平成24年9月17~19日の豪雨災害について

小川 敏(Bin Ogawa,岐阜県大垣市長)

「砂防と治水216号」(2013年12月発行)より

1.大垣市の概要

 大垣市は,日本列島のほぼ中央,濃尾平野の西北部,西濃地域に位置する岐阜県第二の都市です。
 江戸時代,大垣藩十万石の城下町として,また古くから交通の要衝であり,主要街道をつなぐ美濃路大垣宿の宿場町としても栄えました。
 沖積平野の低平地に発展した本市は,揖斐川,長良川をはじめ21の一級河川が流下しており,水害に幾度となく苦しめられてきました。この被害軽減のために集落の周りを堤で囲む「輪中」を築き,住民は輪中をひとつの運命共同体として強固な地域社会を形成してきました。
 一方で本市は,揖斐川水系の自噴帯にあり,古くから「水都」と呼ばれております。
良質で豊富な地下水に恵まれ,市民生活はもとより工業用水として利用され,中部圏有数の内陸工業都市として発展してきました。
 近年は岐阜県のソフトピアジャパンや大垣市情報工房を核とする高度情報産業都市として発展を続けております。
 平成18年3月には,緑豊かな自然や里山の上石津町及び秀吉出世で有名な一夜城のある墨俣町と二重の飛び地合併をして現在の大垣市となりました。
   
 
2.大垣市上石津町時山地区について

 合併した上石津地域は岐阜県の西南端に位置し,南は三重県,西は滋賀県と接しています。なかでも時山地区は急峻な地形のため,これまでに何度も豪雨による中小の土砂災害が発生しています。
 このうち滝根谷においては,合併前の平成10年の台風10号の際に土石流が発生し,時山診療所を含む7戸が床下浸水,1戸が床上浸水する被害を受け,平成10年度から13年度にかけて岐阜県の砂防事業により砂防堰堤1基と砂溜工(V=400㎥)が整備され,隣接する堂ノ谷においても平成2年度,10年度に岐阜県の治山事業により谷止工等が設置されました。
 また,土石流危険渓流等を反映したハザードマップを平成16年3月に岐阜県大垣土木事務所と旧上石津町が共同で作成し,住民に配布されております。
 合併後は,上石津地域の土砂災害警戒区域等の指定に先立ち,岐阜県大垣土木事務所と協力して,土砂災害に関する基本情報と区域指定をテーマとする住民説明会を開催したうえで,平成22年4月,土砂災害警戒区域等が指定されました。
 同年12月,市は上石津地域の各自治会を対象とする土砂災害図上訓練を実施しました。
 平成24年4月には土砂災害警戒区域等を記載したハザードマップを住民に配布し,同年6月には土砂災害防止月間における全国統一防災訓練に合わせて,上石津町時山地区において住民主体による防災訓練を行いました。
 
 
3.平成24年災害時の状況

 9月17日から19日にかけ,九州の西の海上から日本海を北北東に進んで,沿海州で温帯低気圧に変わった台風16号に向かって湿った空気が流れ込んだため,岐阜県の西濃地方では大気の状態が不安定になりました。
 上石津町下山の雨量観測所では,17日の降り始めから18日までの降水量が490ミリとなり,特に18日10時から19時にかけては時間最大70ミリ,累積320ミリを記録する豪雨となりました。17日6:08に大垣市に大雨洪水注意報,20:59に大雨警報(土砂災害),翌18日7:25には土砂災害警戒情報が発表されました。
 市は,土砂災害警戒情報の発表と同時に警戒本部を設置し,12:55に上石津地域事務所職員,消防団員2名を一時避難所の時山生活改善センターへ配置しました。地域内の巡視により14時頃に道路への土砂流出や谷川の増水などの情報が入った
ため,14:30に災害対策本部及び上石津現地対策本部を設置しました。
 降り続く雨で,時山地区に通じる唯一の県道に土砂が流出しはじめ,14:45には通行止めとなり,42世帯105人の時山集落は孤立状態となりました。このため帰宅困難者用として,近隣地区の農村環境改善サブセンターに避難所を開設しました。
住民避難については,激しい降雨により避難経路が危険であったため,地域事務所職員や消防団員が谷沿いの危険区域を中心に電話や訪問により避難を促すようにしました。高齢者の中には応じていただけない方もありましたが,地域住民の粘り強い説得により避難を開始し,15:00には12世帯18人が時山生活改善センターに避難しました。
 避難完了とほぼ同時刻に時山地区の滝根谷,堂ノ谷,上ノ谷の三つの谷で土石流が発生し,滝根谷では人家8戸(住家4戸,非住家4戸),堂ノ谷では人家2戸(住家2戸)に土砂が流入,また,上ノ谷では人家1戸が床下浸水しましたが,多くの方が避難されていたこともあり,幸い人命,身体に被害が及ぶことはありませんでした。 
 

