九州北部豪雨災害を乗り越えて

三田村 統之(Tsuneyuki Mitamura,福岡県八女市長)

「砂防と治水215号」(2013年10月発行)より

 八女市は,平成24年7月に発生した「平成24年7月九州北部豪雨」により,大変な災害に見舞われました。
現在,その災害を乗り越え,着実に復旧復興の道を歩み始めています。
 ここに,その取り組みの一端をご紹介いたします。

1.八女市の概要

私たちの八女市は,福岡県の南部,福岡市から南へ約50㎞に位置し,北は広川町,久留米市,うきは市,南は熊本県,東は大分県と県境に面しています。
 本市の面積は482.53キロ平方メートルで,県内では北九州市に次ぐ広大な面積であり,西部は平野で,東部及び南東部は森林が大半を占めています。また,一級河川の矢部川やその支流の星野川など大小の河川が,概ね市域の東から西にかけて流れています。
 本市の西部では,国道3号が南北を貫き,これと交差して国道442号が東西に走り,西端には九州縦貫自動車道と接続する八女インターチェンジがあります。
 本市は,平成の大合併の流れの中で,平成18年10月1日に上陽町,平成22年2月1日に黒木町,立花町,矢部村,星野村との合併を経て,新しい八女市として歩み始めました。
 本市には,矢部川や釈迦岳等の美しい自然,歴史,伝統,文化,そして全国ブランド「八女茶」に代表される豊富な農産物があります。
このような貴重な地域資源を活かし,八女市を「茶のくに八女・奥八女」として内外に発信しながら,将来都市像として掲げる「ふるさとの恵みを生かし安心して心ゆたかに暮らせる交流都市八女」を目指し,日々まちづくりに取り組んでいます。
 
 福岡県八女市黒木の時系列降水量(24.7.11-7.14)

2.九州北部豪雨災害の概要


(1)九州北部豪雨の状況
 平成24年7月11日から14日にかけて,福岡県,熊本県,大分県,佐賀県を襲った豪雨は,気象庁により国内で初めて「これまでに経験したことのないような大雨」と表現され,「平成24年7月九州北部豪雨」と命名されました。
 7月11日から12日にかけて熊本県熊本地方,阿蘇地方,大分県西部では,12日未明から朝にかけて猛烈な雨が続き,阿蘇市阿蘇乙姫(アソオトヒメ)では,12日1時から7時までに459.5ミリ(7月の月降水量平年の80.6%)を観測するなど,記録的な大雨となりました。
 その後,13日は佐賀県,福岡県を中心に,14日は福岡県,大分県を中心に大雨となり,八女市黒木(クロギ)においては,14日11時30分までの24時間で486.0ミリ(128.4%)という観測開始(1976年)以来最高の降水量となりました。
 この豪雨により,河川の氾濫や土石流が発生し福岡県,熊本県,大分県では,死者30名・行方不明者2名となったほか,佐賀県を含めた4県で,住家の被害が13,263棟(損壊769棟,浸水12,495棟)に及びました。その他,道路損壊,農業被害,停電被害,交通障害等も発生し甚大な被害を受けました。


(2)八女市の被害状況
 九州北部豪雨は,八女市においても,これまでに経験したことのない未曾有の大災害をもたらしました。激しい雨が続く中,災害警戒本部を災害対策本部へ切り替え,職員を招集し,14日午前7時30分に一部の地域を対象に,続く午前9時45分には市全域に避難指示を発令しました。
 次々に報告される災害情報に対応しながら,避難所の開設と運営,自衛隊派遣要請,救援物資の確保,給水対応,通信確保,孤立集落の解消,二次災害の防止など緊迫した場面が続きました。
 まさに非常事態の下,広域に発生する災害の状況は大変厳しく,結果的に,土砂災害により2名の方が亡くなられたことは,痛恨の極みであり,市内全域で10名の方が重軽傷を負われたことに胸が痛みます。
 この豪雨による被害は全市域に及び,一時避難135カ所6,659人,孤立集落2,013世帯7,817人,断水戸数3,889世帯となりました。
 建物被害については,全壊161棟,大規模半壊40棟,半壊168棟となり,このうち住宅の被害は,全壊61棟,大規模半壊29棟,半壊142棟であり,現在に至っても応急仮設住宅での生活を強いられている方々もいます。その他にも停電,電話の不通等の被害が発生しました。特に固定電話,携帯電話の不通状態により,地域間,地域と行政,行政間の情報途絶が生じることになりました。
 また,産業の分野では,本市の基幹産業である農業において,水稲や電照菊等の農作物の生産被害が234ha にわたり約5億円,八女茶やかんきつ類等の永年性作物の樹体被害が144ha にわたり約4.5億円相当の被害を受け,農作物全体では,被害面積が378ha,被害額はハウス等の生産施設被害を含め約17億円に上ることとなりました。
 市が管理する公共土木施設においては,761箇所,136億円を上回る被害が生じ,市民生活に多大な影響を及ぼしました。特に道路や橋梁の損壊により,孤立する集落の発生を余儀なくされました。
このような道路等の被災に対しては,災害の発生直後から懸命に応急復旧を行い通行の確保に努めてきました。
 農地や農業用施設においては,1,581箇所,約69億円の被害額となり,その他,林道施設についても被害を受けました。
 加えて,福岡県が管理する道路,河川,砂防施設等に関しても,約80億円となる被害額(災害査定額)が生じています。
     
