平成24年7月九州北部豪雨災害
~将来にわたる安心を目指して~

佐藤 義興(Yoshioki Satou,熊本県阿蘇市長)

「砂防と治水215号」(2013年10月発行)より

はじめに

  阿蘇市は,九州のほぼ中央部,熊本県の北東部に位置し,平成17年2月に2町1村(一の宮町・阿蘇町・波野村)が合併し誕生,面積は約376.25平方キロメートル,人口約29,000人で,日本を代表する活火山である阿蘇山の麓に広がる市です。
 地形は,阿蘇五岳を中心とする世界最大級のカルデラや広大な草原を有し,周囲128㎞に及ぶ外輪山に囲まれた平坦地,世界に類のない旧火口に私たち住民は暮らしています。
 主幹産業は,農林畜産業と観光業で,肥沃な農地,九州の水がめと称される湧水,寒暖差のある気候のほか,先人が培った広大な草原にも恵まれ,農業面では,あか牛,米,トマト,イチゴ,阿蘇たかななどが特産品となっています。
 観光面では,活動中の火口を間近で覗ける阿蘇中岳見学を中心に,草千里,大観峰,日本三大楼門の一つ阿蘇神社など見どころが豊富で,また温泉地でもあることから,年間1,700万人を超す観光客の方々にお越しいただいています。 
 
 
 写真1 いまなお活発な活動を続ける阿蘇中岳火口
 阿蘇ジオパーク推進協議会提供
 また,阿蘇地域は,日本で最初に指定された国立公園の一つで,来年指定80周年を迎えるほか,現在,地域一体となり,「世界文化遺産登録」と,地質遺産を地域の活性化に繋げる「世界ジオパーク登録」に取り組んでいます。このように着々と恵まれた自然との共存を築きながら国際的に親しまれるまちづくりを進めていた平成24年,いつもと変わらぬ夏を迎えるはずだった7月12日,「こ
れまでに経験した事のないような雨」と形容された記録的な豪雨が,阿蘇地方に躊躇なく襲いかかり,相次ぐ山腹崩壊等により,21名の死者・1名の行方不明者を出すとともに,多くの家屋や農地など大切な財産がわずか数時間のうちに奪われました。

当日の気象条件

 12日未明から夜明けにかけて発達した雨雲が次々と流れ込み,カルデラ壁に当たり積乱雲が繰り返し発生する「バックビルディング現象」が起こり,雷鳴を伴った猛烈な雨が降り続きました。
 当時,阿蘇乙姫観測所では,午前5時53分までの1時間に108.0ミリ,午前5時までの3時間に288.5ミリを観測,また,午前7時までに459.5ミリという統計開始の1978年以降観測史上最高の雨量となり,12日未明から僅か5時間の間に平年の梅雨時期の約半分の雨が降るという,考えられない未曽有の大雨となりました。


資料1 阿蘇乙姫観測所の降水記録(出典:熊本気象台災害時気象資料)

被害状況

【人的被害】
 ・死  者:21人(熊本県23人)
 ・行方不明:1人(熊本県2人)
 ・重 傷 者:1人

【住家被害】
 ・全  壊:60棟
 ・半  壊:1,121棟
 ・床上浸水:38棟
 
     【農林畜産業被害】
 ・農地被害:2,068ha,10,806箇所
 ・山腹・林道崩壊:356箇所

【公共土木施設】
 ・道路:350箇所
 ・河川:184箇所
 ・橋梁(落橋):4箇所
 
   
写真2 車ほどの大石が多数流れ落ちてきた災害現場  写真3 救助・救出活動の様子 
  
 土砂災害の要因

 
災害に至った要因,その主因として,次の3点が挙げられます。

(1)今までにない雨量
 これまでに経験した事のないような大雨が短時間に集中的に降ったこと。

(2)阿蘇特有の火山灰土
 阿蘇地域の山々は有史以来の火山活動によりできたものであり,溶岩で出来た岩盤の上に火山灰が堆積,幾層にも重なり合う薄い地層であること。
そして,この火山灰土は地元では,黒墨土(くろぼくど)とも呼ばれ,多量の水分を含むと膨張し崩れ易くなる傾向があり,その上に,終戦後の国の造林政策により,育ちが早く根入りの浅いスギが植林されていたことも被害が大きくなった原因と考えられています。

(3)特殊な地形
 阿蘇市はカルデラ内に位置し,外輪山との高低差により上昇気流が発生しやすい地形であること。
 人々は永い歴史の中で阿蘇カルデラ内の中央部(平坦部)を農地として求め,併せて台風等の風の被害を避け,また,岩からしみ出る水を求め,山際に集落を形成し現在に至っており,崩れ落ちたおびただしい量の土砂や岩石,流木は土石流となり,集落を襲い,貴重な人命を奪うばかりか,集落の狭い道路を埋め尽くし,救助・救出活動や復旧作業の大きな妨げにもなりました。

 砂防施設の効果
阿蘇市一の宮町坂梨における既設砂防堰堤の補捉効果
 平成2年豪雨水害時に被災した渓流において砂防堰堤が整備された。
平成24年九州北部豪雨災害時においても土砂・流木が発生したが、砂防堰堤の補捉効果により下流の被害は免れた。
 
