平成22年7月3日の豪雨災害について

池田孝(Takashi Ikeda、鹿児島県曽於市長)

「砂防と治水201号」(2011年6月発行)より

1.曽於市の概要
 曽於市は,鹿児島県の東部を形成する大隅半島の北部,宮崎県との県境に位置し,北部地域は太平洋に注ぐ大淀川支流域に開け,都城盆地の一角をなし,南部は志布志湾に注ぐ菱田川流域に広がる地域となっており,地形は河川に挟まれた台地状をなし,台地上は主に畑地で台地下の河川流域は水田が多い。台地上と台地下の標高差が30〜80mあり,かつ急峻な傾斜面を呈している上に,鹿児島県特有の軟弱なシラス土壌のため,集中豪雨等にみまわれると崖くずれ等による災害を受けやすい自然状況下にあります。
 市内全域が大隅半島北部の内陸部に位置しており海岸線を有さず,総面積は390.39km2,うち森林が約60%を占めており,その80%がスギを主体とした人工林となっております。
 平成17年7月に曽於郡末吉町・大隅町・財部町の3町が合併し誕生した新しいまちでもあり,平成23年4月末現在で人口40,591人, 世帯数18,655戸の畜産や畑作を中心する農畜産業を基幹産業としたまちであります。
 県境を挟み隣接する宮崎県都城市と日常生活や文化面でのつながりが深く,都城都市圏の一角をなしております。平成23年1月には,鹿児島県と宮崎県にまたがる霧島連山の新燃岳が52年ぶりの爆発的噴火を観測し,都城市を中心に大きな被害をもたらしました。
 本市の一部にも多量の降灰があり被害の拡大が懸念されましたが,幸い新燃岳の活動も小康状態となり,今後の火山活動を注視しているところです。

2.災害の特性と過去の主な水害
 本市は,南九州特有の水に対して極めて軟弱なシラス土壌によって形成されていることに加え,台風や豪雨の頻度も高く,崖崩れ,地すべりによる土木施設・家屋などの被災,河川の氾濫による農地・農業用施設の埋没・浸水などの災害が発生しやすい地域となっております。
 過去の災害としましては,鹿児島県全域で大きな被害が発生した平成5年6月から8月にかけての集中豪雨,9月に発生した台風13号による風水害で,旧3町合わせて死者1名,住宅被害27戸,耕地災害1,684件,土木災害480件,総被害額73億2千万円の多額にのぼるものとなりました。
 また,平成18年7月の集中豪雨においては,全壊1戸,床上浸水18戸,床下浸水37戸,耕地災害589件,土木災害49件,被害総額10億5千万円の被害が発生しており,農地や道路等の被害を中心に,シラス土壌であるが故の大きな災害が繰り返されてきました。

3.豪雨の概要
 今回の豪雨は,6月から7月中旬にかけて,梅雨前線が九州から本州付近に停滞し,九州から東北地方にかけての広い範囲で大雨となり,九州,中国,東海地方を中心に各地で浸水被害や土砂災害などが発生した梅雨前線による大雨であり,曽於市においても局地的な激しい雨をもたらしました。
 まず,6月17〜24日の豪雨については市の南部を中心に,連続雨量が719mm,最大日雨量231mm,最大時間雨量62mmを記録し,河川護岸決壊や道路への崩土,路肩の決壊等が発生しました。職員は,連日その処理に追われていましたが,応急の処置が一段落したのも束の間,7月2日午前0時〜7月3日午前9時にかけまして,市の北部を中心に,連続雨量355mm,最大時間雨量74mm(7/3 1:00〜2:00)を記録し,6月の豪雨で緩んだ地盤に更に追い打ちをかけるような激しい雨が数時間続いたことから,地すべりや崖崩れ,道路の路肩決壊,河川の氾濫による人家被害や農地災害等が市北部を中心に多数発生しました。
 特に市北部の財部町正部地区においては,7月3日真夜中の1時から6時までの5時間に294mmの豪雨を記録しており,台風の常襲地帯にある当市にあっても,あまり経験することのない豪雨となりました。近年は,狭い範囲で局地的に大雨をもたらすゲリラ豪雨の発生回数が増加傾向にありますが,正にゲリラ豪雨そのものを経験することとなりました。

雨量・被害概況

4.被害状況
 今回の6月から7月にかけての豪雨による被害は,市内全体で全壊2戸,一部損壊1戸,床上浸水17戸,床下浸水48戸,負傷者1名,耕地災害418件,土木災害72件,総被害額10億7千1百万円の甚大な被害となりました。
 特に7月3日の豪雨で,本市の北部に位置し,霧島山系を源流とする大淀川水系庄内川とその支流となる溝之口川の合流地点に位置する財部町中谷地区においては,7月3日午前2時ごろ,堤防を越えた濁流が水田や道路を呑み込み,植え付けが終わったばかりの水田は,一夜にして砂,泥,流木で埋め尽くされてしまい,住家・事務所20戸(床上12戸,床下8戸),農地55haが浸水しました。
 また,同地区においては,大規模な地すべりも発生し,家屋2戸が全壊し,人命こそ失いませんでしたが,住家や畜舎等に大きな被害を出すこととなりました。