 川の氾濫で流される住宅 広がる浸水の被害  損壊した道路 
     
  
山腹の崩壊


復旧復興の取り組み

(1)九州北部豪雨対策の検証と復旧復興計画 
九州北部豪雨による甚大な災害からの復旧復興を果たすためには,効率的な災害復旧の実施と強固な防災体制の確立が急務であると判断いたしました。そこで,今回の豪雨への対応についてあらゆる角度からの検証を踏まえ,更なる防災体制の強化につなげる「八女市九州北部豪雨対策の検証と復旧復興計画」を策定しました。
 この計画の策定過程において,この災害の事後検証を徹底的に行いました。また,この計画を今後の災害対応のマニュアルとして活用し,地域にある避難所等の防災関連施設の整備を進め,災害発生時にも安心して安全に避難できる環境づくりに取り組んでいます。
 併せて,災害対応の面で道路,水道施設等の生活インフラや農地,農業施設,林道等の産業基盤施設の早期復旧を進めていくことにいたしました。

(2)災害復旧事業の取り組み
 災害からの復旧復興と市民生活の安定のためには,まちづくりの基盤である公共土木施設などの早急な復旧が求められます。
 そこで,公共土木施設,農地・農業用施設,林道施設に係る各災害復旧事業を統括し,それぞれの事業を迅速かつ効率的に遂行することを目的として,平成24年8月20日付で,建設経済部に「土木災害復旧室」を新設し,30人の職員を配置いたしました。また,各自治体の協力により,平成24年度において福岡県,福岡市,北九州市,大牟田市,大野城市,大川市,筑後市から,延べ33人の職員を派遣していただくことができました。平成25年度も引き続き福岡県,福岡市,北九州市から派遣していただいています。
 市が行う災害復旧事業の実施にあたっては,何よりも公共土木施設,農地・農業用施設,林道施設に係る災害復旧事業の対象箇所が余りにも膨大な数であるため,国の災害査定の受検が大きな課題となりました。九州北部豪雨による災害が,福岡県,熊本県,大分県など広範囲に及び,各地に大きな被害が出たことから,測量設計業者が不足する時期もありました。厳しいスケジュールの中で,市の総力を挙げて災害査定に取り組んだ結果,関係機関の協力もあり,平成25年1月末までに,延べ25回に及ぶ災害査定を完了することができました。
 その災害査定の結果は表1のように,合計で1,136箇所,事業費93.4億円となりました。
 このような膨大な事業量に対し,災害査定の完了後速やかに,工事発注を手掛け,県の工事などとの協議を踏まえた「土木災害復旧事業に伴う工事発注計画」を策定しながら,3月から本格的に復旧工事を発注しています。進捗状況として,平成25年8月末現在において,53.5%の災害箇所の工事請負契約を結ぶことができています。
 また,福岡県が八女市において管理する施設については,表2のように,233箇所,事業費228億円の災害復旧事業と改良復旧事業が取り組まれることになりました。
 特に砂防事業等については,砂防7箇所,地すべり対策4箇所,急傾斜地崩壊対策2箇所,計13箇所が計画されており,土石流などの土砂災害から下流に住む住民の生命,住宅,耕地,公共施設などを守る高い効果を期待しています。その他にも,大規模地すべりが発生した八女市星野村柳原地区では,砂防災害関連緊急事業を国土交通省の直轄事業として実施されることになりました。
 災害復旧事業の遂行にあたっては,基幹的な役割を持つ県の管理施設とそこから分岐する市の管理施設は,いわば地域の動脈と毛細血管の関係であり,それぞれの機能に合わせて連携することが重要です。そこで,福岡県八女県土整備事務所災害事業センターと綿密な情報交換や復旧工事の進捗等の調整などの相互協力に努めています。

