次年子(じねんご)地区の地すべり災害への対策について

阿部孝義(Kogi Abe 山形県大石田町長)

「砂防と治水198号」(2010年12月発行)より

1.大石田町の概要
 本町は,山形県のほぼ中央に位置し,面積79.59km2,人口約8,500人の自然豊かな町です。町の中央には日本三大急流の最上川が南北に貫流し,JR 奥羽本線や国道13号も南北に通っています。かつて最上川舟運が盛んな頃はその中心河岸としても栄え,松尾芭蕉・正岡子規・齋藤茂吉など数多くの文人墨客が訪れた歴史と文化に育まれた町です。
 産業面では稲作が中心であり,スイカやそばが特産物として栽培されており,特にそばは古来より伝わる「来迎寺在来」を全町的に栽培しており,このそば粉を中心にした手打ち蕎麦屋さんは現在15店舗を数え,県内外からのお客さまは年間30万人にも達しており,環境省から認定された「そばのかおり風景100選」の町でもあります。
 また,当町は全国有数の豪雪地でもあり,平成17年度には2m63cmの積雪を記録しておりますが,町の中心部を始め各集落で流雪溝の整備が行われており,住民組織自らが「施設は行政,活かすは住民」のスローガンのもと,施設管理を行っています。このように,行政と住民の協働のまちづくりを進めております。


位置図
2.市禿(いちのはげ)地区(大石田町次年子地内)の地すべり被災状況
 平成21年9月6日,地下水湧出を起因として地すべりが発生し,多量の土砂が斜面に崩落,堆積しました。地すべり発生までまとまった雨は観測されていないことから,周辺には常に多くの地下水が供給されていたことが想定されます。
 堆積土砂は,豊富な湧出水によって液状化し,下方の農地と主要地方道新庄次年子村山線に泥流となって流出し,一時全面通行止めとなりました。この際,駐車中の乗用車1台が土砂に呑み込まれましたが,所有者は乗車していなかったため難を逃れ,人的被害がなかったことは不幸中の幸いでした。

災害発生箇所 地すべり全景写真(H21.9)

 この地すべりについての対応ですが,発生当日,県・町・警察など関係機関が直ちに現地に向かい,同時に重機により主に県道部分の土砂の排除作業を実施,併せて全面通行止めの交通規制を行いました。翌日,関係機関による対策会議を開催,連日現地確認を行いながら,当面する対応を検討し,緊急措置として山形県により農地・県道に大型土嚢が設置されました。併せて当該次年子地区や周辺の地区に対して,地すべりの発生と交通規制周知の全戸チラシの配布,町内全戸配布の町広報による周知を行いました。9月29日には,県と町が合同で国土交通省・財務省・県選出国会議員に対し災害としての対策を講じていただくための要望を行いました。また,次年子地区については,全戸を対象に地すべりや交通規制の内容・復旧の進め方などの説明を数度にわたり開催を実施したところです。
 次年子地区では「大石田そば街道」15店舗のうち5店舗が営業しており,被災した主要地方道新庄次年子村山線は,次年子地区への重要な観光アクセス道路となっております。秋は山菜の収穫や新そばの時期でもあり,県内外からの多くの観光客が訪れるため,早期の交通規制の解除が望まれていました。更に,降雪期が目前に迫っていたこともあり通勤などに出来るだけ支障が出ないような対応が必要であり,再度の地すべりに警戒しながらも徐々に規制緩和を行ってきたところです。
 その後,砂防等災害関連緊急対策事業として復旧事業が認められ工事が進むことになります。
◇直近の雨量データ(災害発生約1週間前の8/31)
 連続雨量 26mm
 最大24時間雨量 35mm
 最大時間雨量 7mm
◇地すべり発生規模
 崩壊発生域:幅30m,長さ60m,深さ5m
 土砂堆積域:幅70m,長さ200m,深さ0.5m

流出土砂の撤去状況
(主要地方道新庄次年子村山線)
被災した駐車中の乗用車


頭部滑落崖の状況(落差3〜4m)

