平成23年3月11日東日本大震災を振り返って

大谷範雄(Norio Ooya,栃木県那須烏山市長)

「砂防と治水207号」(2012年6月発行)より

1.はじめに
 去る平成23年3月11日に発生した東日本大震災,並びに,台風12号・台風15号の災害等によりお亡くなりになられた方々のご冥福を心よりお祈り申し上げるとともに,被災された多くの方々にお見舞い申し上げます。
 さらに,原発による放射能被害の影響も,被災地はもとより,周辺地域に重く圧し掛かっております。いち早い収束と復興を心より願うばかりです。

2.那須烏山市の概要
 平成17年10月1日,栃木県那須郡南那須町と同郡烏山町が合併し,栃木県の14番目の市として,「那須烏山市」が誕生しました。
 本市は緑の山々,清らかな河川,肥沃な大地,豊かな自然環境に恵まれた,歴史と文化が息づく「活力と安らぎの交流文化都市」です。栃木県の東部に位置し,首都圏150km圏内にあり,人口29,387人(平成24年4月1日現在),面積は174km2です。地勢は八溝山系に属し,那珂川が平野部を貫流し,那珂川西側には丘陵地帯が形成され,丘陵を縫うように荒川や江川などの大小河川が貫流しています。この地帯に大金市街地や烏山市街地が形成されています。那珂川東側は,東武山間地帯となっていおり,那珂川県立自然公園に属する山間地と小河川で形成されています。交通機関としては北関東の中核都市宇都宮市から約30km,東西に国道293号,主要地方道宇都宮那須烏山線,宇都宮向田線等が横断し南北に国道294号,主要地方道矢板那須烏山線等が縦断しています。また,地域色豊かなローカル線「JR烏山線」は,市民の足として親しまれているほか,大金駅や烏山駅が市の玄関口として重要な役割をはたしております。このように,宇都宮市テクノポリスに隣接する適度な利便性を備えている市です。
 この豊かな自然と立地条件に加えて,自慢のひとつとなるのが,貴重な「歴史と文化遺産」です。450年余りの伝統を受け継ぐ絢爛豪華な野外劇「山あげ祭」がある一方で,「三箇の天祭」に代表される素朴で庶民的な民俗行事もたくさん残されています。
 また,烏山和紙を代表する「程村紙」は厚紙の至宝といわれ,これらは,選択無形民俗文化財となっています。近年では,「東山道」と「長者ヶ平」の遺跡群が先人の残した文化遺産として,考古学上全国の注目を集めているところです。
 さらには,既存の文化資源の保存伝承ばかりではなく,「いかんべ祭」や「オオムラサキの里」「タウンイルミネーション」に代表される独自の新しいイベントを地域住民自ら創造,進化させ,新しい伝統として,内外に発信しています。
 美しい里山と平地林,八溝山系の山々を擁し,清らかな清流がある「ニッポンのふるさと」それが那須鳥山市です。
 産業としては,米,梨,畜産等の農業,八溝材の産地である林業,県東地区の中心市として,周辺市町より集客している商業,自動車関連の工業,さらには,豊かな緑と清流を活かした体験型観光があります。
 このように,農林業・商業・工業・観光と調和のとれた県東地区の中心的市であり,「小さくともキラリと光る那須烏山市」を目指しております。

3.地震の発生時状況及び被害状況
(1)市全体の地震発生時の状況及び被害状況
 平成23年3月11日14時46分頃,三陸沖を震源地として,マグニチュード9.0の地震が発生,本市は震源地から約300kmと遠く離れておりますが,震度6弱の激しい揺れを観測,発生直後,今までにない地震の被害に驚かされました。市内のいたるところでは,栃木県産の大谷石を利用した蔵,塀は倒壊し,人家の屋根瓦が損傷するとともに,特に旧南那須町地区にある新興住宅団地の盛土部分の擁壁倒壊が大規模に発生いたしました。さらには,給食センターや自然休養村施設等の公共施設も全壊するなど甚大な被害を受けるとともに,市道も各所で被災し,5箇所が通行止めになる被害も発生しました。本市の全域で電気が停電するとともに,電話が不通・JR鳥山線はすべてがストップするとともに,水道は愛宕台配水池が被害を受け,市内約950世帯が断水するなど,市内のインフラは壊滅的な状況になりました。

◎本市における地震被害の特徴
@里山頂上付近の山林等崩壊及び頂上付近にある建物全壊等損傷
A軟弱地盤上にある建物の損傷,特に瓦屋根の損傷及び栃木県名産の大谷石を利用した石造蔵や塀の倒壊等損傷
B主に,丘陵地を開発した新興住宅団地内の段々形式宅地にある擁壁,建物の倒壊・損傷
C道路の大規模盛土部分の崩壊及び沈下,並びに道路内に布設した農業用水管,水道管箇所の沈下に伴う道路舗装面の損傷等(写真1,道路の大規模盛土部分の大規模崩壊)