庄内川氾濫状況 被災箇所全景

地すべり及び土砂流出状況
(中谷地区)
住宅被災状況(中谷地区) 踊橋の被災状況

5.災害関連事業
 本市の中谷地区に発生しました地すべりは,写真にありますように,その規模が長さ約90m,幅約50m,土量約12,000m3に及び,人家2戸が全壊しました。土砂災害は早朝6時に発生したわけですが,幸いにも住民は外出しており,外出先より帰宅した男性一人が帰宅した正にその時,土砂により押しつぶされた自宅と降りた車の間に足を挟まれ,その後しばらくして救出されております。正に危機一髪で助かっており,被害が人命に及ばなかったことは,不幸中の幸いでありました。
 この地すべりにつきましては,鹿児島県が災害関連緊急地すべり対策事業(中谷地区)として取り組んでいただき,現在,人家10戸と小学校1校を保全対象とし,排土工,法面工や水抜きボーリング等による復旧工事が進んでおり,9月末の完成が見込まれております。
 また,本市では,中谷地区の水害が繰り返されたことから,大淀川の支流であり県境に位置する庄内川の抜本的な河川改修について,鹿児島県,宮崎県,国等に対し繰り返し要望していましたが,鹿児島県では平成22年度社会資本整備総合交付金事業により,庄内川及び溝之口川の流下能力が低い区間の掘削工事に着手され,本年の出水時期までに流下能力の向上を図るべく工事がすすめられております。今後,数年間をかけて人家への浸水を防げるレベルまでの河川改修が計画されており,早期の完成を切望しております。

6.災害対応への課題
 今回の豪雨災害は,想定を越えた雨量によるものであり,台風の常襲地帯にあり何か被害が出ないと梅雨が明けないとまで言われるこの地域の住民にとっても,経験のない被害をもたらしました。
 各地域の被害状況を見ますと,死者が出なかったことが不思議な位なのですが,実は地域の消防団の機転が人的被害を最小限にしております。前述の中谷地区におきましては,7月3日の午前1時頃より,時間雨量50ミリを越える豪雨が続いておりましたが,この地域は平成18年にも床上浸水を経験していたことから,地元消防団が地域を自主的に見回り,夜中の2時の真っ暗闇の中,河川の増水に対し避難が必要と判断し,集落内の各戸を消防団員が訊ねて避難を促し,17世帯29人が近くの集会施設に避難できました。
 この地元消防団の判断が少しでも遅れていれば,避難路が断たれ,尊い人命が失われていたのではと考えております。
 この時期,平成22年4月に発生しました宮崎県での口蹄疫の発生により,宮崎県境に位置する当市は,鹿児島県への口蹄疫の進入を阻止するべく,消毒ポイントの設置や県境の道路を通行制限するなど24時間体制での取り組みが続いておりました。また,この中谷地区は,都城市での口蹄疫の発生に伴い搬出制限区域に指定され,その制限がようやく解除されたところであり,住民の疲労もピークとなっておりました。そのような状況の中で,地域の自主的な活動により人的被害を最小限に食い止めることが出来たことに,改めて感謝を申し上げます。
 また,午前2時という真夜中に発生した土砂災害や河川の氾濫については,行政としても状況を把握できる情報が少なく,判断が難しい状況にありました。地域の自主防災組織の活動の重要さを再認識するとともに,災害に対する警報システムの構築や緊急時の市民への情報伝達方法の構築等の課題を浮き彫りにした災害でもありました。

7.今後の防災対策
 本市は合併以来6年が経過するところですが,広域となったことで,より正確で確実な情報の伝達が求められていることから,これまで合併前の旧町単位でしか使えなかった防災行政無線に加え,それを補完する携帯型の防災無線を各支所及び各消防分団に配置し,市内全域をカバーできる連絡体制を整備しました。
 また,河川の氾濫が危惧される中谷地区につきましては,河川の増水を知らせる警報システムの設置を計画しております。これは,河川の水位が一定の高さを超えると,行政,地元自治会,地元消防団に携帯電話を通して警報が届くシステムであり,簡易なシステムではありますが,警報がより直接的に地元自治会や消防団へも届くことから,夜間や短時間の災害に対応が取りやすく,実用性が高いことから導入を図るところです。
 また,国の補助事業である急傾斜地崩壊対策事業やがけ地近接等危険住宅移転事業等の活用により危険区域,危険住宅を極力減らすとともに,曽於市の地域防災計画に基づく災害危険箇所の一斉調査を毎年実施し,災害危険箇所を住民へ確実に周知し,住民の自主避難体制を構築します。また,災害を未然に防止または軽減するためには,市及び防災関係機関の防災対策の推進はもとより,「自らの安全は自ら守る」という住民自身の自覚の元に,市民一人ひとりが日頃から自主的に災害に備えるとともに,地域の人々が互いに助け合うという意識を持って行動することが重要であります。このため,隣保協同の精神に基づく自主防災組織の整備・強化を推進し,今後の災害に備えてまいります。