「平成23年7月新潟・福島豪雨」の土砂災害からの取り組み

井口一郎(Ichirou Iguchi,新潟県南魚沼市長)

「砂防と治水208号」(2012年8月発行)より

1.南魚沼市の概要
 南魚沼市は新潟県の南部に位置し、総面積は584km2、人口は約60,300人で、太平洋側と日本海側を結ぶ関越自動車道や上越新幹線などの高速交通による交通及び物流の中継地としての役割を果たしております。市の東側は「越後三山只見国定公園」や「魚沼連峰県立自然公園」の2,000m級の急峻な名峰が連なり、西側は山腹の勾配を巧みに利用したダイナミックなスキー場が多くあり、日本有数のリゾート地として四季を通して多くの観光客が訪れております。
 また、日本一の評価を得ている南魚沼産コシヒカリの生産地であり、歴史を紐解くと戦国時代の大名上杉景勝とその知将直江兼続の生誕の地で、兼続公の「愛」一字を兜に掲げた精神『国の成り立つは民の成り立つ』は、今日までも多くの市民に受け継がれております。こうした四季折々の彩り豊かな自然と先人たちが守り発展させてきた南魚沼市に、突然「平成23年7月新潟・福島豪雨」が襲いかかりました。

2.平成23年7月27日から30日の豪雨
 新潟県の上空では7月26日から停滞していた前線に南から湿った空気が流れ込み、移動・停滞を繰り返し長時間にわたって強い雨が降り続きました。南魚沼市では7月27日午後から28日にかけての連続雨量は211mmに達し、市内の中小河川は氾濫し被害報告が次々と上がってきました。29日は一時小康状態になりましたが、夕方から30日の明け方までの連続雨量は328mmとなり、期間雨量は600mmに達しようとしていました。市役所周辺も市内を流れる川の氾濫で35haが浸水し、高速道路、国道17号、JR上越線ほか主要幹線交通の全てが不能となり、まさに陸の孤島になりました。
 市内のあらゆるところから河川の決壊、氾濫、浸水、また土砂崩れなどの被害状況が休む間もなく入り、市役所は緊急体制により情報の収集、被害状況の把握に全力を注ぎ、災害現地においては地元消防団が不眠不休の水防活動を実施しました。私がこのとき最も心配したことは「人的被害」でした。

3.土砂災害の発生
 今回の豪雨の特徴は連続雨量の期間が長かったことと、その中で50mmを超える時間雨量が繰り返されたことにあり、山腹崩壊が多く発生したことにあります。特に越後三山を源流とする三国川(さぐりがわ)の中流域では大規模な土石流が発生し、特に大きい箇所は発生源から下流まで約2kmに及び、最大幅は70m、末端の土砂流幅は300mに広がり4戸の建物と下流域の農地に大量の土砂が流れ出ました。被災した集落では多くの市民が自主的に避難しましたが、私は避難所への救援物資の輸送を急ぐと共に、被災箇所の状況の確認を急ぎました。
 現場では崩壊した流域内に依然大量の不安定な土石が堆積していることから、二次災害防止のための緊急対策が必要となり、国土交通省湯沢砂防事務所では大型土のうにより応急対策を実施するとともに、土石流センサーを設置し集落の人々に緊急通報ができる体制をとりました。
 現在、湯沢砂防事務所では現地の調査・測量の結果により砂防堰堤工事を発注し、再度災害の防止により下流の沿線地域に土砂災害に対する安全と安心のための整備を急いでおります。
 
 
 三国川の中流域で発生した土石流により人家が被災
(写真提供:国土交通省湯沢砂防事務所)

 
 国土交通省湯沢砂防事務所から土石流災害の応急対策を確認する市長(中央)

4.土砂災害に対して自主防災組織の連携
 
南魚沼市では今回の豪雨災害で土木・農地を含めると数千箇所が被災し、建物の一部損壊は21戸、全半壊は9戸に及びましたが、幸いにも一人の犠牲者も出すことがありませんでした。特に深夜に土砂災害が発生した集落では停電の中にあったにもかかわらず、人々は落ち着いて危険のない避難所に自主避難をして難を逃れました。
 これらの被災された人々の行動は、日ごろからの防災訓練と集落内の情報伝達方法の徹底、及び安全な避難場所の確保という防災意識の高さがあったことに結果を出したことと思います。また、地域防災の要といえる消防団の決死の働きも「人の命を守った」ことと思います。このように集落の区長と区民と消防団による自主防災組織の連携が大きく機能したことにより人的被害がなかったことといえます。

