地域住民による災害防止を目指して

白川博一(Hirokazu Shirakawa、長崎県壱岐市長)

「砂防と治水196号」(2010年8月発行)より

1.壱岐市の概要
 長崎県壱岐市は,九州本土と朝鮮半島の間にある玄界灘に浮かぶ人口31,000人の島です。
 平成16年3月1日に,壱岐島内の郷ノ浦町,勝本町,芦辺町,石田町の4つの町が合併しました。福岡県博多港から西北76q,佐賀県唐津港から北42kmの位置にあり,島の形状は南北約17km,東西約15km,やや南北に長い亀状の島で総面積は138.45km2,壱岐本島と有人4島,無人17島からなる全国で20番目(沖縄は除く)に大きな島です。
 地形は一般に丘陵性の玄武岩をなし,標高100mを超える山地が占める面積は極めてわずかで,島の総面積の3割が耕地となっています。海岸線は屈曲が多く島の北側は発達した海蝕岩がみられ,南側には砂浜が点在するなど,壱岐対馬国定公園に指定された自然景観にも恵まれた島です。
 また,壱岐市は位置的に昔から東アジア大陸との深い関わりがあり,歴史的にも重要な意味を持つ交流拠点でありました。この背景のなか,市内には国指定特別史跡の「原の辻遺跡」や国指定史跡の「古墳群」など数多くの歴史的文化遺産が存在している島でもあります。特に,「原の辻遺跡」は国内最大級の環濠集落であり,中国の史書「魏志倭人伝」に「一支国」の王都と記されており,弥生時代の集落としては国内3カ所目となる特別史跡として平成12年に指定を受けております。このような貴重な歴史的遺産を学術的な面から保存,研究,活用するために,平成22年3月14日に壱岐市立一支国博物館・長崎県埋蔵文化センターがオープンしました。文化財の専門家や観光客が全国各地より訪れ,その歴史に触れて楽しんでおり,壱岐市の新しい観光資源として大いに期待しているところです。合併7年目の現在,「産業振興で活力あふれるまちづくり」「福祉・健康づくりの充実で安心のまちづくり」「環境にやさしいまちづくり」等,6つの基本指針をもとに「海とみどり,歴史を活かす癒しのしま,壱岐」を目指し,新しいまちづくりをすすめています。

一支国博物館 原の辻遺跡復元公園・一支国博物館

2.平成21年7月24日の梅雨豪雨の災害状況
 前線を伴った低気圧の影響で長崎県北部,離島地区を中心に一時猛烈な雨が降りました。長崎海洋気象台によると壱岐市では,1時間に100mmを超える記録的な大雨を観測しました。24日午前5時の降り始めからの総雨量は午後6時までに,芦辺300.5mm,壱岐空港(石田町)253mm。芦辺では午後4時半までの1時間に103mmの猛烈な雨を観測。これは観測を始めた1977年以来,最大の雨量でした。壱岐空港でも午後4時50分までの1時間に観測史上最大となる111mmの猛烈な雨が降り,空の便では欠航により搭乗予定だった60人に影響が出ました。
 この集中豪雨により,住家の一部破損が9棟,床下浸水が公共施設も含め42棟の被害が発生しました。また,各地で道路が冠水し動けなくなった車輌が続出し石田町筒城小学校付近では,普通河川流川川が氾濫し冠水した道路に自動車が立ち往生し車に閉じ込められたり,屋根の上に座り込んでいた女性を,警察官が濁流に流されそうになりながらも救助するという,決死の救出劇もありました。一方,郷ノ浦町では土砂崩れによるブロック塀倒壊で1名の尊い命が犠牲となりました。
 壱岐島内の災害は,道路災害28件,河川災害10件,小規模災害76件の公共土木施設災害合わせて114件,2億3千万円。農業施設災害として,農地災害253件,施設災害31件,合わせて284件,約3億2千万円。林務災害81件,1億1千万円。すべてを含めると約7億円もの災害が発生しました。

ブロック塀倒壊により1名の犠牲者が発生した現場

3.地域防災がけ崩れ対策について
 壱岐島東南部に位置する石田町石田西触において,「宅地裏山斜面が崩れ家屋が一部損壊したので確認してほしい」と石田支所へ住人からの一報が入りました。しかし,島内各地から被害報告が次々に入り人員も限りがある中,現場確認を行った頃には,住人はすでに郷ノ浦町の実家に避難され,辺りは暗く被害状況の十分な確認には至りませんでした。翌朝,再び現場確認に訪れましたが,やはり住人は避難され留守でした。狭い家屋裏であったため,裏山から被災した斜面を梯子を使い確認作業を行いました。被災延長は16m,高さ5〜7m,崩壊土砂が,寝室の窓を押し壊し家屋内に進入していました。

