『絆』で結ばれた災害に強いまちを目指して

小村和年(Kazutoshi Komura、広島県呉市長)

「砂防と治水200号」(2011年4月発行)より

1.呉市の概要
 呉市は,広島県の南西部に位置し,瀬戸内海に面する陸地部と,倉橋島や安芸灘諸島などの島々で構成される気候温和で自然環境に恵まれた人口24万3千人,世帯数11万1千,市域面積は353.76km2の都市です。
 近代呉市は,明治19年(1886年)に第二海軍区鎮守府が開庁され,明治36年(1903年)には呉海軍工廠が設置され,先端的な軍需鉄鋼研究拠点でもありました。その卓越した造船技術により「戦艦大和」が建造されるなど,最盛期の昭和18年(1943年)には人口40万人を超える,東洋一の軍港・日本一の海軍工廠を擁する都市として発展しました。
 しかし,終戦による海軍の解体とともに,その存立基盤を一挙に失い,人口も15万人に激減しました。
 戦後の復興は,「平和産業港湾都市」として海軍工廠の技術は大手鉄鋼関連メーカーに引き継がれ,造船,鉄鋼,機械金属,パルプ産業等の企業が進出し,新たな臨海工業都市として成長してきました。さらに,平成15年から17年(2003年から2005年)にかけて,近隣8町と合併し,新生「呉市」としてさらなる発展を続けているところです。

2.過去の主な災害と取り組み
 本市は,平坦地が少なく,市街地は海まで張り出した山塊によって各地区に分断され,急傾斜地に民家が密集しています。さらに,斜面には花崗岩が風化したもろい「まさ土」が堆積しており,土砂災害が発生しやすい状況にあります。
 こうしたことから,戦後3回大きな土砂災害を経験しています。昭和20年9月には,枕崎台風により死者1,154人,重軽傷者440人を,昭和42年7月には,梅雨・豪雨災害により死者88人,重軽傷者467人を,平成11年6月には,豪雨災害により死者8人,重軽傷者5人の痛ましい犠牲者を出しました。
 このような甚大な土砂災害を契機として,本市は,「急傾斜地の崩壊による災害の防止に関する法律」に基づくハード対策として,急傾斜地崩壊対策事業を積極的に推進し,災害防止に努めています。また,「土砂災害警戒区域等における土砂災害防止対策の推進に関する法律」に基づくソフト対策として,市民の皆様とともに,警戒避難体制の整備に力を入れているところです。


3.平成22年7月豪雨の経緯と被害状況
 雨は,7月12日(月)から14日(水)まで断続的に降り続き,地域によっては,局地的な豪雨,いわゆるゲリラ豪雨の様相も見受けられました。
 12日(月)20時03分大雨・洪水注意報が発表され,呉市では災害監視体制をとり,翌13日(火)7時10分には大雨・洪水警報の発表により,災害注意体制に移行しました。8時25分には広島県西部の市町に「広島県土砂災害警戒情報」が発表され,本市においても7時から9時までの2時間に各地で相当の雨量を記録し,多い所では時間最大雨量41ミリ,2時間雨量66ミリを観測しました。その直後,呉市宮原9丁目で宅地がけが崩壊し,付近一帯4世帯10人に避難勧告を発令しました。
 14日(水)10時には呉市災害警戒本部を設置し,体制を強化し,同日10時50分に「広島県土砂災害警戒情報」が発表されたことに伴い,さらに警戒を強めました。
 14日午前に降り注いだ集中豪雨は,市役所本庁舎から見られる呉市中心街も豪雨によりその視界を遮られ白く霞み,中心街を流れる河川や水路は満潮時と重なった事もあり氾濫し,隣接する道路はみるみる冠水し,大規模な災害の発生を予感させました。特に降雨が激しい地区は呉市の東部に集中し,時間最大雨量61ミリ,2時間雨量111ミリを観測しました。

降雨の状況

 この集中豪雨により,市内各所で土石流や護岸崩壊に伴う河川の氾濫,道路の冠水や法面の崩壊に伴う通行止め,がけ崩れによる家屋の被害など,1,000カ所を超える災害が発生しました。
 主なものとしては,広地区では低地部において大規模な浸水被害に見舞われ,音戸町坪井1丁目で大規模ながけ崩れが発生し,4世帯7人に避難勧告を発令しました。特に被害が集中した呉市東部地域の安浦町では,豪雨が小康状態となった13時35分に,安浦中央ハイツで大規模な土石流が発生し一人の尊い命が失われるという凄惨な被害を受けました。これに伴い当該地区の60世帯183人に避難勧告を発令しました。さらに,同町安登東4丁目でも大規模な土石流が発生し,幸いにして人的被害はありませんでしたが,家屋が半壊するなどの被害を受け,この地区は現在も再崩壊危険箇所が存在し,時間雨量10ミリを超える雨が想定される場合などに避難勧告を発令しています。