3.市禿地区災害関連緊急地すべり対策事業について
(1)災害関連緊急地すべり対策事業の採択
 県は,9月6日の地すべり災害発生直後から,地すべり発生域や土砂流下域の調査に入るべき準備を進めました。発生域には周囲に亀裂が残るなど変状が顕著で,また湧水地点からは多量の地下水が湧出し,新たな地すべり発生による二次災害の危険性が極めて高いことから,現地には土砂流出を事前に察知するための地盤伸縮計や土石流センサーを設置し,慎重を期する中で調査が進められました。
 崩壊箇所を放置すれば,地すべりが拡大し,流出した土砂により一級河川次年子川の河道閉塞が懸念され,形成された天然ダムの決壊による下流域の集落への被害が想定されました。
 その結果を基に,県から国に対して下協議が行われ,10月20日に災害関連緊急地すべり対策事業が採択され,直ちに調査ボーリングを行い地すべり機構の解析が行われました。
(2)地すべり発生の原因と過程
 この地区には粗粒石英質の砂岩層が分布していますが,この地質は風化しやすく雨水等の浸食に対し抵抗性が低いという特徴を持っています。また,滑落崖の部分には複数の湧水が見られ,湧水量も毎分20〜30リットルと比較的多く,周辺には常に豊富な地下水が供給されていることが推定されます。
 この地では,過去に発生した地すべりにより周辺の地山は不安定な状態にあったと思われ,供給される地下水によってパイピング現象が発生し,それが進行したことで更に地山が不安定となり,ついには地すべりが発生,多量の土砂と水が渾然一体となり流下したものと思われます。
(3)地すべり対策工法の選定
 当該地すべりの基本条件としては下表のとおりです。
地すべりブロック A-1ブロック・A-2ブロック
地すべりの形態 崩壊土砂地すべり〜風化岩地すべり
地すべりの素因 @地質的要因
 強度低下しやすい地質。特に地表水の浸食に弱い。
A水理的要因
 湧水が多く見られ、地下水が豊富。広範囲から地下水が集まりやすい。
地すべりの誘因 @融雪期に地下水が上昇。
周辺ブロックとの関連性 @周囲には他のブロックが重なるように分布する。
AA-1ブロックが抜け出したことにより、周辺地すべりブロックの末端部が消失。

 これらのことから,@湧水箇所を中心に地下水排除工を計画するA表流水による浸食を防ぎ左岸自体の強度低下を抑制するB周辺ブロックの安定のため地すべり範囲を拡大させない対策工を計画する必要がありました。
 具体的には,地表水排除工(明暗渠工)と地下水排除工(横ボーリング)を組み合わせた工法が最適であると判定されました。

(4)地すべり対策工事
 県は,調査ボーリングや解析により計画された地表水排除工(明暗渠工,横ボーリング)などの対策工事のうち,災害関連緊急地すべり対策事業分については11月下旬に着手しましたが,直後に新たな小崩落が発生したことや,県内でも有数の豪雪地ということもあり,まもなくして12月中旬には初雪が降り,これが根雪となって一気に積雪深を増し,厳冬期の2月には最大積雪深が2mを超えたことが,工事の大きな障害となりました。
 そのような中,明暗渠工の流末部分と工事用道路の築造を進め,そして融雪期を迎えましたが,幸いにして新たな崩壊や変状は認められず,雪崩の危険性も解消された5月上旬から横ボーリングに着手できることとなりました。
 横ボーリングは,工事施工期間中の安全を確保するために,地すべり発生域の頭部及び側部の2箇所から12孔が施工されました。ボーリング孔に挿入された有孔管からは,途切れることなく毎分20〜30?排水されるものもあり,地下水の供給がいかに豊富であるかを裏付けています。
 横ボーリング完了後の地下水位は期待通りに低下し,安全率(Fs=1.05)も確保されたため,発生域までの明暗渠工の施工を行い,災害関連緊急地すべり対策事業にかかる工事については,平成22年8月末に完了したところです。
 地すべり対策工事は,引き続き特定緊急地すべり対策事業で継続しており,計画安全率Fs=1.20に向けて発生域内の3箇所から11孔の横ボーリングと,頭部滑落崖〜側方崖の崩落防止対策としての法面保護工を実施していただいております。

地すべりブロック及び地すべり対策工事平面図 断面図

4.おわりに
 今回の地すべりについては,山形県においては,発生と同時に副知事が現場視察をするなど,迅速に現場の応急対策を講じていただきましたし,国への復旧工事に対しての要望など,常に町と連携をとっていただきながら進めていただき,現在本格的な復旧工事を行っております。
 私は,常に「安全・安心・暮らしの豊かさを実感できるまちづくり」を基本理念とした町政運営に努めてきました。その意味で今回の地すべりでは,人的な被害が無かったことと,適時な対応で地域住民の生活を守ることに徹する行政の仕事ぶりを理解していただけたことは本当に良かったと考えます。当初は通行規制を行いながらの復旧工事でしたが,規制が解除された現在も常に安全面に配慮しながら作業を行っていただいておりますので,次年子地区の方々をはじめ,当該地区を訪れる方は安心感をもって通行できております。
 現在までの,山形県当局をはじめ,関係機関の皆様や地元次年子地区の皆様のご理解とご協力に改めて感謝申し上げますとともに,今後復旧工事全体が早期に完了しますことを願っております。