写真1 市道の大規模盛土部分の大規模崩壊

◎主な施設等の被害状況及び被害額または復旧工事費等(平成24年3月31日現在)
1)住家被害全壊 66戸・大規模半壊 17戸・半壊 118戸・一部損壊 2,958戸  計 3,159戸
2)被災宅地復旧工事助成金  21件(助成金総額63,000千円)
3)市道被害
 国庫補助災 11箇所90,636千円
 市単独災害 127箇所84,353千円
 計 138箇所174,989千円
4)住宅団地内被災道路復旧工事助成金  6団地(助成金総額14,761千円)
5)公共施設(建物)
 自然休養村,いかんべ記念館,観光物産センター,学校給食センター及び南那須武道館等 11億9千3百万円
6)農林業の被害額
農作物の被害額 38,866千円
農地及び農業用施設被害
 国庫補助災 33箇所65,600千円
 市単独災害 18,620千円
林道被害 15,600千円

(2)川西地区の地震発生時の状況及び被害状況
 神長川西地区は本市の中央部に位置し,西側は小高い里山が続き,この里山は栗畑と雑木山になっております。中央を南北に1級河川江川が流れ,その両側は水田になっております。地区を東西に主要地方道宇都宮那須烏山線が横断しており,さらには,JR烏山線滝駅に近く交通の便がよい立地条件があるため,最近では住宅が建つなど,のどかな農村地域であります。
 被災を受けた箇所は,平成22年3月に土石流の恐れがあるため,土砂災害警戒区域に指定されておりますが,いままで大規模な土砂災害がない地域でもありました。
 このような中,地震により,当箇所が地すべり災害に見舞われ,地すべりの規模は幅約50m,長さ110m,崩壊面積約1ha,崩壊土量約28,000m3が崩壊し,住宅3戸が全壊するとともに,2名の方が土砂崩れに巻き込まれ尊い人命を失いました。
 土砂崩れ発生直後より,消防署・消防団(110名),警察署・県警機動隊(90名)及び地元建設業者の重機5台による捜索活動を実施いたしましたが,12日早朝発見に至りました。昼夜を問わず,救助活動を実施する消防団員並びに地元建設業者作業員の方々の熱心な姿に強く感銘を受けるともに,土砂災害の恐ろしさを痛感いたしました。

4.地震災害復旧への取り組み
(1)市全体の地震災害復旧への取り組み
 市道,農地・農業用施設,学校施設等においては,国庫災害復旧事業申請による災害査定,復旧工事を進めるとともに,住宅全壊件数は栃木県内で265件のうち,本市内だけでも66件と栃木県内の約25%を占めており,急きょ,避難所を保健福祉センター他2箇所に設置,最大で140名の避難者を受け入れました。さらに,県内では唯一仮設住宅20戸を建設し,5月9日には仮設住宅に被災者の受け入れを実施しました。川西地区の土砂災害被害を受けた全壊住宅の2件の方々も当仮設住宅に入居いたしました。
 このような中,新興住宅団地や工業団地等の擁壁倒壊や敷地の沈下等被害が著しく多く,対応に苦慮しましたが,市独自の施策を立ち上げ,震災の早期復興を目指しました。

◎東日本大震災に係わる土砂災害復旧に係わる主な本市単独事業
@市東日本大震災被災宅地復旧工事助成金
 大震災で擁壁やがけ面が崩れた宅地の復旧に対して,二次被害防止のため復旧工事費について最大で300万円の助成。
助成件数21件 助成金総額63,000千円(平成24年3月現在)
 現在,復旧工事を進めている方がいるため,平成24年度30,000千円予定
A市東日本大震災被災団地内道路復旧工事助成金
 住宅団地内の道路で舗装面がクラック,沈下等による通行に支障がある箇所または,擁壁等が倒壊等損傷を受け,通行に危険が伴う箇所がある道路の復旧に対して,1団地最大で300万円の助成。
助成件数6件 助成金総額14,813千円
B市東日本大震災被災工場等敷地復旧工事所助成金
 工業等の敷地となっている土地であって,地震による地滑り,がけ崩れ,擁壁の倒壊,地盤沈下,地割等により企業活動に甚大な影響を及ぼす危険性があるものに対して復旧工事を実施する企業等に対して,1事業者最大で300万円の助成。
助成件数5件 助成金総額1,325万円

