平成22年7月の豪雨災害をふりかえって

鈴木重男(Shigeo Suzuki,岩手県岩手郡葛巻町長)

「砂防と治水204号」(2011年12月発行)より

○はじめに
 災害についてふりかえるにあたり,東日本大震災並びに各地で発生した災害でお亡くなりになられた方々のご冥福をお祈り申し上げますとともに,被災された多くの方々にお見舞い申し上げます。

1.岩手県岩手郡葛巻町の概要
 葛巻町は,岩手県の内陸北部に位置し,まちのほぼ中央部は北緯40度上にあります。
 総面積は434.99km2を有し,そのうち85.8%が森林で占められるとともに,地形は多くの沢や川の影響により,複雑で変化に富んでいます。
 町の中央部を南北に流下する一級河川の馬淵川は,町の最高地点である標高1,235mの遠別岳と稜線を接している袖山を源流として,その流れに沿って開けた耕地を潤しながら,標高234mと町で最も低い地点をとおり,青森県八戸市まで142kmを流下して太平洋に注いでいます。
 次に,町全体の97%が標高400m以上に位置している本町の気象を見ると,内陸型と沿岸型の中間的様相を呈しています。
 平成21年度の葛巻町の総計数値は,次のとおりとなっています。
 年間の日照時間は1,273時間。年間の降水量は968mm。最深積雪は45cm。年間の平均気温は8.5度。真夏の最高気温が30.3度,厳寒期の最低気温は−18.1度で寒暖の差が大きく冷涼でさわやかな気候です。
 平成23年10月現在,人口が7,383人,世帯数が2,901世帯,人口密度は16.9人/km2で,65歳以上の人口は,全体の37.5%を占めています。
 このような地勢にある本町は,明治25年に乳牛のホルスタイン種を導入以来,酪農と林業を基幹産業とし,生乳生産が日量100tの東北一の酪農郷となっています。第三セクターの「くずまき高原牧場」をはじめとして,酪農体験学習などに全国から訪れる多くの方々をお迎えしています。

位置図

 また,昭和61年にワイン工場を建設し,山ぶどうを原料とした山ぶどうワインを醸造しています。国産ワインコンクールで銅賞を受賞するまでになりました。平成11年に風力発電施設3基を設置して以来,総基数で15基の風力発電施設を有し,その発電能力は22,200kWに達します。さらに,畜糞バイオガスシステムを建設し,発電や熱,有機肥料を回収しておりますし,120kWの発電能力を有する木質バイオマスガス化発電設備も設置しています。平成12年には,町中心部の中学校に50kWの発電能力を有する太陽光発電設備を設置し,平成23年度には「くずまき高原牧場」内の宿泊施設に20kWの発電能力を有する太陽光発電設備を設置しました。
 「北緯40度ミルクとワインとクリーンエネルギーの町くずまき」をキャッチフレーズに掲げ,21世紀の課題である「食料・環境・エネルギー」の問題解決に貢献し,「山村のモデル」となる町を目指しています。
 去る10月13日は,このような取り組みが評価され,過疎地域自立活性化優良事例表彰の最高位賞である総務大臣賞を受賞しました。

放牧され自由に草を食む乳牛と風車のある風景 山ぶどうワインと乳製品

2.7月の豪雨と被害状況について
 平成22年7月には,3回の豪雨と1回の降雹がありました。
 いずれの場合の降雨も町中心部に設置している雨量計では少量の降雨記録であり,局地的に集中した「ゲリラ豪雨」となり,各所に被害をもたらしました。
 7月3日には,午前10時30分頃から約30分間にわたり激しい豪雨となり,北部地区では一時的に道路の冠水や土砂の流出が発生,町道の一部には路肩や法面が崩壊した箇所がありました。また,小田地区の沢では,3日午前11時頃に土石流が発生し,畑と一部の宅地にまで流出しました。
 7月17日には,激しい雷雨で大きな被害をもたらしました。午後4時30分頃から降り始め,午後7時の解析雨量は,葛巻北西部で61mmを記録し,土谷川地区では,準用河川の護岸をはじめ町道の路肩や法面の崩壊箇所が数多くあり,一部区間は片側交互通行としました。また,北部地区においても沢に架かる橋が土砂で埋塞したことにより,並行する町道を水が流れ路盤や路体が流失し,車輌の通行が不能となりました。
 町道の路肩決壊等に伴って,飲料水供給施設の導水管の一部が遮断される等の被害も発生しました。
 7月24日から25日には,南部地区の中外川の雨量計が時間最大で33mm・24時間の累計では95mmを記録し,町道の路肩が崩壊するなど一部区間では大型車の通行を制限しました。
 町が被災した件数等は,次のとおりです。
 公共土木施設災害では,河川20件,道路25件。農地,農業用施設災害では農地5件,そのほか,農地への冠水や土砂流入になどによる被害面積は9.4haに達しました。
 町道・農道・林道・簡易水道施設等で,急遽,修繕が必要となった箇所は多数にのぼり,また,住宅の床下浸水は10棟,床上浸水が2棟となっています。
 この他に,岩手県が管理する国道・県道・一級河川についても多くの被災がありました。

