平成23年3月12日長野県北部地震から1年を迎えて

上村憲司(Kenji Kamimura,新潟県中魚沼郡津南町長)

「砂防と治水206号」(2012年4月発行)より

1.津南町の概要
 津南町は、新潟県の最南端に位置し、長野県と境を接しています。南から北に町を縦断して流れる信濃川と、これに合流する志久見川・中津川・清津川が形成した日本最大級の河岸段丘上に築かれた町です。
 標高は、信濃川の117mから名峰苗場山の2,145mまであり、総面積170.28km2の内、林野が6割強、農地は2割強であり、その大半は河岸段丘に広がっています。また、日本有数の豪雪地であることが豊富な湧水を生み出し、この清水を利用した魚沼産コシヒカリや高原野菜、ユリ切り花の産地であり、農業を基盤とした町です。
 昭和30年1月1日、6村が合併し津南町が誕生しました。平成の合併には参加せず、現在は「強くて、どこよりもやさしい町」を目指し、11,000人の町民が一丸となって取り組みを行っています。

津南町位置図
2.地震の規模と地勢と雪
 平成23年3月12日午前3時59分に、新潟県と長野県の県境を震源地とした地震が発生し、県境に隣接する長野県栄村役場で震度6強(M6.7・深さ8km)、県境から6kmに位置する津南町役場で震度6弱を観測しました。フォッサマグナ地域内であり、信濃川(千曲川)自体が断層を流れていると言われる地勢が、前日発生した東日本大震災に誘発されたことが、起因とされています。
 本震後の主な余震(町役場観測)は、当日で震度4が3回、4月17日の震度5弱、6月2日の震度4があり、この期間に発生した震度3以下の余震は数知れません。
 この冬は、1月末に積雪3mを超える大雪の年でしたが、2月から震災日までの降雪が記録的に少なく、屋根雪がほとんど無い状態であることが、建物被害(全壊49棟、大規模半壊15棟、半壊91棟)や人的被害(軽症者27名)を最小限に抑えられた理由と考えます。降雪が続き、屋根雪が多い時点での地震発生であれば、被害は数倍になったことが予想されます。

3.被害状況
 この地震による町内の主な被害は、国の災害復旧対象だけでも国・県・町道81箇所、河川3箇所、下水道・農業集落排水3,000m、農地・農業用施設280箇所(工区数)、小中学校7校(全校)となっています。他に「災害関連緊急砂防事業(砂防・地すべり・急傾斜地崩壊対策の3箇所)」、「災害対策緊急事業推進費(道路災害防除)」1箇所の採択をいただきました。
 町が事業主体となる被害額は25億円程、新潟県が事業主体の国県道・一級河川及び住宅等の民間施設を含めると津南町の年間予算に匹敵する大災害と認識しています。
 また、この地震の被災箇所の特徴は、震源地近傍はもちろんですが、信濃川右岸は川沿いに集中し、左岸は広範囲にわたっていることです。町役場を含め、これ以外の地域の被災が比較的に少なかったことで、この大災害に冷静に対応できたものと考えています。