 4.既設設備及びソフト対策の効果

〈既設設備について〉
土石流が発生した滝根谷には砂防堰堤が整備されていました。
 今回の土石流は,時間70ミリの大雨によって地盤が緩み,既設砂防堰堤から上流800m で土砂崩壊し,途中の水衝部や河床の土砂を削り,立木等を巻き込みながら下ったと考えられます。 被災後の渓流には,基岩が露出した河床や水衝部で下部が削られ山腹が崩壊した箇所が多数みられました。
 既設堰堤の上流部では直径1mを超える巨石が多数ありましたが,人家付近では人頭大の石で,多くは10㎝程度の砂利でした。
 このことから,土砂崩壊で発生した巨礫を含む土石流は,既設堰堤で一度は捕捉したと考えられ,小さな礫は堰堤で捕捉できず,さらに流動が発生し,下流に流出したと考えられます。下流には砂溜工(V=400㎥)があり,一部の土砂はここで捕捉できましたが,土砂流出量が多く,砂溜工が満砂となり,下流に流出した土砂が人家横の暗渠を閉塞し,行き場を失った土砂が氾濫したと考えられます。
 既設設備がなければ破壊力を持った巨礫を含む土石流が直接人家まで到達し,多くの土砂により被害を拡大した可能性は高く,既設設備が大いに役立ったと言えます。

〈避難警戒体制について〉
 時山地区は山間であり,これまでも土砂流出による被害を受けてきたため,住民の土砂災害に対する防災意識は高い地域です。さらに,時山自治会と消防団は,市が平成24年4月に配布した土砂災害ハザードマップと6月に行った防災訓練で,土砂災害の恐れのある区域と避難場所や避難経路を事前に確認していたことから,地域住民が互いに声掛けしての自主避難に繋がりました。 この時山地区の共助が,土石流から住民の生命・身体を守ることにつながったわけです。
 

 5.災害後の対策

〈施設整備について〉
 災害が発生した滝根谷,堂ノ谷,上ノ谷の3か所において,対策工事が完成するまでの住民の安全及び工事中の作業員の安全確保のため,土石流監視システムが岐阜県により設置されました。
 現地に設置した雨量計で時間雨量20ミリ以上,または24時間雨量80ミリ以上に達した場合,サイレンと回転灯により,地域住民に知らせるとともに,関係職員に自動通報メールが配信されるようになっています。また,渓流に設置された土石流センサーが切断された場合にも同様の体制が取れることになっています。
 市は,大雨警報・洪水警報・暴風警報のいずれかが発表された場合に警戒体制をとることとし,上記雨量に達した場合,地域住民が避難判断や行動を円滑に開始するため,いち早く避難情報を発表するなどの体制を取っております。
 さらに応急対策として,滝根谷では岐阜県が上流部の既設堰堤の土砂を予め除去し,一時的に堆積容量を回復させました。
 現在,岐阜県が滝根谷及び上ノ谷で災害関連緊急砂防事業による工事を行っています。また,堂ノ谷では災害関連緊急治山事業による工事が平成25年9月に完成しました。

〈防災対策について〉
 市では,平成25年6月に「地域防災計画」の見直しをおこなうとともに,地震・洪水ハザードマップを最新の被害想定に即した内容に更新し,各戸に配布します。
 また,市民の皆さんの自助・共助のレベルをあげるため,平成21年度から続けております地域での防災リーダーを養成する「防災ひとづくり塾」や自主防災組織支援事業などをとおして,市民との協働で皆様が安全で安心して暮らせるまちづくりに今後も取り組む予定です。

6.おわりに

平成25年9月の大雨では,気象庁の大垣観測所で1時間雨量108.5ミリとなる岐阜地方気象台の統計開始以来,県下最大の雨量が記録され,近年頻発する局地的,集中化する豪雨というものを経験しました。市内各所で道路冠水や住家の浸水被害などが発生しました。短時間であったため,大きな被害は免れましたが,予期しない災害に対応するためには,応急対策や避難など状況に応じた的確な判断が最も大切であり,日頃からの備えが重要であることを改めて強く認識したところでございます。
 最後になりますが,今回の災害で岐阜県をはじめ各関係機関に迅速な対応とご支援をいただきましたこと,さらにインフラ復旧を実施いただきました建設業者の皆様をはじめ,自治会,消防団,地域住民の皆様,ボランティアで土砂除去作業に参加いただきました多くの方々に対し感謝とお礼を申し上げます。
 今後とも関係機関と連携しながら自然災害への防災対策を推進してまいりますのでご指導,ご支援をお願いいたします。


土砂災害の解消を目指して~市町村長の声~