◎人的被害


◎損壊被害


◎浸水被害

4.災害復旧への対応
 豪雨が峠を越えると,市民や各支所から被害の情報が本庁の維持管理部局に次々と入り,その量と重大性から,通常の体制では対応できないと判断し,特に被害が集中した東部の支所には,応援職員を配置し,情報の収集整理と被害状況の把握,災害の拡大を防ぐための応急処置に当たらせました。
 復旧事業の実施に際しても,技術系職員を流動的に配置し,その業務に当たらせるなど,一日も早く公共施設の機能を回復させ,市民の皆様が安心して生活できるよう,全庁的な体制で復旧作業を実施しております。
 また,災害復旧事業に着手するための予算措置についても,市議会の理解と協力を得ることで,河川や道路など土木施設災害復旧費に約10億円,農道,林道や農地などの農業施設災害復旧費に約10億円と総額約20億6千万円を専決処分により予算化し,早期災害復旧の実施を図ることができました。
 痛ましい被害を出すこととなった安浦中央ハイツでは,土石流の発生に伴い多くの家屋が全半壊する結果となりましたが,復旧作業に当たっては,流れ出た土石約2,700m3の撤去と応急的な処置を呉市が早急に行い,広島県の迅速な判断により国土交通省より災害関連緊急砂防事業の採択を受けていただき,現在本格的な復旧に取り組んでいただいております。災害関連緊急事業として,このほかにも同砂防事業1件,同急傾斜地崩壊対策事業2件を実施していただいております。
 このように復旧作業に当たっては国・県と市が互いにその役割を分担し,協調しながら現在も復旧事業を鋭意推進しております。

斜面地に密集する宅地がけの崩壊 河川の氾濫状況

多量の土石流が流れ込んだ安浦町中央ハイツ

5.今後の主な防災対策
(1)防災情報の伝達
 土砂災害から地域住民を守るためには,迅速かつ的確に防災情報を伝達し,必要な防災行動をとっていただくことが大変重要です。
 本市では,平成20年度に全市域に防災行政無線を設置するとともに,平成22年度からは「呉市防災情報メール配信サービス」を開始するなど,より効果的な防災情報伝達システムの導入に努めております。また土砂災害の避難勧告の発令基準につきましては,時間雨量や土地に含まれた雨量などを勘案するとともに,広島県土砂災害警戒情報や災害の発生状況などを考慮して避難勧告できるように「避難勧告・避難指示基準」の改正案を策定し,現在検証中です。
 さらには,土砂災害警戒区域や避難場所等の情報を分かりやすく記載した「土砂災害ハザードマップ」を作成し,関係地域の各世帯に配布することにより,降雨時の円滑かつ迅速な住民の避難に役立てています。
 今後も,警戒区域内の災害時要援護者施設への土砂災害情報の効果的な伝達や,土砂災害のおそれのある区域についての危険の周知,警戒避難体制の整備などのソフト対策を推進します。
(2)全庁的な防災体制の強化
 今回のような大規模な災害発生時には,各部署の職員がしっかりとその役目を認識し,迅速に対応できなければなりません。そのためには,平素から職員が危機意識を持ち,職員一丸となって防災対策に取り組む必要があります。
 特に今回のように一度に膨大な量の被害情報がもたらされた場合には,その対応の如何により情報が錯綜するなど的確かつ敏速な対応に支障を来たし,ひいては悲惨な結果をもたらすことともなりかねません。
 本市では,後日各災害対策部に配置されている防災情報取扱担当者を中心に会議を開き,反省点,課題等を洗い出し今後の災害に備え検証を行いました。また,今後も職員の防災スキルを向上させるために防災研修を継続的に実施していくこととしております。
 被災地での災害復旧業務についてもより迅速な対応が求められます。災害が発生した場合,早急に被災現場へ出向き的確に状況を把握し,関係部署への報告,業者への指示,監督を行い応急処置を行わなければなりません。被災後は,現地を調査し復旧に向け測量,実施設計を行うなど専門知識を有した人材が必要となります。今回のような大規模な災害が発生した場合,このような災害対応事務に精通する人材確保の必要性を痛感させられました。
 これについては,市職員の災害事務処理能力の向上にむけた研修を積極的に行うことはもとより,即戦力となりうる市職員OB 等の登録制度の創設などを検討していかなければなりません。また,市町間の相互支援制度やコンサルタントを対象とした災害事務処理能力のレベルアップを図る研修の実施など,広島県土木協会が中心となって調査,検討を進めていただいております。
(3)自主防災組織の結成・育成
 本市の自主防災組織の結成率は,全国的にみても低く,その背景には地域の高齢化やコミュニティー不足などが挙げられます。
 今回のような大規模な災害では,『公助』つまり行政の手が行き届かないこと。その中で,まずは自分の身は自分で守る『自助』が最も大切であること。さらに,自分たちのまちは自分たちで守る『共助』いわゆる自主防災組織の働きが重要であり,地域の助け合いや多くのボランティアの支援から生まれる「絆」をより強く認識していただき,行政と地域が協働して自主防災組織の結成・育成活動に積極的に取り組んでいきます。

6.おわりに
 今回の災害でご支援いただきました国,県並びに関係機関の皆様をはじめ,ご協力いただきました地元住民の皆様に心から感謝申し上げます。
 災害から尊い住民の皆様の生命・財産を守るためには,ハード・ソフト両面において常日ごろからの対策が最も大切です。今後とも防災対策の向上に不断の努力を重ねてまいります。
 しかしながら,行政いわゆる公助だけでは「災害に強いまちづくり」を実現することはできません。第4次長期総合計画で将来都市像を「『絆』と『活力』を創造する都市・くれ」と描いているとおり,市民が安心して安全・快適に暮らしていけるまちを実現するためには,地域の意向や特性を生かしながら「自分たちのまちは自分たちで守る」という共助の取り組みが主体的かつ効果的に実施される必要があります。その上で,自助・共助・公助がしっかり連携することが「災害に強いまちづくり」を強力に推進することに結びついていくと確信しています。
 最後になりますが,多岐の分野にわたる防災上の課題も多く,一朝一夕に解決できないものも多くあります。今後とも,市民の皆様はもとより,国,県並びに関係機関の皆様のご協力をよろしくお願い申し上げます。