(3)全国からの支援
 災害発生の直後から,多数のボランティアの方々のご支援をいただきました。八女市社会福祉協議会が中心となって立ち上げたボランティアセンターでは,延べ7,104人(平成24年9月8日時点)のボランティアの方々が,浸水した家屋の泥のかき出し,ゴミの運び出しなどの作業にあたっていただきました。その活動は,現在も行われています。
 また,全国から八女市の被災者に対する見舞いとして,多くの義援金をいただきました。このような心温まるご厚意が被災した市民を励まし,復旧復興に向けたエネルギーになったと心から感謝しています。

   
現地を視察する小川県知事と三田村市長  星野川河道閉塞による土砂ダム
(柳原地区) 
星野川河道閉塞による土砂ダムの解消
(柳原地区国土交通省直轄事業) 





  
4.防災とまちづくり

(1)地域の取り組み
 本市はこれまで,地域コミュニティの再構築や自主防災組織の組織化に努めてまいりました。今回の災害を通じて,改めて災害時における「共助」の果たす役割が大きく,日常の地域住民同士の深いつながりは復旧活動や避難生活などの中で大きな力になることを再確認いたしました。今後も引き続き,地域コミュニティ機能の高揚を図りながら,市民の防災意識の向上に取り組んでいく必要があります。

(2)情報の伝達
 今回のような甚大な災害を経験して,情報の大切さ,情報の伝達手段を確保することの重要性を強く感じました。本市は,平成24年6月にコミュニティラジオ放送局「FM 八女」を開局し,防災告知ラジオを全世帯に配布しています。
 この放送や緊急速報(エリア)メール,FAX等を活用し,市民との情報共有を図り,気象情報,災害情報,避難情報等を広い市域の中で迅速かつ的確に伝える情報システムの構築に努めたいと思っています。
 そのためには,テレビカメラの設置や水位計の増設など施設の整備も必要です。
 また,合併前の旧市町村ごとにハザードマップを作成し,土砂災害危険箇所,浸水想定区域,避難所等の情報を全世帯に周知しており,これについても市民の防災意識の向上のために活用したいと考えています。

(3)関係機関との連携強化
 7月14日の災害発生から3日後の7月16日に「八女市災害対策会議」を設置し,災害対応にあたる自衛隊,警察署,県,消防,電力会社などによる情報共有,相互協力体制の構築と連携強化に努めてきました。この協議は,防災対策として,今後も定期的に行っていく必要性を強く感じます。

(4)被災者支援
 様々な被害を受けた市民の方々に対し,市,県,国などのあらゆる制度を活用し,生活支援や健康支援などに努めてまいりました。今後も,住宅被害により,現在も応急仮設住宅等での生活を余儀なくされている方々に対する幅広い支援が求められています。

5.再生に向けて
 私たちは,このような大災害に見舞われ,厳しい状況下で様々な問題が発生する中にあって,復旧復興の歩みを力強く進めています。この歩みを支えてくれているのが,私たちがこれまで培ってきた3つの要素だと考えています。
 1つは,市町村合併です。今回の災害においては,道路が損壊し,旧村単位で孤立した上にライフラインが寸断される状態に置かれた地域もありました。市役所本庁からヘリコプターによる人命救助や救援物資を輸送するなど,あらゆる支援策を講じてきました。また,災害復旧事業を担う職員を早急かつ集中的に投入してきました。このような対策がとれたのも,私たちが合併により行政の体制を整備することができていたからだと思います。
 次に,協働によるまちづくりの取り組みが挙げられます。今回の災害は,市内の全域に様々な形で発生しており,市民による復旧活動や避難生活の支援などの共助の取り組みが地域を支えました。
例えば,市民自らが協力して被災した道路の応急処置などに従事していただく場面もありました。
これは,日頃の地域住民同士の深いつながりによるものだと感じています。
 3点目は,福岡県などの関係機関との連携です。特に八女県土整備事務所等とは,通常において相互の協力の下に業務を進めてきており,今回の災害復旧にあたっても,お互いの日頃の関係が功を奏し,迅速な対応が出来たと思います。今後も,具体的な事業の相互協力を深めていきたいと考えています。このようなまちづくりの取り組みが,八女市再生の礎になるものと確信しています。
 これから続く再生への道は険しいとは思いますが,「合併により創りあげた器に,協働という魂を注ぎながら,関係者の方々と手を携え」復旧復興に向けて取り組んでいく所存です。
 最後に,八女市における九州北部豪雨による災害にあたり,多くの関係者の皆さまに多大なご支援をいただいたことに心より感謝申し上げます。





土砂災害の解消を目指して~市町村長の声~