越流水は住宅の基礎まで迫った 越流水に路盤が流され波打つアスファルト舗装(左)

3.災害への対応について
 災害対策本部では,それぞれの部が所掌する分野の被害状況の把握と情報の収集に全力を傾注しました。
 まちの水防隊は,建設水道課のパトロール班や地区住民からの通報による緊急措置が必要な箇所について,度重なる豪雨にも拘わらず,献身的な水防活動により被害を最小限にくい止めることができました。
 また,町と災害時における「応急対策業務に関する協定」を締結している町内建設業者に協力を要請し,住民の生活に直結する道路の安全な通行のための応急措置を講じました。
 道路被災箇所の一部については,岩手県の災害担当課との協議により,応急工事を実施し,孤立集落の解消を図りました。

建物脇を大型土のうで防御 土砂の除去後,簡易橋で高齢者の通路を確保

4.災害復旧の状況について
 7月初旬の豪雨により土石流が発生した箇所については,下流域に住宅が建ち並んでいることから,岩手県が主体となり災害関連緊急砂防事業の採択に向けていち早く着手していただいたことにより,現在は,砂防堰堤の築造が順調に進捗しており,今年中に完成する予定となっており,地区住民ともども安心しているところです。
 公共土木施設災害や農地,農業用施設災害の被災箇所にあっては,98%の箇所の復旧工事を発注済みであり,既に19箇所が復旧を終えています。
 農地への土砂流入箇所については,町が単独で「農地災害復旧対策補助事業」を創設し,土砂等の除去に掛かる経費の一部を農家や水利組合に交付して早期復旧に努めました。その実績は,15箇所となっています。
 本町は,前述したとおり自然豊かな町ですが,急峻な地形も多く,これまでも幾度となく大きな災害を経験しています。その復旧に際しましては,国及び岩手県のご高配を賜りながら,動植物の生態系保持のための工法なども採用していただき,感謝を申し上げます。

環境に配慮した護岸ブロック 同左(河川の合流部)

5.おわりに
 この度は,数回にわたる大災害であったにもかかわらず,幸いにも人的被害は皆無であり安堵したところであります。
 平成18年10月に,72時間雨量が383mmという歴史的な降水量を記録し,町では初めての避難勧告を発令しました。また,その被害総額も40億円を超える甚大なものでした。
 このような大災害の経験を踏まえ,地域住民の「安全と安心」を最優先し,「安心して暮らせる町」を目指し,災害に強い町づくりを社会基盤整備の基本理念に据えて取り組んでいます。
 さらに,住民への情報伝達基盤整備の必要性を強く認識し,いち早く一斉に情報を伝達する手段として,屋外告知設備を整備するとともに,携帯電話不感地帯の解消や地上デジタル放送受信環境の全町整備に取り組み,誰もが等しく情報を得られる環境を整えたところであります。
 水防隊にあっては,その活動に際し様々な事態にも有効な対応と活動ができるよう水防訓練を継続的に実施しています。
 地域防災については,以前から存在する町内の各自治会が母体ですが,その中に自主防災組織が結成され,自治会活動と連携させながら活動を実施しているところです。以前にも増してきめ細やかな連携が図られ,相互の絆が深まり円滑な活動の展開が期待されます。「自治会内でできることは自分たちで」という協働のまちづくりと同様の意識の醸成に努め,防災に対する意識も高めて万一の際に備えたいと考えているところです。
 本町の平成22年度は,7月のゲリラ豪雨に始まり,昭和19年以来という114cmにも及ぶ年末年始の大雪,そして3月の東日本大震災と続き大自然の猛威と恐怖を経験しました。
 そのような中にあって,少年消防クラブや小学校の児童たち,あるいは地域団体がその活動が認められ,全国表彰を受賞したことや水防隊の母体である葛巻町消防団が全国消防操法大会に連続3回目の出場を果たすなどの明るい話題もありました。
 おりしも,本町は合併55年を迎えた年でもあり,町の歴史を振り返り先人のたゆまぬ努力に改めて敬意と感謝を捧げる機会となりました。全国に誇れる「葛巻町」の価値を再認識するとともに,持続可能な町づくりの「新たな出発(たびだち)」の年となりました。
 平成22年災害の復旧工事の98%を発注した今,災害復旧事業にご支援を賜りました国並びに岩手県をはじめ関係各位に衷心より御礼申し上げます。なお,今年9月に発生した台風15号により,本町でも多大な被害が発生しております。今後とも災害復旧事業並びに砂防と治水対策には一層のご支援を賜りますよう衷心よりお願い申し上げます。
 むすびに,東日本大震災からの早期復旧と復興は勿論のこと,福島第一原発の問題が早期に収束し,全国民に笑顔が一日も早く訪れることを心から願うものです。