(2)川西地区の復旧への取り組み
1)復旧工事の概要
 地滑り対策工法の全体計画は,抑制工として地下水排除・排土工・植生工・水路工,抑止工としてアンカー工を施工し,内容は下記のとおりです。
@抑制工
・地下水排除工(浅層部)・・・水路工=900m
・地下水排除工(深層部)・・・集水井工N=3基,集水ボーリングエ L=1,625m
・排土工・・・全量28,000m3
※抑制工とは,地すべり地の地形,地下水の状態などの自然条件を変化させることによって,地すべり運動を停止または緩和させる工法である。特に,地下水排除工は,地すべり発生の主要因となる間隙水圧の上昇を抑え,地すべり活動を抑制するための有効な工法である。
A抑止工 アンカー工・・・N=23基
※抑止工とは,構造物を設けることによって,構造物のもつ抵抗力を利用して地すべり運動の一部,または全部を停止させる工法である。

図1 川西地すべり対策工計画図

図2 川西地すべり対策工縦断図

2)復旧工事への経過
○3月11日14時46分直後 地すべり:幅50m,長さ110m,土量28,000m3,人家3棟全壊,2名の方が土砂崩れに巻き込まれる。
○3月11日〜12日 救助活動
○3月14日午前8時30分 避難勧告1世帯2名
○3月14日 栃木県知事現地調査
○3月14日〜3月16日 応急工事仮排水路工施工
○3月19日 国土交通省緊急災害派遣隊(TEC-FORCE)による被災地調査
国土交通省日光砂防事務所長他
※土石流を想定していたが地滑り的現象
対策は地滑りに対しての工法が必要等の助言をいただく。
○4月11日〜4月30日 応急工事防護柵設置工施工(写真2参照)
○4月30日 観測及び警報装置設置(写真3参照)
○5月23日 国より国庫補助災害関連緊急地すべり対策事業認可
○5月27日 地すべり防止工事説明会の開催(第1回)
○8月1日〜平成24年8月31日 復旧工事実施(写真4参)
〈工事概要〉
 集水井(しゅうすいせい)3基
 集水ボーリング 1,635m
 排土工 28,000m3
 アンカー工 23本
 水路工(幅30cm〜60cm)900m
○9月21日台風15号による被害拡大発生
 本市に大雨警報が発令されたのは,月21日午前7時45分,その後10時33分に暴風警報が追加されました。午後2時には約50mmの集中豪雨。19日18時〜21日21時までに233mmの雨量観測(烏山観測所小塙)。
〈被災状況〉
 地すべりブロック内の土砂が流出し,民家裏約100m付近まで押し寄せた。施工中の仮設道路及び集水井も被災したため,再度調査・設計を実施した。
○地すべりに関する再検討の結果,施工位置の調整等は必要になったが,ほぼ当初設計どおりとなった。
○11月23日 地すべり防止工事説明会の開催(第2回)
○現在,復旧工事は順調に進んでおり,6月末には安全率1.20になる予定です(写真5参照)。
 仮設住宅に仮住まいしている2件の方も,当復旧工事の状態により住宅復旧も進むことになります。
 避難勧告している1世帯2名の方に対しても避難勧告を解除することにより,元の生活に復帰できる見通しとなりました。

写真2 応急工事防護柵工施工完了
(平成23年4月30日)
写真3 観測及び警報器設置
(平成23年4月30日)



写真4 着工前の状況 写真5 平成24年2月末進捗状況
(工事進捗35%)
(平成24年2月22日撮影)

5.最後に
 地震から丸1年経過した3月11日には那須烏山市防災会議を開催するとともに,震度6強の地震が発生したことを想定した職員の非常召集訓練を実施し非常時の体制整備を図りました。さらに,東日本大震災でお亡くなりました方々のご冥福をお祈りするとともに,いち早い復興を願いました。
 東日本大震災より1年以上が経った現在でも,余震が続き当時の記憶が甦り,今までにない経験に胸が痛みます。
 平成23年は地震に始まり,台風さらには冬季の雪害等,災害に始まり,災害で終わった感じの年でもありました。
 本市はここ数年,台風等の災害に見舞われることはなく,先人の教えのとおり「災害は忘れたころにやってくる」と昔から言われているとおりであります。今後は,今回の災害から得た数々の教訓や提言を風化させないようにしっかり記憶に留め,常に住民の「安全・安心の確保」は最重要の行政課題であることを強く認識していく考えであります。
 終わりになりましたが,今回の震災・台風災害では,国・栃木県並びに関係機関の迅速な対応とご支援をいただきましたこと,さらには,被災箇所の調査・仮復旧等の迅速なインフラ復旧を実施していただいた地元建設業者の皆様,捜索や警備活動等実施していただいた消防団を始め地域住民の皆様,義援金・支援物資をご提供していただいた方々に対し,この場をお借りして感謝とお礼申しあげるとともに,これからについても益々ご指導・ご支援をお願いいたします。