4.震災時の主な対応
 本震直後に役場に駆けつけ、災害対策本部を設置し、集合した全職員の役割分担による情報収集から始めました。
 まずは、除雪路線の交通網の確保です。全面通行止めとなった箇所は、大規模土石流(1箇所)、道路崩落または崩落の危険(3箇所)、雪崩発生(10箇所)、雪崩の危険(3箇所)、大岩塊落石(1箇所2回)、家屋倒壊の危険(1箇所)等があり、雪崩発生箇所は当日処理、雪崩危険箇所については2日で処理し規制解除することができましたが、土石流箇所は長期間、そのほかの箇所は危険物排除に数日を要しました。
 同時にライフライン確保です。水道は15集落464世帯が断水し、積雪のため全復旧(一部仮設配管)に10日間を要しました。復旧の遅れた8集落には、給水車対応(魚沼市の応援)を行いました。電気は1,167戸が停電となりましたが、当日16:51に完全復旧しました。
 避難所の開設で、12箇所に740人が避難しましたが、3月18日で解消しています。また、雪ダムによる土石流の危険(1世帯)、地すべりによる危険(3世帯)、雪崩の危険(3世帯)、土砂崩れの危険(1世帯)のため、避難勧告を行いました。
 避難者対策として、避難場所のない住宅被災者や、避難勧告者に町の公的施設(空き教員住宅・空き医師住宅)を斡旋したことや、自主的に親戚や民間アパートに仮住まいした世帯も多く、この結果、応急仮設住宅の必要なしと判断しました。
 福祉関係では、要援護者や障害者の安否から始まり、避難所における健康相談、被災の大きかった地区の訪問健康調査、母子支援として精神保健相談等を実施しました。
 町独自の施策としては、ゴミ処理施設における震災ゴミの無料化、被災取り壊し家屋の廃材処分料金の全額補助を逸早く指示したところです。
 その他、住宅被害の顕著な地区の応急危険度判定(住宅・宅地)の実施は、住民の注意喚起や危険度判定に有効でした。
 上記の緊急を要する施策は、町職員のみで実施できるものではありません。新潟県、県内市町村、建築士会、消防関係、建設業界等、多くの技術者や専門職の応援派遣をいただきました。また、新潟県、県内外の自治体や団体、個人の皆様からの早々の食料等の支援物資はありがたいことでした。感謝申し上げます。

5.地震による土砂災害と既存防災施設の効用
 この地震による大きな土砂災害は、信濃川沿いの右岸岸壁と左岸に広がる山地において顕著となりました。
 右岸岸壁は、従来から安定した地盤とされ、住宅等が多く建造されました。ところが近年の打ち続く地震に加えて今回の大地震で、幹線の国道117号付近までクラックが入ったため「災害関連緊急急傾斜地崩壊対策事業」の採択をいただき、工事を進めているところです(写真1)。
 また、震源地県境に位置する逆巻地区は、「急傾斜地崩壊対策事業」が23年度に完了した地区でもあります。民家数件と上郷中学校が保全家屋となっています。建物は被災を受けましたが岸壁や地盤に異常は無く、関係住民から「この工事が完成していたお陰で助かった」との言葉をいただきました。
 左岸山地には、急渓流の河川が多く全てが土石流危険渓流となっています。その沿岸における地すべりや土砂崩壊は、数知れない箇所数となりました。中でも、辰ノ口地区トヤ沢で発生した雪を含んだ土石流は、農地3haと国道353号を100m程にわたって埋め尽くしました。この国道は、重要幹線であることから安全通行を確保するため「災害関連緊急砂防事業」の逸早い採択をいただきました。しかしながら、2回に及ぶ増破土石流のため、夜間通行止め等の規制が長くなったところです。この砂防堰堤は、崩壊土砂下の深さ2mの雪層のため地盤が弱く、セル式堰堤が予定されています(写真2)。
 次に、「災害関連緊急地すべり対策事業」で採択されました田中地区です。地震によって、民家3戸の上下にある主要地方道にクラックや道路陥没が発生し、地すべりとの調査結果となりました。震災日から水抜きボーリングの施工で安全率が確保された4月2日までの長期間、3世帯11人に避難勧告による仮住まいをお願いしたところです。今後の対策工事として、抑止杭の設置が予定されています(写真3)。

写真1

写真2 写真3

6.おわりに
 私は、この震災対応に当たり町民の安全を預かる行政の長として、迅速かつ的確な判断を行うことの重要性と責任の重さを再認識いたしました。同時に、震災時の地域住民の自主対応から、高齢化の地域において住民が助けあうことの大切さも改めて認識させていただきました。
 また、突発的に起こる自然災害の恐ろしさを実感するとともに、震災の二次災害ともいうべき土砂災害に関して、予防施設整備の重要性を痛感いたしました。
 今後も災害に強い町づくりを目指し、砂防・治水のハード・ソフト両面で災害予防を進める所存です。
 震災から一年を迎え、復旧復興途中ではありますが、一応の目途が立ったものと考えます。これも国及び県並びに関係機関の迅速な対応とご支援や、地元土木業者のご努力のお陰と感謝申し上げます。また、県内外の市町村からの応援や支援物資等のご支援に、この場を借りて御礼申し上げます。
 最後に、東日本大震災、数々の豪雨災の早期復興を祈願いたしまして、終わりとさせていただきます。