平成22年7月発生の豪雨災害を受けて

赤塚新吾(Shingo Akatsuka、岐阜県加茂郡八百津町長)

「砂防と治水203号」(2011年10月発行)より

1.八百津町の概要
 八百津町は,岐阜県の東南部,岐阜市から約40km,名古屋市から約45kmに位置し,東西19.8km,南北11.2km,総面積128.81km2,人口12,397人(平成23年7月1日現在)の町であります。地形的には概ね海抜500〜600mの山間,丘陵地に集落が点在する東部地区と海抜120m前後の河岸段丘に住宅・農地が広がる西部地区に大別されます。東部地区一帯には,緑輝く高原が広がるとともに,西部地区には,飛騨木曽川国定公園に指定される木曽川が雄大に流れ,木曽川に注ぐ旅足川をはじめとする清流,蘇水峡,五宝滝,丸山ダム湖など豊かな水辺空間に包まれています。
 本町は,縄文時代の遺跡土器が多く発見され,中世近世の貴重な仏像等が多く現存していることなど古い歴史を有しており,江戸時代には木曽川の水運の要衝として錦織材木奉行所が置かれ,舟運の拠点として発展しました。
 また,本町は第2次世界大戦中にユダヤ人へのビザ発給により約6千人もの命をナチスドイツの迫害から救った外交官・杉原千畝氏が生まれた町です。この遺徳を讃え人道の丘「杉原千畝記念館」を整備し,その生涯や「命のビザ」など様々な資料を展示しています。本記念館では,これら杉原千畝氏の偉業を継承するとともに地域文化の発展や青少年の教育に資することを目的にした多様な事業が行われ,本町の教育・文化・交流の拠点施設となっています。

八百津町の位置

2.気象状況及び降雨の概要
 平成22年7月15日,東北地方から日本海沿岸に停滞した梅雨前線に向かって太平洋高気圧の縁辺に沿って,下層には暖かく湿った空気が流れ込んだ。また,上空の気圧の谷が西日本から東日本へとゆっくり北東に進み,この谷の通過に伴う寒気の影響で大気の状態が非常に不安定となった。
 岐阜県では,15日昼過ぎから夜遅くにかけて美濃地方の中濃から東濃にかけて局地的に1時間60mm前後の非常に強い雨が降り,大雨となった。
 15日昼過ぎに近畿地方にあった南西から北東方向に伸びる雨域は,発達しながらゆっくりと東に進み,夕方から夜遅くにかけて愛知県尾張西部から岐阜県中濃東濃付近に停滞した。アメダスの雨量観測では,八百津町伽藍で17時45分までの1時間に56.0mm,21時00分までの1時間に54.5mmの非常に激しい雨を観測した。16時から21時までの5時間で203.0mmの雨が降り,24時間降水量は最大で239.0mmに達した。


八百津町伽藍(アメダス)の1時間ごとの降水量

3.豪雨の経過概要
〈7月15日〉
16:20 雨が降り始める
17:08 大雨警報発令
17:42 災害対策本部設置
18:00 土砂災害警戒情報 発表
18:10 各避難所を開設し自主避難者の受け入れを防災無線等で呼びかけ,避難所への避難始まる
19:00 福地才勝橋付近増水,農免道路南陽寺付近道路に一部水没等の連絡のため,一時通行止めの措置
19:03 大雨・洪水警報発令
19:40 ため池の崩壊の危険がある情報を基に上牧野地区5世帯に避難指示を発令,この間,小規模な土砂崩れや床下浸水等の情報も入りはじめる
19:50 杣沢自治会土砂流入の連絡
降り始めからの総降雨量が役場で174.5o,久田見126o,潮南133oに達する
20:15 福地地区,潮南地区,久田見大平自治会,八百津杣沢自治会に避難勧告発令
20:25 野上地区で床下浸水の情報入る
20:40 八百津,和知(野上地区含む),錦津(伊岐津志・錦織)に避難勧告発令,県道中野方七宗線,福地見行山登り口付近で決壊(通行止め),町道向山線路肩崩壊(通行止め)
20:50 野上地区浸水の報告,教員住宅土砂流入の報告
20:53 野上地区の家屋が裏山の崩壊で土砂により押し流された旨の報告を受け,消防団員出動
22:00 東部センターに避難所開設
22:40 ため池等からの水の氾濫及び一部土砂崩れのため木野自治会25世帯(85人)に避難指示発令,降り始めからの総降雨量が,役場で254.5mm, 久田見215.5mm, 潮南182.5mmに達する(1時間最大雨量は17:00〜18:00の58mmを記録)
〈7月16日〉
01:00 避難者確認139人(54世帯)
被害状況の中間報告:避難勧告3,766世帯(11,000人), 避難指示30世帯(100人),床上浸水1世帯,床下浸水13世帯,崩壊1世帯,土砂流入1世帯
01:15 洪水警報のみ解除(大雨警報継続)
04:42 自衛隊出動を要請
05:45 須賀地区の家屋崩壊の連絡,確認
野上高橋から今回の土砂崩れの現場付近まで,13世帯(30人)に避難指示発令
06:05 八町林道山崩れのため,通行止め
07:30 各地区の避難勧告を解除(野上と木野,上牧野の避難指示は継続)
08:15 自衛隊による救出作業開始
15:45 行方不明者1人を発見(野上地区:前日夜発生の土石流現場)
17:30 上牧野と木野に出ていた避難指示を避難勧告に切り換える
18:50 行方不明者2人目を発見(野上地区:前日夜発生の土石流現場)
21:07 行方不明者3人目を発見(同上)
22:00 自衛隊,消防団,消防署,警察による捜索を終了し現地解散する
〈7月17日〉
09:30 木野,上牧野地区に出されていた避難勧告を解除
14:00 野上に出されていた避難指示を避難勧告に切り替える(13世帯30人)
八百津町の地名

