケーブルテレビのデジタル放送に対応した緊急表示システムの構築を行います。また,携帯電話による防府市メールサービス登録者への気象情報の自動配信等を行うことにより,市民の皆様に災害時の情報を迅速かつ的確にお伝えできるよう情報伝達体制の整備を図っていきます。
(4)「防府市 市民防災の日」
 今回の豪雨災害の体験と教訓を忘れることなく,市民一人ひとりの防災意識の高揚に努め,災害に対する備えを充実強化し,安全で安心なまちづくりを推進していくため,7月21日を「防府市 市民防災の日」と定める条例を制定しました。


拡充整備を行う屋外拡声子局

8.おわりに
 災害から約1年が経過した現在,本市では市民一丸となって全力で復旧,復興事業に取り組んでいるところでございますが,被災住民・被災箇所の完全復旧には,まだまだ多くの時間と費用を要すると思っています。
 今回の災害を教訓にして,これからの防災対策に万全を尽くし,災害に強いまちづくりを進めていきたいと考えておりますので,引き続き,皆様方の温かいご支援,ご協力を賜りますよう,よろしくお願い申し上げます。
 最後になりましたが,被災直後から国,県をはじめ多くの各関係機関の皆様から多大なるご支援,ご協力を頂きましたことに厚くお礼申し上げます。
 特に国土交通省並びに緊急災害対策派遣隊(TEC-FORCE)の皆様には,迅速かつ的確なる技術支援を賜り,また,いち早く土砂災害危険箇所に対する砂防堰堤の建設に着手していただきましたことに対し,深く感謝申し上げます。