 資料2 囲み部分が平成2年の水害以降設置された砂防施設
 

土砂災害の解消を目指して

◇スピード感ある復旧
 発災直後から生活基盤の応急復旧を進めてきましたが,生活の糧である農地を失われた方も多く,これからは,復興に向けてスピード感のある施工が必要になってきます。
 阿蘇は,特殊な地形と火山灰という独特の地質であることから,治山事業・砂防事業による「土砂災害の抑制」が第一となります。
 阿蘇市は,平成2年7月にも今回と同様な土砂災害が発生し,11名の方がお亡くなりになりました。この災害以降,災害復旧関連工事が進められたものの,将来の豪雨に備えた一帯的な調査や未然に災害を防止するための工事までは進められておらず,今回,そのような場所において山腹崩壊が相次ぎ,人的被害が発生しています。
 資料2を見ていただくと分かりますが,左側部分の大きく崩落している部分は,今回6名の方が犠牲となられました坂梨地区の山腹崩落現場です。
そして,その右側,囲みの部分は平成2年の災害後に設置された砂防堰堤になります。堰堤の上部で大きな崩落が発生していますが,砂防堰堤やスリットダムで大量の土砂・岩石・流木を受け止めた結果,被害も軽減され,集落や農地の保全に効果を上げています。
このようなことからわかるように,今回の災害において砂防堰堤やスリットダムの果たした役割は非常に大きいものがあったと思っています。
 また,カルデラ内壁は高低差が約300メートルあり,当然,砂防堰堤だけでは十分とは言えません。治山堰堤の設置も当然必要になりますし,治山堰堤の上部においても不安定土砂等の対策が必要になってきます。
 加えてスピード感ある施工で,復旧を待ち望む住民の方々に一日も早く安心した生活をとり戻していただきたいと思います。

◇将来の豪雨に耐えうる工事
 今回の災害を受け阿蘇市では,国土交通省と熊本県にお願いし,国土交通省国土技術政策総合研究所の専門家の先生をはじめ有識者で構成する「阿蘇地域土砂災害対策検討委員会」を設置していただき,今回の土砂災害の原因の検証と阿蘇外輪山内壁の調査を進めました。また,阿蘇市独自に元国土交通省の砂防部長であり,火山防災のエキスパートでもあります政策研究大学院特任教授の池谷先生にお願いし,独自に調査を行いました。
 この調査結果を受け,三度(みたび)このような惨事を繰り返すことのないよう,災害箇所の復旧にとどまらず,今後発生するであろうと予想される場所も含めた対策工事,将来の想定外の豪雨にも耐え,かつ,災害を未然に防ぐための工事の必要性を強く求めていきたいと考えています。

◇火山地質調査と関係自治体との連携
 今回の教訓として,火山地質と向き合う必要性を痛切に感じましたので,全国の同様の地質を持つ自治体と連携し,国へ専門調査と防災対策を働きかけていきたいと思っています。

◇阿蘇方式による創造的な復旧
 阿蘇地域は国立公園内であり,豊かな自然と景観を誇る市です。またこれまで,阿蘇の大草原を含めその自然景観を国民共有の財産として護り次世代に引き継ごうと世界文化遺産登録や世界ジオパーク登録を目指し,地域づくりを進めてきました。しかし,災害復旧事業の中でコンクリート構造物がカルデラ内に点在することになれば当然その景観は損なわれてしまうことになります。自然石を活用した流路工や間伐材を用いた型枠等の使用により,周辺の自然景観と調和した工法とすることで,将来的には「阿蘇方式」と呼ばれるような先進的な復旧事業,災害防止関連事業となることを望んでいます。
 
 写真4 自然石を活用した流路工(イメージ)


市民の安心・安全,そして命を守るために

今回の災害を受け,行政では,市民の方々の命を守ることを第一に考えています。危険地区においては,明るいうちの早め早めの避難,予防的避難をしっかりと実行するとともに,住民の方々にも地域の土砂災害,浸水の危険性を認識していただいた上で,「自分の命は自分で守る」といった意識を確実にし,高齢化の中での自主防災組織のあり方を市民の皆さんと考え,誰もが速やかに避難できる体制づくりが急務とされます。


終わりに

 完全復興まではまだまだ遠い道のりでありますが,三度(みたび)このような惨事を繰り返すことのないよう市としての責務を果たすとともに,県がやるべきことは県に,国がやるべきことは国にお願いし,スピード感と使命感をもって復興に努めていきたいと思います。
 震災に遭いながらも駆け付けていただいた方々や阿蘇を想い暑い中に黙々と活動を続けていただいた1万4千名を超すボランティアの方々の思い,阿蘇に想いを寄せ支援物資や義援金等をいただいた多くの方々の思いを大きな後押しとして全力で取り組んで参ります。
 今回の被災にあたりご支援いただきました関係者の皆様方すべてに深く感謝申し上げます。



土砂災害の解消を目指して~市町村長の声~