火山礫凝灰岩が露出するが,ハンマーが容易にささる 崩壊地上方(表層)の風化進行箇所

 まず,家屋に流れ込んだ崩壊土砂の除去については,壱岐市林務災害補助事業により山林所有者(福岡在住)と家屋被災者の一部負担により話し合いで解決しましたが,斜面上部が今後の雨により表層崩壊が懸念され,万が一,斜面上部が崩壊した場合,築40年経過した民家を押し倒し国道382号を封鎖する恐れがあり,また,隣接する民家にも被害を及ぼす可能性もありました。
 何かの補助事業で,よりよい解決方法がないか,長崎県壱岐振興局河川防災班に相談したところ,長崎県災害関連地域防災がけ崩れ対策事業に該当しないかと言われました。
 採択基準は激甚災害に伴い,がけ地に崩壊が発生している箇所で
@「災害対策基本法」第5条による市町村地域防災計画に危険箇所として記載され,または記載されることが確実であるがけ地で発生したもの。
Aがけ地の高さが5m以上であること。
B人家2戸(公共的建物を含む)以上に倒壊等著しい被害を及ぼすと認められる箇所において実施する直接人命保護を目的とするがけ崩れ防止工事に係るもの。
C1箇所の事業費が600万円以上であること。
 以上の採択基準がすべてギリギリのラインでした。
 事前協議の中で,まず重要なのが用地の無償提供でありました。幸いにも山林所有者(福岡在住)は,「これ以上,周辺住民に迷惑を掛けるわけにはいかない。私も壱岐出身であり,全面的に市へ協力する。土地は惜しまない」と有り難い言葉を頂きました。
 工法選択において,
(1)法面工1:1.2の安定勾配でカットを検討しましたが,「所有権移転不可能な複数の共有地に入り込む」「背後地に墓があるため補償費が発生する」「大量の切土が発生し施工期間が長くなる」等の問題が発生しました。
(2)現場吹付法枠工は,上部土質が風化岩のため耐久性に難がありました。
(3)現場打法枠工1:0.8(枠内植生土のう)については,長期耐久性に優れ枠内をコンクリートにするより植生土のうが安価であり,枠内を緑化することにより環境及び景観に配慮することができる。
 以上の長所・短所を地元関係者及び長崎県砂防課と協議を重ね,(3)の現場打法枠工(植生土のう)を採用することに決定しました。しかし,ここで問題が発生しました。一部損壊した家屋は,周囲に側溝が無く法枠工前面の側溝流末を何処へ流すか,また,敷地に隙間無く家屋が建っており,側溝を敷設するスペースもありませんでした。家屋の所有者と協議した結果,家屋の物置部分を落蓋側溝でと提案しました。しかし,その物置の中には井戸もあり,柱と井戸の間隔が狭く,側溝を敷設するための掘削幅の確保が困難でありました。結局,最小限の掘削幅で勾配もとれるビニールパイプを埋設し,国道の側溝まで繋ぎ元通りコンクリート舗装を施工し,物置場としての機能を保つということで了解を頂きました。
 こうして,工事用の図面等も出来上がり,いつでも発注できる態勢が整いましたが,この事業の補助金交付決定通知書が来たのが1月末と,災害発生から約6カ月経過した後だったことに不満を感じました。
 工事は,地元関係者の協力もあり,大きな問題もなく無事,今年6月末日に完成しました。

壱岐市災害関連地域防災がけ崩れ対策事業(白水(2)地区)計画平面図

4.おわりに
 本事業の着工にあたり,ご尽力いただいた長崎県砂防課や壱岐振興局の関係者をはじめ,地権者及び地元関係者の皆様方にはあらためて感謝いたします。
 平成の大合併により広域となったことから,今後は災害時において各支所の職員が中心となり,地元自治会や消防団の果たす役割が大きいことや,今後,高齢化社会により犠牲者の多くを占めると思われる高齢者への対処として,住宅の中でも2階や山側でない部屋を寝室にするなどして,被災を少しでも避ける必要があります。『自らの身の安全は,自ら守る』のが防災の基本であり,災害はいつ発生するか分からないため,日頃から自主的に災害に備え,防災訓練や各種防災知識の普及啓発活動をはじめとする関係機関との連携・協力が必要であります。住民の皆さんもこの観点に立ち,地域ぐるみの自主防災組織を育成強化しなければなりません。
 そして,過去に災害を経験された高齢者等を中心とした地域密着型の活動を行い,災害の恐ろしさを後生に伝えていく必要があると感じます。
 最後に,今回の集中豪雨により河川が氾濫し道路で車が立ち往生した普通河川流川川は,今年度計画されている改修工事で解決すると思われますが,郷ノ浦町では,1名の尊い命が犠牲となりました。2人暮らしの自宅を守ろうとした男性は,自然の力に勝てず自宅前で起きた惨劇です。この命を無駄にすることなく,地域防災に対する意識の拡大と,災害に対する危機管理意識を高め「災害に強い・安全で安心できる島づくり」に努める所存であります。