5.土砂災害の解消を目指して
(1)山腹の状況
 新潟県内では土砂災害危険箇所が9,924箇所と多く存在し、このうち対策工事が完了しているのは20%の約2,000箇所に過ぎないと聞いております。南魚沼市では土砂災害危険箇所は363箇所あり、豊かな自然の恵みを与えてくれる山々は脆弱な地質と急峻な地形からなっており、集中豪雨や台風また融雪によって崩れやすく、さらに人家や道路が山沿いに立地していることから土砂災害を受けやすい地域となっております。
(2)ハード事業としての対策
 昭和44年に南魚沼市(当時は南魚沼郡)では時間最大100mmを超す局地的豪雨に見舞われ、死者4名、建物被害3,300戸に及ぶ大水害が発生しました。このときに三国川では890m3/毎秒の洪水が発生し、三国川上流でダム建設の契機となりました。平成4年に三国川ダムは完成し、堤長420m、ダム高120mの多目的ダムであり、昨年の豪雨災害ではこのダムの洪水調整により下流への洪水が相当回避されました。
 国土交通省湯沢砂防事務所管内は流域2,200km2で、直轄における砂防関係事務所では全国一の区域を担当し、昭和10年着工の砂防堰堤から今日まで200箇所を超える砂防堰堤等の施設を整備してきました。また、新潟県では治水事業及び治山事業において砂防堰堤等の施設を整備してきました。これらの多くの砂防施設により昨年の豪雨災害においては「砂防堰堤があったお蔭で下流の集落を守ってくれた。ほんとうに」との言葉は、被災を免れた多くの地域の人々から聞かされております。
 これからの土砂災害防止については、崩壊した山腹に不安定土砂が多く堆積していることもあり、地域の安全と安心のために国及び県に対して、砂防事業への集中投資をしていただきたいと願っております。
 
(3)ソフト事業としての対策
 ハード事業は地形的に制約を受け、また大規模であることから年数を要すことはやむを得ないことですが、その間にも異常気象による災害はいつ襲ってくるか予想はできません。そのためには市民に対して防災意識を高め、いざというときに確実に避難することで人の命を守れることは昨年の水害で犠牲者を一人も出さなかった例からも証明されました。このことからも毎年実施している防災訓練では昨年の水害を受けて、正確な情報伝達、避難誘導など実際に被災した状況をもとに想定し、訓練方法を探り実施していきたいと思っております。
 特に土砂災害から人の命を守るためには、住宅や利用する施設の土地が土砂災害の危険性がある地域かどうか、緊急時にはどのような避難を行うべきかなどの情報が市民に正しく伝達されていることが大切になります。これらの必要な情報を市民に周知させるため、これらの事項を記載したハザードマップが重要な役割を担うこととなります。
 南魚沼市では土砂災害の危険箇所の基礎調査からハザードマップを作成し、住民説明を経て土砂災害警戒区域を新潟県により151箇所(特別警戒区域96箇所を含む)を指定しました(平成24年5月18日現在)。今後は平成27年度までに土砂災害危険箇所のすべての指定を目指しております。

6.南魚沼市の“ものづくり”
 南魚沼市の春は桜が咲き誇り、夏は清流魚野川の鮎が光り、秋はコシヒカリが黄金色に輝き、冬は雪が全てを覆う幻想的な景色になります。この四季の変化に富んだ気候が育む米、酒をはじめとする豊かな食の恵みは一年中味わえ、厳しい冬を耐え培われた技術が生んだ工芸品や地場産品の巧みさに驚かれると思います。また、多くの温泉は癒しの時を与えてくれます。南魚沼市は大きな災害に見舞われましたが、“ものづくり”は健在です。ぜひ全国から多くの人が南魚沼市を訪れていただき、さまざまな感動を持ち帰ってもらいたいと願っております。