4.被害状況
・人的被害:死者3人
・家屋関係:全壊3棟,半壊3棟,一部破損3棟,床上浸水8棟,床下浸水60棟
・町道関係:路側,法面崩壊等130カ所
・河川関係(町管理):護岸流出等77カ所
・農地・農業用施設:農業用用水路崩壊等25カ所
・林道関係:路側崩壊等47カ所
・水道関係:浄水・配水施設7カ所
・学校施設:グラウンド崩土堆積等1カ所

5.災害復旧への取り組み
 今回の記録的な集中豪雨は,当町に近年にない大災害をもたらしました。野上地内では土砂災害により3名の方がお亡くなりになるという痛ましい被害が発生し,家屋,道路,河川,農地,山林など町内全域にわたり甚大な被害を被り,その復旧費は町関係のみで7億円を超すものとなりました。
 3名の方がお亡くなりになりました野上地区及び住民の方が避難された直後に土石流が襲い家屋が全壊となりました横ヶ洞地区においては,岐阜県において直ちに土石流センサーを設置され,現在,災害関連緊急砂防事業で砂防えん堤工事が急ピッチで進んでおります。

3名の尊い命が奪われた野上地区 懸命の救出作業

 また,町内全域において10数カ所の山腹崩壊が発生しましたが,岐阜県において被害が懸念される地区より災害関連緊急治山事業により工事が進められております。県・町の公共災害復旧工事につきましては,平成22年度において全て発注し,一部繰越工事を除いて順調に復旧しております。小規模な単独災につきましては,3年計画で復旧を進めております。当町のような財政力が弱い自治体では,自力による復旧が極めて困難な中,農林水産省関係をはじめ国土交通省関係も激甚災害の指定を受けられたことは大きな励みとなりました。このようにハード対策につきましては,国・県の支援を受け逐次,工事を進めております。
 しかし,今回のような短期的,局地的な集中豪雨は,台風と違い予め予測が困難と考えます。災害時にあっては,「自分の命は自分で守る」という「自助」,「みんなの地域はみんなで守る」という「共助」,つまり住民自身の取り組みが重要であると考えます。こうした自助,共助の活動をサポートするためには,的確な情報提供が不可欠であります。現在,岐阜県において土砂災害防止法に基づく基礎調査が行われており,この結果を受けハザードマップの改訂を行い,必要な情報を提供し町民の方々の防災意識の向上を図ってまいりたいと考えております。

町道路側崩壊

6.おわりに
 昨年7月15日の災害から早1年余り経過しましたが,今でも強い雨が降りますと当時の記憶が脳裏によみがえり,誠にやりきれなく残念な気持ちでいっぱいになります。改めてお亡くなりになりました3名の方のご冥福をお祈りするとともに,この災害において他人では計り知れない恐怖を体験され,今なおその後遺症に苦しまれている方々を思う時,災害というものがハード面だけでなく,いかに人の心を深く傷つけるものかと思わざるをません。そして,二度とこのような災害が起こらないことを願わずにはいられません。
 今後は,今回の災害から得た様々な教訓や提言を風化させないようしっかりと記憶に留め,今後の安全な町づくりに役立ててまいる所存であります。
 最後になりましたが,地域の皆様はじめ消防団の皆様,国や県,自衛隊,警察の皆様には多大な支援をいただきましたこと,また励ましの言葉や様々な支援活動等を賜りました方々に心から感謝申し上げます。